5章 配達物:容疑者

5−1

「山賊に困っている、か」


隣街の領主邸宅、執務室。

ユウヒに返書を託し、業務に勤しむ隣街の領主の姿があった。

書類が積まれ、精力的に業務に当たっている。

執務室内の歓談用椅子には領主夫人が腰掛けており、仕事に勤しむ姿を眺めている。


陳情書の一つに目を通していた隣街領主が呟くと、婦人が気になったようで尋ねた。


「山賊、ですの?」

「ああ、山賊が出ているらしい。と、どうだ調子は」

「ええ、多少気分が楽ですわ」


夫人は起き上がれる時間が増えており、少し気分を変えたいと言うことで執務室の一角で休憩しながら領主の話し相手を務めているのだった。

領主としても前向きに動いてくれるのは嬉しいが、無理はさせたくないという複雑な心境である。


「そうか、起きあがろうと言う気になる分、前の薬よりかは良いのかな」

「どうかしらね。前の薬は飲んだら眠くなったのだけど、今度の薬は気分が軽くなる感じね」

「まあ、話せるだけ良いな。無理はするなよ」

「そうですわね、一度休んでこようかしら」

「そうするといい」


言うと領主はメイドを呼び、夫人に付き添わせて部屋に連れて行かせた。

その様子を見送りつつ、机の下では拳を強く握っている。

先日の件で、夫人に親切に薬を提供していた商人は自分達を金儲けの相手としてしか考えていないことがよく分かったからである。

領主として政治的にドライな判断を下すことがないわけではない彼だが、それだとしてもと


「やっていいことと、いけないことというのがあるだろうが」


ぼそり呟いて、大きく息をつく。

感情に身を任せては良いことにはならない、と頭の中で自分に言い聞かせて無理やり落ち着く領主。

先ほど見ていた陳情書にまた目を落とす。


「山賊、か」


山を抜けようとした行商人などを襲っているという。

隣町には確かに山を抜けると早いが、整備されていない森林を抜けていくので元々危険が多い。

魔物も出るため、普通は遠回りしてでも街道を使うのだ。


ただ、商人の中には早さを売りにして一旗あげようという者もいる。

そのため、危険でも山抜けを試みるものは多い。


領主の頭には夫人の薬を届けにきた運び屋の姿が浮かんでいた。


「もしあの運び屋が山抜けしているのであれば、これから先困ることになるかもしれんな。本腰を入れるか」


ユウヒは薬を届けた際に、どの道で届けにきたかは領主に伝えていない。

ただ、書面の日付を見る限り、書かれた日に届いている様子でかなり早く届いていることはうかがえた。

街道を馬車などできたのであれば、当日中の到着などおよそかなわない。


そうすると、ユウヒが山抜けしていた可能性は大いに考えられた。

もし運び屋が山賊に襲われていたとすると、薬は届かずに見込みのない病との戦いを引き続き戦っていたことになる。


そこまで考えて、首を横に振る領主。

運び屋のことはさておいたとしても、今後薬が安定的に届くために隣町と交流を深められるように気になる要素は排除しておきたい所である。


領主は改めて陳情書を読み進める。

すると目に気になる文言が飛び込んできた。


「魔物を使役する、だと」


内容確認する領主の表情が次第に疑いの色に変わっていく。


「ゴブリンやクラッシュヒポポタマスを使って略奪や森を荒らしている?本当か?」


魔物を使役できるのは、魔物を調教して飼い慣らすテイマーや魔物を召喚して契約する召喚士などだ。

どちらも魔法や専門技術が必要とされて普通に稼げる職業のため、山賊が使うことは考えにくい。


「何かの間違いでは?」


領主は考えたが、陳情書を何度読んでみても文面は変わらない。

魔物を使役できる山賊がいるのであれば、それはそれで大問題だ。


「やはり調査しなければならんな」


調査を決めた領主は執事に声をかける。

役人に対して伝言を頼み、様子を確かめることにしたのだった。

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