第38話 本当の名前
「リア。それって、良い方向にとってもいいの?」
リアはコクコクと首を縦に振った。
「本当に!? やった! 今まですごく不安だったんだ。リアは何回告白しても、何とも思っていないみたいだったし……。リアにとって、僕は幼なじみというより、“兄”のように思ってるんじゃないかって……」
「あ……」
リアは自分が思っていたのと同じようにアッシュも思っていたのだと知る。
「だから、リアに嫌われたくなくて、流していたんだけど。ジャックからリアが花屋を離れようとしているって聞いて、もうそれじゃダメだって。我慢できなくなっちゃった。今回、新店舗の改装も、都合が良かったし」
アッシュは照れたように笑う。
「それに……さっき、ジャックの名前が出た途端、放心状態になるから……リアはジャックのことが――いや、口にも出したくない」
優しく包んでいたリアの手に、アッシュはぎゅうと力を込めて、少しずつ眉間に皺を寄せていった。
「ええ? なんで、ジャックさん?」
「だって、ジャックを見るときのリアの目が……」
「目? ……あっ! 騎士服!」
「……え? 騎士服?」
確かに“騎士服”を着ていたときのジャックの姿には、ときめいた。でもそれは、あくまで“騎士服”に萌えたにすぎない。
「あれは……
「え?」
「だから! ジャックさんじゃなくて、“騎士服”を見てただけ!」
アッシュがポカンと呆気にとられている。
「……じゃあ、アレを着ていたのが僕でも?」
「……見惚れてた、と思う……」
(っていうか、アッシュだったら、アッシュ自体に見惚れてるって!!)
――あの騎士服を着たアッシュを想像しただけで悶絶しそうになる。真っ赤になったリアにアッシュは目を瞬かせた。
「ぷっ、あはは! リア、顔真っ赤!」
お腹を抱えて笑い出したアッシュに、リアは頬をぷくっと膨らませた。
「もう、笑わないで!」
アッシュに握られていた両手をはずし、軽く握りしめると、リアは彼の胸に向かってポカポカと振り下ろした。
「あはは。ごめん、ごめん。でも……良かった」
アッシュは胸に振り下ろされた拳ごと、そのままリアを抱きしめた。
「今はもう婚約者、ってことでいい?」
抱きしめられた腕の中、リアはしっかり頷いた。――すると、リアの身体がふわりと宙に浮く。
「わわっ! アッシュ?!」
慌ててアッシュの首元にしがみついたリアを気にせず、アッシュはまるでメリーゴーランドのようにくるくると回転し始めた。
子どもの頃、父が妹にしているのをうらやましく見ていた。それを今、アッシュがしてくれている。
(こんなにも……嬉しくて、楽しい気持ちになれるのね……)
今まで経験できなかったものをアッシュがすべて叶えてくれる。リアは胸がいっぱいになった。
きっと彼と一緒ならこれからもずっとこんな幸せが続いていくのだ、と。
アッシュがリアをそっとソファへ降ろす。
「さて。婚約も無事に完了したし……リアには僕のこと、知っておいてもらわないと」
リアの隣に腰かけたアッシュがリアの手をとり、にっこりと笑う。
「前に――僕には『姓』がある、そして、継がなければならない『家業』がある、といったのを覚えている?」
――もちろん、覚えている。『エルダー』という姓があるのに、と疑問に思っていた。リアはコクリと首を縦に振った。
「今から言うことを驚かないで聞いてね。そして、どうか、最後までよく聞いて」
アッシュは意を決したように大きく深呼吸した。
「僕の『姓』は――『アーネスト』」
リアの心臓がドクリと脈打つ。まるでそれが伝わってしまったかのようにアッシュは繋いでいた手に力を込めた。
「僕の、本当の名前は『アッシュ・アーネスト』。継がなければならない『家業』は――『アーネスト侯爵家』だ」
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