第50話 お迎えと犬と新事業部
KE-MEX、有限会社代々木メタル、ポピニャニアインダストリィ……これらの会社は、社名から事業内容、所有する資産から特許に至るまで、全てを姫がでっち上げたダミー企業だ。
そんな幽霊企業たち、そして日本政府までもが手を組み、ふりかけ企業として有名な川島総合通商の社内ベンチャーとして、一大宇宙開拓事業が立ち上がった。
その名も『川島総合通商アステロイド事業部』だ。
いや……もう少し格好良く『川島アステロイド』とでも呼ぼうか。
会社が埼玉に近いロジセンターの跡地へと引っ越しをすると同時に動き出した、宇宙に漂う小惑星から資源を採掘する事を目的としたこの事業部。
それは俺のプレゼンから二ヶ月足らずという、凄まじい速さで立ち上がったものだった。
それに尽力したのは当然単なる大学生である俺ではなく、自衛隊や政府の関係者、そして姫だ。
一体姫は彼らにどういう脅しをかけたのだろうか……
立ち上げの最中、この事業に関係する各種手続き、専門性の高い人材集め、そして資材関係の取引先の紹介に至るまで、お国の方々は本当に全面協力で進めてくれていた。
グングン進んでいく準備の中でこっち側がした事といえば、責任者を立てて書類を片付けた事ぐらい。
その責任者も、社長である俺が兼任……とはならず。
川島総合通商の部長職だった元冒険者のお姉さん、阿武隈さんが就任してくれたのだった。
『まぁでも、クマさんが部長引き受けてくれてよかったね』
『じゃなきゃほんとに俺の予定だった?』
『トンボはどう考えても向いてないから、どっか外様から連れてきてたかな』
日光と暖房で暖められた教室で午後の大学の授業を受けながら、俺は机の上に置いたスマホのメッセージアプリで姫とそんなやり取りをしていた。
俺がここでのんびり授業を受けていられるのも、阿武隈さんのおかげだ。
アステロイドの仕事も重なっていたら、どう時間をやりくりしても大学には通えなかっただろう。
しかし、最初渋られるかと思っていた阿武隈さんが、責任者への就任を快諾してくれたのはちょっと意外だったな。
「ブレーンは付くし、給料も上げてくれるんでしょ? 会社が大きくなる時のこういうチャンスに乗っとかないと、後で困りそうだしね」
なんて事を言っていたが、やはり元冒険者の人はしっかりプランを持っているなという感じがしたものだ。
というか、俺はそういう元冒険者の人たちが勤めてる会社の社長なんだから、もっともっとしっかりしないといけないんだよな。
そういえば、元冒険者といえば……
川島アステロイドの設立にあたって、とある人物が川島総合通商に接触してきていた。
その人物は、俺が商売を始めて一番最初の常連になってくれた人だ。
「トンボ君、宇宙開発事業やるって聞いたんだけどさ。それ俺も入れてくんない? ダメ?」
なんて事を、地下で店を広げていた俺達に軽い調子で言ってきたのは……
二本差しのイケメン侍冒険者である雁木さんだった。
「え? なんでですか?」
「だって宇宙だよ宇宙! 俺やっぱ宇宙とかさ、メカとかさ、好きなんだよね。
パワードスーツを着込んだ彼は拳をグッと握り締めながらそう語る。
「え? 誰から聞いたんですか……? その話」
「普通に川島に勤めてる友達だけど? ……ポピニャニアっていう異世界系企業と組むんでしょ?」
「守秘義務がぁ……」
「コンプラ研修やらなきゃだね」
マーズはそんな事を言いながら、頭を抱える俺の足を肉球でポンポンと叩いた。
「あっ……ごめん、俺が根堀り葉掘り聞いちゃったから……」
雁木さんはパワードスーツの手をギッチョンと顔の前で合わせて、ペコリと頭を下げる。
「そんでさぁ、どうかな? ほら俺高卒だからさぁ、そういう会社にはどうしても縁がなくて……なんとかなんないかな? 子どもの頃からの夢だったんだよ。頼む! このとーり!」
「いやいやいや……雁木さんなら絶対冒険者やってた方が儲かりますよ?」
川島総合通商の平社員の給料なんか、どう頑張っても三十万ぐらいだ。
