第45話 彼は人気者 ※森住麻利恵視点

 私の幼馴染である七沢直人は人気者である。とても魅力的な男性で、様々な女性を次々と虜にしていた。そして最近も、天川とかいう配信者と出会って絡んでいた。


 面白そうなことや興味を持ったことに、どんどんと首を突っ込んでいく彼の性格を私はよく知っている。とても危なっかしくて、放っておけない。彼を見ていないと、大変なことに巻き込まれそうで怖い。大丈夫なのかと心配になる。


 だから私は、なるべく彼から目を離さないように気をつけている。彼が危険な目に遭う前に守ってあげないといけない。幼馴染として、彼のことをずっと見守ってきた者として、それが当たり前のことだと思っている。


 でも実は、危険な相手や厄介そうな相手を察知する感覚が意外と優れている直人。過去に何度か、危ないと感じたのか距離を離した相手を何人か知っている。


 彼は、今までに大きな事件に巻き込まれたことは一度もなかった。だから、直人が大丈夫だと判断した相手なら大丈夫なんだと思う。


 だが、それで油断したらダメだろう。直人でも見抜けなかったような危険な相手や面倒な相手など、関わったらダメな女性なんて世の中にはいくらでも居るのだから。




 私は、天川という女性を警戒していた。配信などという、誰でも見ることができる媒体なんかに彼を巻き込んだから。


 直人は面白そうだと言って、すぐ話に乗ったけれど。正直、私は面白くなかった。個人情報は必ず隠してから配信すると説明されたが、本当に大丈夫なのか。


 とても心配だった私は、直人のそばから離れないようにして監視することにした。その甲斐あってか、トラブルもなく無事に終えることができたようだけど。


 自宅に帰ってから色々と確認してみた。配信のアーカイブという映像が残っているらしいと分かったので、じっくり見直してみることに。


 画面に映る天川さんと、直人の声が聞こえる。あの部屋で行われていたこと。私はずっと黙ったまま彼の横で様子を見ていたから、内容は知っていた。


 チャット欄という場所に様々な意見が書き込まれている。ほぼ全て、直人のことを褒める内容だ。面白いとか、優しいとか、声が好きだとか。そういう好意的な言葉が多かった。


 そうだろう。当然だ。分かっている。チャット欄の意見を読んで私は、そんな風に思った。やっぱり彼は、とても魅力的な人間。この配信を見ていた人達も虜になってしまったのだろう。当然の結果だと、私は思った。


 配信アーカイブのコメントの中には、彼のことを貶めるような意見もあった。彼を傷つけるような誹謗中傷、罵倒するような言葉や下品なもの。それは間違っていると意見を書き込みたかったが、グッと抑える。こんなもの、無視しておくのが一番だ。


 そして、こんな害でしかない意見などは彼の目に触れないように気をつけないと。一応、天川さんにも連絡しておいたほうがいいかな。


 しかし、この配信を1万人以上の人達が見ていたということを知って私は驚いた。そんなに多くの人達が、この配信を見ていた。私なんかが想像できないほど、大勢の人に見られていた。配信って、こんなに多くの人達に見られながらやるものなのか。だとしたら、とても大変そうだけど。


 それからさらに色々と調べてみた結果、1万人の視聴者というのは多いということが分かった。


 つまり直人は、それだけ注目されていたということ。凄いと思うと同時に、不安になった。彼はただでさえ人気があるのに、これではますますファンが増えてしまうかもしれない。やっぱり、近くで彼のことを見守っておく必要がありそうだ。



***



 直人に誘われて、一緒にテスト勉強をすることになった。久しぶりに2人きりで、放課後に私の部屋まで来てもらうことに。


「どうぞ、好きなところに座って」

「じゃあ、いつも僕が座っている場所に」


 私の部屋に彼が来てくれた。それだけでテンションが上がる。しかも、私と彼だけ居る状況。昔は、これがどんなに恵まれた状況なのか理解していなかった。男の子が部屋に来てくれるなんて滅多にないこと。


 しかも、2人きりで居てくれるぐらい気を許してもらえているなんて。そんな奇跡のような状況が、どれほど幸せなことか知らなかったのだ。


 最近、直人は数多くの女性達と出会い、付き合っている。その中に、私が知らない人も沢山いるはずだ。そう思うと、胸が苦しくなる。


 仕方がない。それだけ、直人が魅力的だということ。覚悟を決めないといけない。これから先も、どんどん増えていくと思う。それを受け入れないといけない。


 そして、彼との今の時間を楽しまないと。彼と一緒に2人だけで勉強するなんて、なかなか無い機会なのだから。この瞬間を大切にしなければ。


「それじゃあ、テストの勉強しようか」

「うん!」


 だけど、勉強は大変だ。頭を使うし、疲れるし、面倒くさい。やる気が出ないな。でも、やらなければいけない。


 直人は偉いな。ずっと集中して、黙々と問題を解いていた。私も見習わなければ。そう思うものの、どうしても集中できない。


 ふとした瞬間に、ついつい目の前で集中して勉強をしている彼の顔を見てしまう。とても素敵だ。可愛くて、かっこいい。昔から変わらない、素敵な顔。思わず見惚れてしまう。


 いけない、ちゃんと真面目にやらないと。そう思って机に向き直るが、気がつくとまた彼の顔を見ている。ああ、ダメだ。全然集中できないな。どうしてくれるんだ、直人め。


「ちょっと休憩しない?」

「そうだね。休もうか」


 途中で休憩を挟みながら、私達はテスト勉強を続けた。あっという間に時間が過ぎていった。気がつけば夜になっていた。


「あ、もうこんな時間。そろそろ終わろうか」


 疲れてしまった。でも、それ以上に楽しかった。今日は良い日だったな。満足感に浸りながら、私は机に突っ伏した。すると、頭に何かが触れる感触がした。優しくて温かい感触。彼の手だと、すぐにわかった。


 いつも、私を幸せな気持ちにしてくれる直人。もっと撫でてほしいと思った。


「明日も一緒に勉強しようよ」

「そうだね。もっといい点が取れるように、一緒に勉強しよう」

「やった! 約束だよ」

「うん」


 テスト勉強は、とても疲れた。それでも私は、明日も頑張ろうと思った。だって、好きな人と一緒に居られるのだから。これ以上ないくらいに、充実した日々。


 直人との、こんな幸せな瞬間を他の女性達は知らないだろうな。同じ学生である、私だけの特権。


 これだけは誰にも譲らない。そして、全力で楽しむのだ。この幸せな時間を。

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