第12話 猫と猫とナンパの結果
24年1月16日より、Ver.1を削除してVer.2への更新を行っております。
2月9日に発売される書籍版第01巻の続きはVer.2準拠で更新していきます。
書籍には書き下ろしが沢山載っておりますので、どうかよろしくお願い致します。
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死ぬほど冷える極寒の二月半ば。
調達屋の商売では阿武隈さんに連れて行ってもらったホムセンで買った工具のレンタルサービスも始まり、学生としては一年に二度の大学のテストがあり、ついでにピザ屋のバイトもあって、俺はゲームをする間もない大変な生活を送っていた。
しかし、その商売先である地の底の状況は……
俺個人の事情なんかとは比べ物にならないぐらい大変な事になっていたのだった。
「トイレ借りまーす」
「はぁい」
五つに増えたトイレにはひっきりなしに人が出入りし、入り口の横に置いた料金徴収箱は先月よりも大きなサイズに変更を余儀なくされていた。
トイレだけではなく段ボールの休憩所も場所の取り合いのような状況になっていて、探索に疲れ切った人達がすし詰めになって死んだように眠っている。
先月まではなんだかんだと場所には余裕があったはずの広間には数え切れないほどの人が集まり、装備のチェックや獲物の血抜き解体、雑談に情報交換と、もう騒がしいを通り越してうるさいぐらいの状況だった。
もちろんそんな状況だから、うちの店も大繁盛だ。
「おにぎり十二個、それと烏龍茶を四本」
「三千二百円です」
「あ、あとロープってあったっけ?」
「パラコードならあるよ~」
「切り売り?」
「だね」
「ならそれを……十メートル」
「じゃあ、四千二百円になります」
「あ、ちょっと待ってくれよ……」
俺がここで一番初めに物を売った人である、プレートキャリアを付けたメガネの吉田さんがそう言いながら財布を取り出していると……
その隣からは「充電お願い、MicroBね」と千円札を持った女性の手が伸びてくるので、お金の代わりにケーブル付きの充電器を手渡す。
「はいお金」
「ありがとうございます。賞金首はどうですか? 見つかりそうですか?」
「いや厳しいな、かなり奥に逃げたんじゃないかなとは言われてる。遠征組も頑張ってるけど、なかなか見つからないみたいだ」
「頑張ってくださいね」
「頑張ってね~」
「まあ、元々うちは積極的には狙ってないよ。危うきにはなんとやらだしな」
吉田さんはそう言うとおにぎりとお茶を両手で抱え、喧騒の中へと去っていった。
今のこの東三ダンジョンの大賑わいをうちの店が呼び込んだと言えれば誇らしいのだが、実際の所は全く関係がない。
実は一月の後半に、この広間から五キロほど奥でほぼ炭化した人の死体が出たのだ。
そんな強力な火炎を扱う魔物は限られているから、
その賞金目当てにここ東京第三ダンジョンに集まってきた東京中の
もちろん、賞金目当てに集まってきた人達ばかりでなく、吉田さんたちのように前からここにいた人も普通に通ってきている。
「弁当
「六千百円です」
「あいよ」
気無さんはのパーティは全員が四十代男性の五人パーティだ。
元水道屋さんで、会社の倒産を機に同僚を集めて水道管と金属バットを持って冒険者になったらしい。
そんな始まりでも、これまで誰一人死んでないのだからとても才能があったのだと思う。
「調達屋さぁ、いつも温かいもん出してるけど、もしかして氷もいけんの?」
「いけますよ」
「じゃあさ、今度
「わかりました、調達しときます。あ、トロ箱もいりますか?」
「気利くじゃん。頼りになるねぇ」
「あざっす」
気無さんは金を置いてタバコを胸ポケットに仕舞い、弁当を持って去っていった。
「頼りになる」か。ここ二ヶ月ぐらいでよく言われるようになった言葉だが、悪い気はしなかった。
バイトでも同じ言葉を言われる事はあったが……
この地の底にいる人たちから言われるそれには、なんだか地上のそれとは違う、実感というものが籠もっているような気がしたからだ。
自分で色々考えて行動した事が、直接人の役に立って頼りにされる。
俺はただそれだけの事に、なんだか抜け出せそうにない面白さを感じていたのだった。
なんとなく、机の上の自分の手を見る。
それはまだまだ他の人たちに比べれば白くて細くて、頼りない手だ。
でも夢の中で見たあの凄い自分の大きな手に、少しでも繋がっているといいなと思いながら、グッとそれを握った。
すると握った拳の向こう側から、なんだか声がするような気がした。
「アノゥ……」
「……え?」
「アー、アノ……メシ? ……アー、フード? パン? ゴハン? アリマスカ?」
最初、その声はどこから聞こえてきたのかわからなかった。机の向こうから聞こえたはずだが、姿は見えず。
ただ机の上に、ピコピコと耳が揺れていた。
「あれ?」
俺が椅子から立ち上がると……机の影になる場所に、二足歩行のサバトラ猫が立っていた。
俺のへそぐらいの背丈の、ピック付きのハンマーを背負った手足がちょっと大きな猫。
ケット・シー族と周りには言いつつも実は宇宙人なマーズとは違う、本物のケット・シー族だった。
