勇者と研究者
ほのなえ
第1話 勇者、薬を拒否する
「おーい、アルカ。持ってきたぞ」
赤色の髪の青年がそう言って、こぢんまりとした家のドアをノックする。
家の中からガチャガチャッと物がぶつかる騒がしい音がした後、扉が開く。
青色の長いポニーテールを揺らし白衣を着た、青年にアルカと呼ばれた青い瞳の若い女性が現れる。
「サン、お疲れさま。ちょっと散らかってるけど…とりあえず中入って」
サンと呼ばれた赤髪の青年は、これまた物で散らかった廊下を歩き、なんとかリビングのような部屋に辿り着くと、机の上に持ってきた品を置く。
「今回お前が依頼した発光石と、薬草三種と二種類の魔物の爪…これでいいか?」
「うん、サンキュー。助かる。あ、お代は机の上に置いといたから」
アルカはサンの為に温かいお茶を入れ、そのカップを机に置きながら、机の上のサンが持ってきた品の数々を確認する。
それからどこかそわそわした様子でサンに向き直り、口を開く。
「それでねサン…聞いて! あたし、すごい薬を発明しちゃった! これなんだけど…」
アルカは持っていたガラス製の試験管を見せる。なにやら虹色のように光る液体が中に入っている。
「これ、戦闘能力だったりとか…冒険者に必要な能力を大幅に上げることができるの! 実験済みだから効果は確かよ! しかも、今までの薬と違って永久的に能力向上効果が持続するの!」
アルカはサンの方に身を乗り出し、興奮した様子で話す。
「ええ!? 本当かよ。すごい薬だな」
サンが素直に褒めると、アルカは満面の笑みを見せる。
「えへ、ありがとう!」
アルカはそう言った後、ちらりとサンを見て…少し口ごもりながら言う。
「それでねサン。この薬…一番にサンに使ってみて欲しいんだけど」
それを聞いたサンの目の色が変わる。少しの沈黙の後、サンは唸るような低い声で呟く。
「…いつも言ってるだろ。お前の薬は使わねぇって」
アルカはそれを聞いて大きく溜息をつく。
「…やっぱりそう言うと思った。でも今のサンの実力じゃ、冒険者ギルドの仕事だってあんまり取って来れやしないんだから、あたし心配で…」
「仕事は材料集めだとか、お前にいろいろと貰ってるから…十分食っていけるよ」
サンはそう言った後…アルカにいろいろと頼っている部分があることに気づいたからだろうか、少しばつの悪そうな表情をする。
「それでも…サンは、もっと名の知れた勇者になりたいんでしょ? この薬があればきっと…」
サンはアルカの言葉をぴしゃりと遮る。
「余計なお世話だ。俺はドーピングはしない。剣を磨いて…自分自身の力で勇者としてのし上がるんだ」
「ドーピングって…今時の勇者はみんな、薬を上手く活用して活躍してるのに…。それにサンだって回復薬は普通に使うじゃない。能力アップの薬だけは使わないってサンの考え方は正直古いよ?」
「古くて結構だ。俺は昔ながらの正統派の勇者を目指してんだからな」
サンはそう言って勢いよく立ちあがった後、机に置いてあるお茶をじっと見て口を開く。
「この茶だって…どうせ何か入ってるんだろ」
「え、別に何も…」
そう言いながらもぎくりとした様子のアルカを、サンは
「ちょっとした…疲労回復の薬を混ぜただけよ」
それを聞いて、サンは冷たく言い放つ。
「…俺を実験台にするの、いい加減やめろよな」
「実験台って、そんなつもりじゃ…サンのためを思ってやってるのに…」
「それが迷惑だって言ってんだよ。じゃあな」
サンはそう言って、お代の入った巾着を掴むと、不機嫌な様子で部屋を出て行く。
アルカはそれを見て盛大に溜息をつく。
「もー。ホント頑固なんだから…」
彼女…アルカ=フラスコは研究者で、彼女のフラスコ家は代々、冒険者たちに役立つ薬などのアイテムの研究開発をしている。
中でもアルカはいわゆる「ポーション」と呼ばれるようなガラス瓶に入った液体状だった薬を、持ち運びに便利な粉や固形物にする発明をし、それがこの世界では画期的なものだったため、若手研究者として、現在世間から注目されている。
そして一時的に能力を上げる薬は既に作っていたが、今回アルカは、新たに永続的に効果の出る薬を発明したのだ。
それを公表すればまた世間から注目されることになりそうな中、アルカはすぐには公表せず、始めはサンにだけその薬を与えたいと考えていたのだが―――。
「今は薬で自分の能力を上げる『ドーピング』だって当たり前の時代なのに」
アルカはサンが家を出て行った後、サンの残して言ったカップを眺めながらぽつりと呟く。
「私たちフラスコ家が、薬を使うのが当たり前な時代にしたせいで…薬には頼る気のないサンが、周りより能力のない勇者って言われるようになっちゃったのかな…」
「『仕事は材料集めだとか、お前にいろいろと貰ってるから…十分食っていける』…って何だよ。俺、結局はアルカのことを頼ってんじゃねーか」
一方の勇者、サン=メスシリンダーは、昔から顔なじみのアルカの家を出てからというもの、手に持った巾着を眺めつつ、ぶつぶつとなにやら呟きながら歩いている。
そしてふと足を止めると、振り返ってアルカの家を見る。
「永続的な基礎能力向上の薬…か。アルカはまたすごいもん発明しやがった。俺は使う気ないとしても、そのことは褒めてやりたかったのに…なんでこうなるかな」
サンは溜息をつきながら頭をがしがしと掻いた後、また独り言を呟く。
「アルカは魔法の才能なんかはなくても、素材について学んだりそれぞれの調合を研究したり、工夫して…自分の持つ能力で上手くやってんだ。俺だって…勇者としてそろそろ何か成し遂げるべきだよな…」
サンはそこで、アルカが先程言った「でもサンの今の実力じゃ、冒険者ギルドの仕事だってあんまり取って来れやしないんだから」という言葉を思い出し、自分の能力の無さを痛感する。
「能力向上の薬…か。もしそれが、アルカの薬じゃなかったら試す気になったのかもな」
サンはそう呟くと、アルカの家に背を向ける。
「でも…昔馴染みのアルカの薬を一度でも使ったら俺、ずっとアルカの薬を頼りにしそうで…それだけは駄目な気がすんだよな」
サンはそう呟くと、首を勢いよく横に振る。
「とはいえ、このままアルカの手伝いしてるだけじゃ駄目だ。仕事でアルカを頼るのもいい加減終わりにするためにも、勇者として何かやり遂げねぇと…ん?」
サンは前方に人だかりができているのを見つけると、そこに足を進め、その中央にあるものを覗き見る。
そこには看板が立っていて…そこに書かれている内容を読んだサンは目を大きく見開き、思わず声を漏らす。
「これだ…!」
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