第35話 『愛』の意味
新店舗の開店準備は着々と進んでいた。ただし、その作業はアッシュのみでおこなっている。そのため、リアは彼からの話を聞くだけで、実際には見ていない。ほとんどが店番なのだ。
進行状況などは教えてくれるけれど、店内の様子や居住スペースに関しては一貫して「行ってからのお楽しみ」とはぐらかされてしまう。
気になっているが、エルダー園芸店の別店舗なのだから、しがない雇われ店長もどきが口を挟むことなどできるわけがない、とアッシュにすべてお任せして、リアは楽しみに待つことにした。
だから今日も、店にはリア一人だ。
「こんちはー。リアちゃん、いる?」
サラサラな赤髪に整った顔。“三日で飽きる”とはおもえない姿にリアは思わず笑いを漏らす。
なぜ笑われたのか、わけが分からない青年は疑問の表情を浮かべたまま、首を傾げた。
「あれ? リアちゃん、一人?」
「はい。アッシュは今、新店舗の方に行っていますので……」
「ああ、そうか! あと少しだもんね」
リアがこの店舗を離れるまで、もう何日もない。今は引っ越しの準備も兼ねて仕事をしている。
「ジャックさんは……お花をご用意しますか?」
「うん、お願いできるかな?」
「はい、もちろんです!」
リアがジャックをジッと見つめる。
(なるほど――“あの方”にお渡ししたいのね……)
何の用途かも説明せず、黙ったままのジャックに、リアは贈りたい相手について、しれっと伺う。
「どのような方にお渡し予定でしょう? 花の種類や色などに、ご希望はありますか?」
「そうだなぁ……リアちゃんにすべてお任せ、ってことでお願いしてもいい?」
リアは顎に小さく手をかけ、考え込む。
「……わかりました。でも、もしお気に召していただけなかったら、どうぞ遠慮なく言ってください」
「もちろんだよ!」
悩みながらも、リアは花を選んでいく。
――“あの方”への贈り物だ。選定を誤るわけにはいかない。
(そうだ! この花だったら……きっと!)
花を決めると、リアは手早く包み、花束にした。――どうかその想いが伝わりますように、と祈りを込めて。
今日もリアの束ねた花には、“魔法”がかけられている。――
その花束をリアから受け取ると、感嘆の溜め息を漏らす。代金を支払い、ジャックが扉を開けると、ふわりと心地よいそよ風が店内の花々を優しく揺らした。
「ありがとうございました。また、どうぞ」
リアの言葉に、ジャックは笑顔で頷き、軽く手を挙げ、店に背を向けて歩き出す。
(そもそも受け取っていただけるかどうかも分からないし――)
店を出たジャックは手にしたシンプルな花束を、空に向けて高く掲げる。すっかり初夏を感じさせる青空と白い雲に、この花束はよく似合う。
(こればかりは、いくらリアちゃんの“魔法”と“能力”であっても……)
上手くいくかどうかは、正直賭けだ。他に方法はないのだから、何でも“モノは試し”である。
花を渡すだけで関係が悪くなるものでもないし、それで好転すれば、なお良い。
自分に今できる限りのことをしよう、と赤髪の美青年は白一色でまとめられたリナリアの花束を抱えなおす。手元に視線を落とすと、まるでこの青い空に浮かぶ、あの白い雲の一部を抱きしめているかのようだ。
リナリアの花言葉は――『この恋に気づいて』。
“あの方”に会ったときの、
◇◇◇◇
朝日が小さな店舗に差し込む。柔らかな陽射しはいつの間にか眩しい光へと変わっていた。
リアがここに来て、明日でちょうど100日目。
「――あれ?」
リアはカウンターに飾られたヒマワリを数える。25本ずつ入れられた花が3つの花瓶に入っている。もうすぐ4つ目の花瓶がいっぱいになりそうだ。
リアがこの店に来たその日から、アッシュは毎日欠かさず、ヒマワリを一輪、持ってきてくれる。
今日で――99本目。
「まさか……ね」
(え、でも……ちょっと待って――毎回、同じ台詞を言っていたけど、何回か違う言い方をしていたような……)
リアは「ないない」と小さく首を振ると、ドアに掛けられた木札を回転させた。
いつものように一番に入ってきたのは客――ではなく、少しクセのある茶色の髪をふわりと靡かせた人懐っこい顔の青年だった。
そして、きっといつものように、いつもの台詞を言うのだ。
『リア、迎えに来たよ! ねえ、もうそろそろ一緒に暮らさない?』――と。
「リア」
アッシュのヘーゼルの瞳がまっすぐにリアの藤色の瞳を見つめる。
「君に永遠の愛を誓うよ。ずっと一緒にいよう?」
「え……」
(いつもと違う……それって――やっぱりアッシュはヒマワリの花言葉の意味を分かっていて渡してたってこと?)
にっこりと笑ったアッシュの手から、ドキドキと鼓動を高鳴らせながらヒマワリを受け取る。
先ほど数えた4つ目の花瓶に差し込み、振り返ると、そこには、いつもと何も変わらないアッシュの姿があった。
「さあ、今日も頑張って仕事しようか!」
窓際で高くなってきた陽の光を浴びながら、大きく伸びをしている。
(あ、れ……? 今のは、一体……何だったの?)
――愛の告白ではなかったのか?
いつも通り、何の返事も期待していないようだ。
(そうか――あれは、家族としての『愛』だ……)
やはりアッシュにとって、自分は妹みたいな存在なのだ――と、リアは改めて思い知った。
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