第9話 俺と猫と知らないゲーム機
24年1月16日より、Ver.1を削除してVer.2への更新を行っております。
2月9日に発売される書籍版第01巻の続きはVer.2準拠で更新していきます。
書籍には書き下ろしが沢山載っておりますので、どうかよろしくお願い致します。
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「あれぇ?」
「どったの?」
東三ダンジョンから家に戻り、稼いだ金でようやく買えたコタツでしばらく温まった後の事だ。
俺は隙間風の吹き抜けるキッチンで冷える足を擦り合わせ、首をひねっていた。
今日たしかにダンジョンで貰ってジャンクヤードに入れたはずの蜥蜴の肉が、どこにも見当たらなかったのだ。
「KEEP設定し忘れたのかな。蜥蜴の肉なくなってる……」
「えっ!? 今日ご飯どうすんの?」
「ごめんごめん、カップ麺でもいい?」
「いいけどさぁ……僕のはシーフードのデカい方にしてよね」
子供用のコタツ椅子に座ってミカンを食べているマーズがプリプリ怒っているが、ないものはしょうがない。
肉をくれた阿武隈さんには申し訳ないが、調理に失敗して食べられなかったという事にしよう……
俺はジャンクヤードから取り出した売り物のカップ麺にお湯を入れ、コタツへと戻った。
「それで、何と交換されてたの?」
「ちょい待ち……」
俺はジャンクヤードの中にあった見慣れない黒い物体を、コタツ机の上に取り出した。
「なんだろこれ? 個人用端末かな?」
「いや、これは……」
俺はそれを手に取り、なんとなくぱかりと上下に開いた。
開いた内側に並ぶ二つの画面、そしてその横にはスライドパッドと操作ボタンが配置されている。
思った通り、これは二つ折りタイプのゲーム機だった。
俺が実家で使っていた日本メーカー製の物によく似ていたが、どうもこれは見た目が似ているだけで全く別の物のようだ。
「ゲーム機だ」
「コントローラー付きかぁ、これならトンボでも遊べそうだね」
いつも使っていた物とたまたま同じ場所にあった電源ボタンを押すと、軽やかな起動音を奏でながらゲーム機が立ち上がった。
「え? これ日本語じゃん」
「へぇ、日本の物なのかな? これまで日本の物が交換で来た事ってなかったよね」
「そうだよね」
ユーザーインターフェイスも俺が使っていた携帯ゲーム機とよく似ているようだ。
俺はゲーム機の情報が書かれているかもと思って設定画面を開いた。
「え?」
開いた設定画面にはピコピコと動くデフォルメの効いたアバターが表示されていて、その隣のユーザー名の欄には『カワシマトンボ』と表示されていた。
「なんで?」
俺がその言葉を口に出したのと同時に「シュポッ」っと音がした。
何か通知が来たのかと、思わず自分のスマホを確認したが、そこには何も表示されていなかった。
また「シュポッ」と音がする。
音はゲーム機のスピーカーから出ていた。
画面の真ん中で揺れる手紙のマークを指でタッチすると、ゲーム機の中でメッセージアプリのようなものが立ち上がる。
画面には『トンボ?』という吹き出しが表示されていた。
そしてその下にくっつくようにして『生きてたのか?』という吹き出しもあった。
「え? 何……? なんで俺の名前が……?」
「ねえトンボ、このゲーム機、ほんとは元から持ってた奴なんじゃないの?」
「いや、そんな事ない……こんなの持ってない」
またゲーム機から「シュポッ」と音が鳴る。
また画面に揺れる手紙のマークが表示され、そのまま「シュポッ」「シュポッ」と音は鳴り続け、やがて音は繋がって鳴り止まなくなった。
「トンボ、他のメッセージも開いてみよう」
言うが早いか、マーズの肉球がポンと画面を押す。
『トンボ会頭か!? 今どこにいる?』
今まで表示されていたものとはまた別のメッセージの画面が一瞬だけ表示されたが、土石流のように届くメッセージの表示にかき消されて読み進める事はできなかった。
「これはもう、落ち着くまで何もできなさそうだね」
「こっちは全然落ち着かないよ」
そわそわして落ち着かない俺とは違って、泰然自若としているマーズはゲーム機を眺めながら普通にフォークでカップラーメンを食べ始めた。
ちょっとだけ迷ってから箸を取ったその瞬間、ゲーム機からひときわ大きな「ビコン!」という音がして、俺はそのまま箸を取り落とした。
『親愛なる ‘’繝医Φ繝�’’ へ』
画面にそのメッセージが表示されたっきり、ゲーム機から通知音は鳴らなくなっていた。
「なんだぁ?」
「もひばへしてふね(文字化けしてるね)」
普通ならこんな怪しいメッセージは開かないが、他の操作をしようと画面の端を触っても、ボタンを押しても、ゲーム機は固まったように動かなくなっていた。
仕方がない。
俺は一度ゆっくり深呼吸をしてから、文字化けしたメッセージをタップした。
その瞬間、画面に幾何学模様が浮かび上がり……強烈なフラッシュが俺の目を焼いた。
「わっ!」
真っ白になった視界で、バクバク波打つ心臓の音だけが妙に大きく聞こえた。
「トンボ! 大丈夫!?」
「……っくりしたぁ……」
じわじわと視界が元に戻り始め、心配そうにこちらを覗き込むマーズの顔がぼんやりと見えてくる。
ひとまず、失明とかしたわけではなさそうだ。
ふぅっと安堵のため息をつくと、どっと体に疲れが押し寄せてくるのを感じた。
「あれ?」
「どったの?」
「起動しなくなってる……」
さっきピカッと光ったゲーム機は、電源が落ちたのか画面が真っ黒になっていた。
電源ボタンを押しても、長押ししても電源は付かず、うんともすんとも言わなくなっていた。
俺はその画面を閉じてジャンクヤードへと戻し、KEEPをかけてドスンと床に横になった。
なんだかさっきからどうにも頭が重く、座っている事すらおっくうだった。
「トンボ、ラーメンどうすんの?」
マーズにそう言われ、ラーメンをジャンクヤードに入れようと手を伸ばしかけて、そのまま手を落として瞼を閉じた。
なぜだかわからないが……
俺はまるで意識を泥濘の中に引きずり込まれるかのような猛烈な眠気に襲われていた。
「トンボ?」
「寝……る……」
呟くようにそう言って、そのまま意識を手放す。
耳の奥で、ごおごおと風の音が聞こえていたような気がした。
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