第61話 未来と猫とメディアミックス

毛生え薬と歯生え薬、日本で発表されたその二つの薬のインパクトは世界中を駆け巡った……そうだ。


薬そのもののインパクトもさる事ながら、世界中の人を驚愕させたのは、ダンジョンという存在の可能性の深さだった。


これまでダンジョンを通して異世界からもたらされた物は、異世界人そのものや、人に宿るスキル以外は、結局のところ地球にすでにあるものばかり。


原理が違ったり、素材が違ったりはしたものの……


魔石を燃料としたファイアロッドはライターやマッチに勝らず。


特定人種の異世界人の傷を僅かに癒やすポーションの類は、いくら研究しても猿人種ちきゅうじんには効かず。


魔物素材を使用した魔鋼素材だって、一般人にとっては鉄やステンレスの延長だ。


「誰にでも魔法は使える」と豪語した異世界人も「地球の魔素は薄すぎる」と実力を出せずペテン師扱い。


ダンジョンと共にやってきたスキルは人類に変革をもたらした。


ではダンジョンそのものはどうだ?



「ダンジョンの向こうに、我々が見た事もない何か・・があるんじゃないか?」



そう言われてきた、そう言われて二十年余りが経った。


そこに突然現れたのが、日本の川島がもたらした、二つの薬だった。


「あるかもしれない」が「あった」に変わった時、ダンジョンは無限に害獣が出てくる穴ぼこから、理想郷ユートピアへと繋がる扉になったのだ。


ダンジョン、そこに人々は二十年ぶりに希望を見た。


そしてその希望を見せてくれた川島総合通商うちが次に出した商品に、彼らが過剰な注目を向けるのも無理はないという話だったのだろうか?


迷暦二十三年の五月。


ずっとうちでアルバイトをしてくれていた気無さんの娘さんを含む大学生組が、卒業と同時に入社してくれ、人手に関する悩みもだいぶ薄れたと思っていた……


そんな春と夏の間の事だ。


川島総合通商が発売した宇宙技術の便利商品、そのラインナップの中に俺が趣味で混ぜた宇宙のトレーディングカードゲーム。


それが世界に波紋を呼ぶ事になるのは、発売から少し時間を置いてからの事だった。



「社長は会社をどうしていきたいんですか?」


「はい、すいません……」


「別に責めてるわけじゃないんです。ただ、どういう会社にしたいのかな? という疑問があって」


「誠に申し訳ありません……」



俺は今、役職者の集まる川島総合通商の全体会議で、飯田さんから詰問を受けていた。


理由は単純、俺が宇宙の商品群にねじ込んだカードゲームである『ドリフトDriftケインCane』が売れすぎて、買えなかった人からのクレームや、様々な企業やマスメディアからの問い合わせが爆発していたからだ。


そんな『ドリフトDriftケインCane』というゲームは、要するによくある対戦型トレーディングカードゲーム。


エネルギーを貯めて、モンスターを召喚したり魔法をつかったりして相手の体力をゼロにした方が勝ちという、全く目新しさのないもの。


まぁ俺が生産機械でそういう雛形テンプレートを選んで作ったから、当然と言えば当然なのだが……


とにかく『ドリフトDriftケインCane』の特別さはルールにはなく、そのカード自体のルックスにあった。



「でも、全国の子供はトンボ君がこれ出してくれて嬉しいと思うよ。だって俺達が子供の頃にこんなのあったら絶対夢中になったもん」



まるで子どものように目を輝かせ、飯田部長に向かってそう語る雁木がんぎさんの手元には、一枚のカードがあった。


机の上に置かれたそのカードの絵柄の部分には……


まるでそこに人形を立てたかのように浮かび上がった、銀色のナイフをクルクルと手元で回す女盗賊の立体映像ホログラフィがあったのだった。



「そういう話じゃないの。一旦雁木君は黙っててくれる?」


「す、すいません……」



そう、このゲームのカードには、その上に立体映像ホログラフィを浮かび上がらせるという機能があった。


更に言えば、プレイヤーが攻撃を命じるとちゃんと敵を狙って攻撃モーションを起こし、時には相手のカードの上まで出張して敵と戦うという……


アナログなのにまるでビデオゲームのような演出の派手さを持った、まさに未来の形のカードゲームなのだ。


そして一パック十枚入り三百円という、俺が小学生の頃に買っていたカードゲームと同じ値段で売り出されたそれは……


何が出てきてもおかしくない、川島総合通商というブランド力もあり、即日完売。


更には転売屋に大量に確保され、値段が高騰してとんでもないクレーム騒ぎに繋がってしまったらしい。


梱包から出品までを依頼した外部企業の伝手で商品の販路も増えたわけだが、同時に対面販売など、どうしても姫の転売屋への対策が効かない場所もできてしまっていた。



「まぁでもさぁ飯田部長、作った商品が売れないで困るってんならわかるけどさ、売れてるならいいんじゃないの……?」



マーズが横からそう援護してくれるが、飯田部長の顔は怖いままだ。



「だから専務、そういう話じゃないんですよ。私はあれもこれもと色んな事に手を出すには、うちの会社は小さすぎるんじゃないかって事を言ってるんです。私はこれ以上部下に残業しろとは、口が裂けても言えませんよ」