それに引き換えうちのパワードスーツを買えるぐらいの冒険者というのは、そりゃあもう想像もできないぐらいに稼ぐものだ。
「そんなんいくら稼いだって、宇宙に行けるわけでもないじゃん」
「うちだって宇宙に行けるわけじゃないですよ」
「それでも一般企業よりはよっぽど宇宙に近いわけでしょ、お願いお願いお願い!」
「トンボ、別に定員があるわけでもないし、阿武隈の姉さんに紹介したげたら?」
うんざりしたようにこちらを見上げるマーズの視線に折れたというわけでも、泣き落としに応じたというわけでもないつもりだが、俺は雁木さんに一つ条件をつけて紹介を承諾した。
「もし入社する事になったら、今のパーティを抜けるのに遺恨がないようにしてくださいね」
「もちろんもちろん、そこは大丈夫」
軽い調子でそう言った彼だが、結果として雁木さんの入社に際してパーティは無事に穏便解散。
それどころか、どう説得したのだろうか……
雁木さんはそのハーレムパーティのメンバーの三人を、川島総合通商に紹介してくれたのだった。
あれってもしかして、元々解散話が持ち上がってたのかなぁ。
なんて事を考えながら、俺はピコピコと姫からのメッセージが入り続けるスマホの画面を消した。
そして周りの学生のおしゃべりと、秋の午後の涼しさが運んでくる眠気と戦いながら、全然理解できないマクロ経済の講義に耳を傾けたのだった。
冬というのは外が真っ暗になるまで続いた授業を受け終え校舎を出ると、夕闇の中から「おーい!」と誰かから声をかけられた。
なんとなく聞き覚えのある、その声の方に顔を向けると……
芝生の前、枯れ葉を散らす木の下に設置されたベンチに、ここ最近ですっかり見慣れた白狼が足をブラブラさせながら座っていた。
「あっ、シエラ」
「待ってたぞ、トンボ」
彼女は菓子パンの空袋のようなものを持った、小さくてモフモフな手をピコピコと動かしながらそう言ったのだが……
一体いつから待っていたのだろうか、頭に枯れ葉が何枚か乗ってしまっていた。
「こんなとこまでどうしたの?」
「心配だから、迎えに来てやった」
ムフーと鼻息を鳴らしながらそう言った彼女は、近くまでやって来た俺に菓子パンの袋を手渡し、ピョンとベンチから立ち上がった。
「場所は誰に聞いたの?」
「ヒメ! 中入っちゃダメって言われたから、ここで待ってた!」
偉いか? とでも言うように、尻尾を振って首をかしげるシエラの頭を撫でながら、ついた葉っぱを取ってやる。
「日が落ちたら外にいるのは危ない。こんな時間まで外いるなら、ランタン買え」
彼女は小さな指を立てながらそう力説するが、まぁ異世界の感覚だとそうなのかな?
「街灯があるからランタンはいらないよ」
「消えたらどーする」
そんな時は大学も休みだと思うけど。
「あ……もしかしてシエラ、毎日来るつもり?」
「トンボが毎日行くなら、シエラも迎えに来る」
「明日は昼までだから、迎えに来なくていいよ」
「じゃあ昼に来る」
あくまでシエラは俺の
このまま毎日来られると、大学で噂になっちゃいそうだな……
「シエラ、この町は大丈夫、安全なんだよ」
「トンボの用心、不用心。大丈夫、シエラ強い」
彼女は俺の尻を小さな手でポンポン叩きながら、なんだか機嫌が良さそうにそう言う。
まぁ、彼女もまだこっちに来たばっかりだしな……
おいおい慣れてもらう事にしようか。
「トンボ腹減らないか? シエラは何か食べてもいいぞ」
「帰ったら姫がご飯作ってるよ」
「ヒメの飯も食う! トンボ金貨持ってるか? シエラがパン買える場所教えてやる」
「金貨ってもしかして、五百円玉の事?」
よく見れば、彼女は首から小さな巾着袋を下げているようだ。
待ってる間にもパンを食べてたみたいだし、姫にお小遣いでも貰ったのかな?
「甘いパンだぞ! ふわふわだぞ!」
「……一個だけだよ」
結局俺は抵抗もむなしく、フンフンと鼻を鳴らすシエラにズボンの裾を引かれ……
夕闇の中に温かな光を放つコンビニエンスストアへと、連れていかれてしまったのだった。
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