「ココ……ゴハン? カエル、キイタ」
「あー、オーケーオーケー。ユーキャンバイゴハン」
「オ……オケ?」
「トンボ、英語じゃ余計にわからないって。英語にしても間違ってるし」
マーズがそう言うと、ケット・シーは目を輝かせて両手を上げた。
彼? はマーズに向けてフニャフニャニャゴニャゴと話しかけ、マーズは同じ言葉で何か返事を返した。
さすが
「この子、何か食べ物が欲しいんだって」
「さすがだね、何か食べられない物ない?」
「タブーがないかって方向で聞いてみるよ」
マーズがニャゴニャゴ言うと、ケット・シーはウニャウニャと答える。
なんかもう、スマホで録画して実家に送ってやりたいぐらいに可愛らしい光景だな。
「別に食べられない物はないけど、辛いのが苦手なんだってさ。三人分欲しいって」
「じゃあチャーハンで」
「ニャンニャ」
マーズが何事かを伝えると……ケット・シーは首からかけた布袋から五千円を取り出し、人と猫の中間ぐらいの形をした指で挟んだそれを差し出した。
俺は五千円を預かって千四百円のお釣りを返し、スプーン付きのチャーハンを三つ手渡す。
「チャーハンです」
「ニャッ!」
ケット・シーは温かいチャーハンに驚きながらも、俺の事を見てペコリと頭を下げた。
そして視線を下げてマーズに何事かをニャンニャンと話しかけ、マーズもそれに付き合ってフニャフニャと話し始めた。
「何何? この子、マーズ君のご家族?」
「違いますよ、お客さんです」
ライムグリーンのクロスボウを背負った、目の下に濃い隈のあるお姉さん、阿武隈さんが面白そうな顔で猫達の会話を見ながら話しかけてきた。
「最近は東三も色んな人来てるけど、マーズ君以外の異人種の人は初めて見たな~」
「あ、僕このあいだ
「レアだ~、いいな~」
阿武隈さんはそう言って歯を見せながら笑い、開いた手の指を胸の前で合わせた。
なんか前にちょろっと言っていたが、彼女は大の猫党らしい。
「あ、そうだトンボ君、これからしばらく月火木と来ないんだよね~?」
「いや今月これから先はだいたい毎日来ると思いますよ」
期末テストも終わったから、これからしばらく春休みに入るのだ。
去年は一ヶ月半ほどをかけてしこたま積みゲーを崩した覚えがあるが、今年は多分こうしてダンジョンで金稼ぎをする日々を送る事になるだろう。
「あれ? ああ、大学って春休みあるんだっけ」
「大学マジで休み長いっすから」
「そうなんだー、じゃあちょっと来週荷物の配達? 運搬を頼みたくて~」
「運搬ですか?」
何かを仕入れといてくれと言われる事はよくあったが、直接物を運ぶ事を頼まれるのは初めてだった。
まぁ必要な物しか持っていかないダンジョンで人に荷物を預けるのって、命を預けるようなもんだからな。
「うちのリーダーがさー、本気で賞金首をハントしたいんだって~」
「えっ!? マジすか?」
阿武隈さんのチームは遠距離戦を主体に堅実な狩りをする女性四人組だが、東三の冒険者の中では中堅ぐらいの扱いだったはずだ。
「マジマジ~、東三の問題は東三で解決したいんだってさ」
「え~、でも
「
火吹きトカゲというのは翼のないドラゴン……というよりは火を吹くオオサンショウウオだ。
たまに腹の調子を整えるために獲物を炭になるまで焼いてボリボリ食べる習性があるため、今回の下手人の有力候補になっていた。
「こっからもっと先にキャンプ張って奥まで行くからさー、この広間まででいいからうちの物資の運搬を頼みたいんだよね~」
「まあ、それぐらいなら……」
阿武隈さんに了承の意を伝えようとした俺の膝小僧がポンポンと叩かれた。
「一キロ一万円だね」
「あれっ? マーズ、さっきのケット・シーの
「とっくに帰ったよ」
阿武隈さんはマーズの言葉にべっと下唇を出して、栗色の頭をぽりぽり掻いた。
「逆に言えば~、一キロ一万払えばどれだけ頼んでもいい
「お姉さん、お得意さんだしね。うちも誰にでも同じ事やるとは言わないよ」
「じゃあ、
「あ、詳しくはSNSの
「了解でーす」
阿武隈さんはくるっと背中を向け、ちょっと首を傾げてからもう一度こちらを向いた。
「忘れてた、ドーナツください」
「あ、はい……」
彼女は一緒にコストコに買いに行ったチョコがけのドーナツをいくつか受け取って、今度こそ帰っていったのだった。
しかし、竜狩りか……怪我なく終わればいいんだけどな。
「……あ、そういえばマーズ。さっきはケット・シーの人と何の話してたの?」
「あー、どこ出身かって聞かれたよ」
「ああ、世間話だったのか」
「あと、彼女いるのかって」
「えっ!?」
あの人メスだったの!? ていうかマーズって、猫の間じゃ意外とモテるタイプなのかな。
羨まし……くはないか、猫だし。
「それで、なんて答えたんだよ?」
「ナイショ」
マーズはクールにそう言った後「でも……」と続けた。
「僕、あんま背の高い人って好きじゃないんだよね」
そこ気になるんだ! とは思いつつも、猫の感覚はイマイチわからず……
それ以上突っ込んでは聞けない俺なのだった。
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