第33話 お試しデート2

 映画が始まってから数十分が経過した。正直に言うと、退屈な映画だという感想。普段、こういうジャンルの映画を見ていないので慣れていないというのもあるかも。ただ、横で見ている有加里さんは楽しそうだった。映画を見るよりも、彼女の反応を見ている方が面白いかもしれないと思った。


「……」

「ん?」


 彼女の方も、僕の反応が気になるのかチラチラとこちらを窺ってくる。


「!?」


 笑顔で見つめ返してみると、慌ててスクリーンの方へ顔を戻す有加里さん。そんな感じで時々、お互いの様子を確認しつつ映画鑑賞を続けた。


 そして、ついにクライマックスのシーンへ突入する。


「わぁ……!」


 有加里さんの瞳がキラキラと輝く。僕もつられてスクリーンに集中する。主人公がヒロインとキスしているところだ。うーん、だけどなぁ。色々と気になってしまう。何がって、この男優さん演技が。


 演技について知っているわけじゃないので、上手いとか下手だとかそういうことは分からないけど。なんだろう。わざとらしいというか、大根役者っぽいというか。


 そういう事が気になって、映画の内容に集中することが出来なかった。


 映画が終わった。エンドロールが流れ始める。隣に座っている有加里さんは、目を閉じながら満足げな表情を浮かべていた。


 しばらくすると、館内が明るくなった。


「面白かったね」

「有加里さん、とっても良い表情でしたよ」

「えっ? えっと、そうだったかな。私、途中からこの映画に夢中になっちゃって」


 映画を見終わった直後。面白くなかったと言えない僕は、とりあえず有加里さんの様子を伝えておく。話を逸らすために。


 すると彼女は、照れくさそうな笑みを浮かべた。


「とりあえず、出ましょうか」

「うん、そうね」




 僕たちは映画館を出た後、近くのカフェに入った。映画の感想を話し合うためだ。これも予定通りのデートプランで、コーヒーを飲みながら談笑する。


「それで、どうだった?」


 席に着くなり、早速とばかりに有加里さんが口を開く。ここは本音で話したほうが良さそうかな。かなりオブラートに包みつつ、本当の感想を彼女に言ってみる。


「そうですね。普段は恋愛映画を見ないので、ちょっと退屈だったかなって」


 なかなか次に進展していかないストーリーに、男優の演技も気になってしまって。今回の映画を十分に堪能することは出来なかった。


「あっ!? そ、そうなの……。そっか」


 有加里さんはしょんぼりと肩を落とす。その様子を見ていて心苦しくなる。やはり言うべきじゃなかったかな。いや、でも。嘘は言いたくないし。でも、もうちょっと伝え方を考えるべきだったか。


「でも、普段は見ない映画だからこそ新鮮でしたよ」

「そっか、ありがとう……」


 有加里さんは、すぐに笑顔を見せてくれた。けれど、その笑顔は寂しそうだった。久しぶりに、女性とのコミュニケーションを失敗してしまったかも。気まずいな。


 反省しながら、僕は有加里さんに話しかける。会話を途切れさせたくない。


「有加里さんは、どういう所が面白かったですか?」

「えっと、そうね。例えば、最初の出会いの場面で―――」

「ふんふん、なるほど」

「それから、中盤の美しい映像と展開の―――」

「なるほどねぇ」

「あとは、クライマックスシーンの―――」

「へぇ、そういうことか」


 聞いてみると、有加里さんが一生懸命に話してくれた。その言葉を聞き漏らさないように注意しつつ、僕は相槌を打っていく。


 こうして彼女の話を聞いてみると、なるほどと思う。そして、面白そうだと感じてきた。これは、有加里さんの話し方が上手いからなのか。彼女の話を聞いているうちに、ついさっき見た映画に対する評価が上がった気がする。


「ごめんなさい、私ばっかり話してしまって」

「いえいえ全然。むしろ、楽しかったですよ。さっき見た映画に対する評価も変わりましたから」

「そ、そう! それなら、良かった」


 謝ってくる有加里さんに、笑顔で返した。実際、本当に楽しい時間を過ごすことが出来たから。すると、有加里さんの表情は明るくなる。


「映画選びは失敗だったけれど、楽しんでくれたみたいで嬉しいわ」

「そうですね。次は事前に、何の映画を見るか相談してからが良いかもしれないですね。それが分かっただけでも、今日の経験には価値があったと思います」


 僕が笑顔を見せたことで、有加里さんも安心したようだ。今日のデートプランは、お試しだ。失敗することもあるだろう。だけど実際に試してみて、分かることもあるから無駄じゃない。だから、有意義な時間だ。


 カフェを出て、僕たちは電車に乗って家に帰ることにした。帰り道では、お互いの趣味について語り合ったりした。共通の話題があれば盛り上がる。特に有加里さんはお話が上手だ。実は聞き上手でもある。おかげで、とても楽しい時間を過ごせた。


 やがて、家の近くに到着した。


「送ってくれるのは、ここまでで大丈夫です」

「本当に? ここから、ちゃんとお家に帰れる?」

「えぇ、大丈夫ですよ。ここまで来れば、安全です」

「そっか。じゃあ、ここでお別れだね」


 住宅街の前で、僕たちは会話を交わす。もう、辺りは薄暗くなっていた。これで、お別れかと思ったら有加里さんがモジモジしている。


 何か言いたいことがあるのかも。


「どうしました?」

「実は、まだ私のデートプランには続きがあって……」


 そういえばと僕は思い出した。有加里さんが動画の中で語っていたデートプランの最後には、常にアレがあった。それをまだ、していない。


「そうでしたね。じゃあ、お別れのアレを」

「えっ」


 そう言って僕は、有加里さんの顔に近づいていった。チュッとキスをした。それはお別れのキス。背の低い彼女の顔は、とてもキスしやすかった。


 ビックリしている有加里さんに、僕は言った。


「今日は楽しかったです。また、デートしましょうね」

「あ……。う、うん!」


 有加里さんは顔を真っ赤にして、何度も首を縦に振った。そして、僕は手を振って彼女と別れて家に帰る。失敗もあったけれど、とても楽しい一日だった。

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