第23話 ハートの王女

 白いヒヤシンスの、他の花言葉は『控えめな愛』『心静かな愛』。そして、――『愛らしい』。


 一見、色鮮やかで華美な“赤の王女”とは正反対を思わせる。

 しかし、リアがハートラブル公爵に感じたもの。それは――成就しない、秘めた恋心、だった。


 彼女が見たままの人物であれば、きっと無理やりにでも手に入れていることだろう。でも彼女はそれをしていない。

 今でも独りを貫き、美しい姿を保ち続けている。


 それはすべて、愛する“彼”のため。


 赤の公爵でさえ難しいと感じているように、リアもその恋を白いヒヤシンスの花言葉に想いを込めることでしか、どうにもできないと思ったのだ。


 だからこそ『あなたのために祈ります』。『勝利』を意味する彼女の名に相応しい、勝利を祈る花言葉を彼女に捧げた。



 すべての意味を理解しているジャックには納得の選定だった。

 公爵を前に萎縮してしまい、しっかり説明できずにいるリアに代わって、我が公爵王女様のご機嫌が斜めになる前に、誤解なきよう取り計らった。

 

 ハートラブル公爵が王城で『赤の王女』と呼ばれている理由。それは彼女が王族であるからだ。


 現国王の祖父である先々代国王の姉がハートラブル公爵の祖母である。


 彼女には二人の息子がいた。兄はエルレストの東を治めるハートラブル公爵。現ハートラブル公爵の父である。しかし、彼はすでに亡くなっている。


 次に継承権のある弟は今現在、行方知れずであるため、公爵の一人娘であるヴィクトリア・ハートラブルが東の公爵家を継いだ。


 公爵を継がなければならなくなったから“彼”とは結ばれなかった。ヴィクトリアが公爵を継いだのはエルレスト学園在学中だった。

 秘めた想いを伝えることもできずに、今に至る。


 彼女には本当の自分や想いを隠してでも成し遂げなければならないことがある。だから一人で戦うと決めたのだ。真っ赤なドレス戦闘服と、相手を一瞬にして骨抜きにさせるオーラ威圧感をその身に纏わせて。


「『勝利』……気に入ったわ。ありがとう、可愛いお花屋さん」

「お褒めいただき、光栄です」


 リアから受け取った花を大切そうに握りしめるとハートラブル公爵はジャックを従え、その場を後にした。




 ハートラブル公爵の姿が見えなくなると、二人はいっせいに「はぁ」と大きな息を吐いた。


 アーネスト侯爵とローズマリーから逃れることはできたのだが、何とも息が詰まる時間だった。胸の奥底から湧き出てきた空気は思いのほか大量でどれだけ緊張していたのかを感じさせた。


「ねえ、リア」


 呼吸が落ち着いたところでアッシュがリアに問いかける。リアが藤色の瞳をアッシュのヘーゼルへと移すと、未だに硬いままの表情が映し出された。


「なんで――僕のかけた『変幻の魔法』が解けているの?」

「え……?」


 窓に映る自分の姿に、リアは驚く。そこには『変幻の魔法』をかける前のリアの姿があった。


「その姿でなければ、侯爵閣下も気がつかなかったはずなのに」


 言われてみれば、確かにそうだ、とリアは目を見開き、互いに顔を見合わせた。二人に思い当たる節はない。

 アッシュがリアと別の作業に入る前に見た彼女の姿は確かに彼と同じ色だった。

 本人から許可を得てかけた独占欲まる出しの、その魔法にアッシュは大満足だった――というのに。一体、誰がそれを解いたのか。


 このところ立て続けに自分の魔法が破られていることに、アッシュはモヤモヤと湧き出る不穏な空気を感じ、眉をひそめた。 


 そして、もう一つ。アッシュには気になっていることがあった。――ローズマリーのことだ。


 昔、アーネスト侯爵家の庭師だった父に連れられ屋敷へ行っていたことがあるアッシュだが、その頃、敷地内でウィステリア以外の人間に会ったことはなかった。


 アッシュは口元に手をあて、前を思い返す。


 もちろん、ローズマリーがウィステリアの異母妹だということは知っているし、アッシュは彼女より年上だったこともあり、幼いながらにも彼女の置かれている状況について理解していた。だから、なるべくアーネスト侯爵家の人間と顔を合わせないようにしてきたのだ。

 会ったこともないローズマリーがアッシュの容姿を知っているはずがない。


 ――それなのに、名を呼ばれた。


 これは一体どういうことか、とアッシュは再度、首を捻った。

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