第20話 王妃は思い出す
ヒューは、ニヤける母を冷めた目で眺めていた。
「やったわ! これで王位継承者は貴方だけ! あの邪魔者は死んだもの! あの髪は間違いなくクリステルの髪だったわ。あの忌々しい女と同じ……」
王妃は過去を思い出し、顔を歪めた。
公爵令嬢だった王妃は、当然王妃になるものだと親から育てられた。幼い頃から将来の夫と交流を深め、婚約者を発表される時には当然自分が選ばれると信じて疑わなかった。
ところが、選ばれた婚約者は自分より格下の侯爵家の令嬢だった。美しい銀髪に、賢い頭。誰にでも優しく、市民の支持は高かった。
その日、初めて人を憎んだ。
なんとしても自分が王妃になる。そう決めて、あらゆる手段を使った。父も手段は選ばないと、長年温存させていた暗殺者の一家をフル稼働させ始めた。何人も暗殺し、侯爵家の権力を少しずつ削いでいった。
王妃に相応しいと言われるように、貴族との交流も深めた。忌々しい婚約者の評判はどんどん下がっていった。
次第に、王妃には自分が相応しいとの貴族の声が大きくなった。これなら、自分が王妃になれる。そう確信していた。
それなのに、いつまで経っても婚約破棄はされなかった。それどころか、結婚式の準備は着々と進んでいく。
貴族の支持は得られていないのに。そう思うと怒りでおかしくなりそうだった。忌々しい女を暗殺しようとしても、何故かうまくいかない。王家の影でも付けているようだった。
そこで、忌々しい侯爵家を全員暗殺した。
さすがに婚約者以外には影は付いてなかったようで、暗殺はあっさり成功した。実家のなくなった女は貴族ではない。王妃にはなれない。
それでも、女の実績を盾に彼女を王妃にしようとする王家に絶望した。
そこで、蜘蛛の糸を垂らす事にした。自分を王妃にして彼女を側妃にすれば貴族の支持も得られるし、好きな女とも結婚出来る。
自分の子が王になれればそれでいい。このままだと、彼女は王妃になれないと伝えた。
お人好しの女は、自分を信じた。渋る夫を説得して、側妃になると言い出したのだ。
王妃の地位を手に入れた時の喜びは忘れられない。あの女が着るはずだったドレスは、自分が着た。あの女が得るはずだった歓声は自分のものになった。
王妃となった自分は、この国で一番偉い女性だ。そう思うと嬉しくてたまらなかった。渋い顔をする夫は忌々しかったが、それを上回る喜びが王妃を包んだ。
それから、華やかに表舞台に立つ王妃と違い、側妃は大人しく後宮に住んでいた。面倒な仕事は、側妃に押し付けていたし、王妃は満足していたが……ひとつだけ不安があった。
例え側妃でも、子を先に産んでしまえば側妃が王妃並みの地位を手に入れてしまう。側妃が子を産まないように、自分が先に産むように細心の注意を払った。
王妃は出産した時、飛び上がるほど嬉しかった。王妃はヒューに夢中になった。反応の薄い夫より、子に夢中になるのは当然だった。
ヒューがそろそろ1歳になるという頃に、側妃が子を産んだと聞いた。妊娠している事すら王妃は知らなかったから、怒りでおかしくなりそうだった。
すぐに連れて来た影に指示をして、側妃を暗殺した。子どもまで殺すと、さすがに夫にバレてしまうので、子の暗殺は諦めた。夫が子を可愛がるようなら殺そうと決めた。
側妃は産後の肥立ちが悪く亡くなった事にした。使用人に自分の子飼いを紛れ込ませ、なんとか誤魔化す事が出来た。
市民の支持が高かった側妃の死は、貴族ではなく民が悼んだ。側妃であるにも関わらず市民が自主的に喪に服したいと言い出した。
王は、市民の意見を受け入れて3ヶ月の喪に服した。ヒューの1歳の誕生日は、盛大に祝う事は出来なかった。
更に憎しみを募らせる王妃だったが、幸いだったのは側妃が死んだのはクリステルを産んだからだと、王がクリステルを冷遇した事だ。
これなら、年頃になったら何処かへ駒として嫁がせれば良い。
そう思っていたのに、婚約者が決まった途端にクリステルは頭角を現し始めた。
忌々しくなった王妃は、クリステルの悪評を広げた。クリステルの評価に嫉妬していた隣国の王子は、あっさりと婚約破棄した。
やはり生かしておいたのが間違いだったのだ。
そう思って、クリステルを暗殺した。暗殺は無事成功したが、まさかあんなにも夫が怒るとは思わなかった。
ジルは使える男だったのに。遺体は見た事がないほどボロボロだったが、確かにジルの使っていた武器を持っていた。
「しばらくは大人しくするしかないわね……。ああ、あの子達も手放さないといけないわ。しばらくお父様に預かって頂きましょう。ほとぼりが冷めたら、またわたくしに仕えるように言いなさい」
「かしこまりました。今は僕でも面会は許されません。しかし、証拠は潰しましたし、ジルの部屋にクリステルへの歪んだ愛を書いた日記を置いてきました。明日、もう一度調べるように父上に進言します。日記が見つかれば、ジルの単独犯として処理されるでしょう。ところで……父上は、クリステルを愛していたのでしょうか?」
「そんな訳ないわ! クリステルが高熱を出したと伝えた時も、そうかとしか言わなかったのよ?」
「そうですか。僕の時は見舞いに来てくれましたから、やはり僕の方が愛されているのですね」
ヒューは、そう言って歪んだ笑みを浮かべた。
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