「まぁ、それはそうだね……トンボが悪いかも……」



速攻で言い負かされ、俺に罪を擦り付けたマーズは、こちらに顔を向けずそっぽを向いた。



「とにかく、もしうちで本腰入れてこういうエンターテイメント関係の事業をやりたいのなら、きちんとそういう事業部を立ち上げて人を集めてください。それかもしくは……」


「も、もしくは……?」


「外と組んでください。あのカードゲームに関しても、もう四社から引き合いが来てます。よりどりみどりですよ」



そうは言われたものの……


俺もさすがに、ただでさえ激務の飯田部長に、新事業部を立ち上げたいから人材を集めてくれなんて事は言えるわけがなかった。


こうして俺肝入りで始まった宇宙のカードゲームの販売事業は、すぐに大手おもちゃメーカーである『ダブルネック』との共同事業で進める事になったのだった。


そしてこの時発売された、外部メーカーと組む前の本当の初期ロット。


それが伝説の『川島版』として超高額で取引されていく事になるのは……


今の俺には知る由もなく、また関係もない事なのだった。






とはいえ、外部と組んでまでやると決めたならば、きちんと利益が出るようにやらなければならない。


俺は飯田部長に担当としてつけてもらった、社内にいたカードゲーム好きの徳田とくだという男と一緒にメーカーとの折衝に臨む事になった。


しかし、カードを売ればユーザーは勝手に遊ぶだろう、なんて気楽に考えていた俺とは違い……


打ち合わせ場所の川島本社の会議室に、山のような資料を抱えてやってきたカードゲーム商売のプロ。


おもちゃメーカー『ダブルネック』の担当者である今川いまかわさんの視野は広く、その指摘は厳しいものだった。



「いいものだから売れるというわけではないんですよ、捨ててくださいその考えは。いいですか、まずは知ってもらうという事が大切なんです」


「でも今川さん、うちの会社の知名度はこれ以上ないんじゃないかと思うんですけど」


「徳田さん、子どもたちは会社名を見ておもちゃを買うわけじゃないんですよ」


「それはそうかもしれませんが……」


「カードゲームを買うような年の子どもたちは……楽しそうな物の中から、知っている物、皆が持っている物を選んで買うんです。そしてそういう意味では、川島さんは強みを一つ持っています。それは、子供にお金を出す親御さんに対する知名度です」


「はぁ……」



洒落た眼鏡をかけた今川さんは、まるでろくろを回すように動かしていた手を止め、分厚いレジュメのページを捲った。



「八十六ページにありますように、とにかくまずは知ってもらう事。そのためにも、アニメ化、漫画化、そしてできればゲーム化。これが大切です」


「えっ、いきなりメディアミックス展開ですか?」


「いきなりというよりは……少なくとも弊社のカードゲームの商業戦略において、メディアミックスはほとんど最低限の条件とも言えます」



いきなり大きくなった話に、正直俺は面食らっていた。


そんな俺の前に、彼は分厚いバインダーファイルを置いて中程のページを開く。


そこに挟まれていたトレカファイルには……


俺が昔遊んでいた、テレビゲームが原作のカードが並んでいた。



「川島さん、僕は子供の頃から大人の今に至るまで、ずっとカードゲームをやってきました。親や教師に怒られようが、友達が引退しようが、彼女に振られようが、ずっとです。そしてその中で、色んなカードに触れてきました」



今川さんがページを捲っていくと、そこには俺が一度も見たことのないようなカードゲームが大量に、数えきれないほどの種類が並べられている。



「原作の知名度、目新しいシステム、美しい絵柄、荘厳なフレーバーテキスト、ユーザーや大会の盛り上がり、そしてカードの経済的価値。カードゲームにはそれぞれに強みがあり、それを含めた総合評価が優れたゲームだけが残ってきました。ですがそれらを見てきた私からしても、ドッケンほど凄いカードは見た事がありません」


「ドッケンって……」



ドリフトDriftケインCane』の略なんだろうか?


俺が困惑している間に、今川さんはバインダーの最後のページを開いた。


そこには『ドリフトDriftケインCane』のカードがズラッと並べられていて、ここのつのポケットから同時に立体映像ホログラフィが浮かび上がる。



「他のカードに比べれば、ドッケンはまさに未来のカードゲームです。そして、僕たちが子供の頃に思い浮かべていた、楽しい事、凄い事がいっぱいあったはずの……そんな未来像のうちの一つでもあります!」


「……僕も、そう思ってこのカードを世に出しました」


「川島社長、僕は今を生きる子供たちのために、そしてあの頃の自分たちのために……このカードゲームを一過性のブームで終わらせたくないんです! お願いします! どうかメディアミックス、やらせてくれませんかっ!」



俺は涙ぐむ今川さんの肩に手をやった。


俺の隣で、徳田さんも今川さんの反対側の肩に手をやって、こちらに向かって頷いていた。



「やりましょう! 今川さん!」


「微力ながら! 僕も協力します!」


「……ありがとうございます!」



と、そんな感じでいい具合に纏まったように思えた、おもちゃメーカーとの打ち合わせだったのだが……



「カードゲームは社長案件なんで、一応お任せはしましたけど……これからはそういう話は先方に返事をする前に、一回持ち帰ってくれませんか?」



と割とビキビキ来ている飯田さんにガチのお叱りを受け、俺は無事にメーカーとの折衝役から締め出されてしまったのだった。

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