外伝4話~さらばフェイ、また逢う日まで~
どうも、放牧に出されたファートムです。俺は今、妹と弟に詰められています。
『お兄ちゃん、私勝ったよ? 褒めて?』
『兄さん、僕も勝った。褒めて』
『ねぇ、セチア。私は海外でのGIレースを勝ったの。姉に譲るべきだと思わない?』
『いや、兄さんや姉さんが勝てなかった2歳GIを勝った僕の方こそ褒められるべきでしょ』
『……いいから譲りなさい』
『断る』
『『……ぶち殺すぞワレ?』』
ひゃああぁぁぁ!?!?!? 怖いぃぃぃぃ!!! 妹のカーテンコールと弟のポインセチアが俺に1番に褒められる権利を争っているんだけど!?
そこまで言い争うような事なの!? 最初にコールが話しかけてきてレース結果を報告、俺が褒めようとしたらセチアも報告してきた。
それを褒めようとしたらコールに『私の方が先よね?』詰められて、いつの間にか2人が喧嘩を始めてしまった。
と言うか口悪くない? どうしてそんな子に育ったの? ……え、俺のせい? 俺様みたいな完璧超人に影響されてそんな風に育つわけねぇだろアホが! 脳みそ腐ってんだろてめぇ!
……ん~、それはさておき姉弟喧嘩を見るのは兄として辛いよ? そろそろ本格的に止めに入るとしますか。
『喧嘩するなら2人とも褒めません』
『『俺(私)たちは仲良し!』』
いやー、姉弟仲が良いって素晴らしいよねー。兄の言うこともちゃんと聞いてくれるし。……でもこのグルーミングはいつまで経っても止めさせてくれないの、辛いよ俺。
「お、ファー、めっちゃハムハムされてるな。ファンサイト、Twitterとインスタ用に撮っとこう」
牧場長である館山さんが俺にスマホを向けて動画撮影をしてくる。2人からめちゃくちゃグルーミングされてる様子が全世界に流れるのか……複雑。
俺の方からもする羽目になるよな? 暇って訳じゃないが虚無になることは間違いない。……あ、ヤバい。俺はちょっと前に別れたタガノフェイルドらの事が頭に浮かんだ。
***
荻野さんらは俺が凱旋門賞を走り終えて以降、ダメージの残った身体をあまり酷使しないように外厩で様子を見ていたらしい。
この調子なら香港ヴァーズにも出られそうだ。そんな言葉が聞こえてきたのでラストランに向けて俺も心構えをしておかないとな、なんて考えていた。
『……よう、ファー』
『フェイ! 久しぶりだな!』
いや久しぶりって程でも無いか。凱旋門賞を走る前に1度フランスで会っていたし。それでも相変わらずの雰囲気を漂わせている。
『俺は次でラストランらしい。フェイ、そっちは?』
『……終わったよ。勝った……もう、俺は走らない』
『っ……そっか』
そう言えばコイツとはちゃんとレースで走った事無いな。……1度ぐらい、ちゃんと戦いたかった。
『別に死ぬ訳じゃない。俺の馬生はこれからも続く……ちょっとステージが変わるだけさ』
『あぁ……で、本当に言いたい事はそれか?』
『……鋭いな』
『今までの馬生の大半でお前と関わってるんだぞ? それぐらい分かるさ』
勝負したい時、お腹がすいている時、勝負したい時、トイレしたい時、勝負したい時、遊びたい時、勝負したい時、疲れた時、勝負したい時……顔を見れば大体分かる。
『……俺と、真剣勝負をして欲しい。んで勝ったら……コールを俺にくれ』
『断る!!!』
『えぇっ!? いや、確かに急だったとは──』
『断る!!! コールはやらんぞ! 俺より強い馬じゃないとやらん!』
『じゃあ尚更真剣勝負受けろよ!?』
コイツいきなり妹を下さいって何を言い出すんだ? 確かに俺とずっと一緒だったから、自然と同じ厩舎で俺と絡みの多いコールの魅力に気づくのは分かるが……。
『群れのボスにお願いするのは当然だろ?』
『ボスはお前じゃん』
『……俺はまだ認めてない。お前に勝って、それでちゃんとボスになって、好きな馬も手に入れて、そんで引退するんだ』
……意外だった。てっきりなし崩し的にとはいえ、もうフェイは群れのボスとしてやっているもんだと思っていた。……でもこいつの中じゃ違ったらしい。
俺に勝つまで群れのボスはあくまで代理だったってか? はは、何がお前のことなら分かるだよ。ずっと一緒に居たのにこんな事にも気づかなかったなんて……分かったよ、フェイ。
『気が変わった。良いぜ、やろう。……最後まで叩きつけてやるよ、敗北とやらを』
『怪我で本調子出せないって言い訳の準備はしなくていいのか? 今日、俺はお前を超える』
こうして何時になく真剣な雰囲気を出す俺とフェイに沢村さんは小首をかしげたが、いつも通り調教場所へと連れていく。
お、今日乗るの横川さんか。まぁフェイは引退したんだし当然っちゃ当然か。こりゃ負けられねぇな。事前に謝っとくよ横川さん、フェイとの真剣勝負だ。あんたの促し方に反対するかもとだけ、な。
いつも俺とフェイの主戦騎手は横川さんだった。レースが近い時期以外、フェイの調教は別の人が行っているが、俺もフェイもこの人と一緒に歩んできた道のりなんだ。
『ルールはいつも通りで良いよな?』
『あぁ。……さぁ、やろうぜ』
いつもの。それはゴール板を先に通過するのはどっちが先かってだけの簡単な遊びだ。最初は横川さん達も自分達がしたい練習にならないからと抑えるように促していたな。
でも俺もフェイも、どっちも負けたくないから言うこと聞かないようにしたら諦められた。相手を追走、最後の直線で差す練習とかをしたかっただろうに、すまんな。
終始、互いが馬なりでコースを駆け抜ける。このいつものも、今日が最後になるかもしれないのか……。1回くらい、一緒にレース走りたかったな。
まぁ、同じ厩舎の強い馬をわざわざ出して片方優勝できないなんてしたら勿体ないし当然か。後は鞍上誰になるんだ問題もあるな。それに距離適性……これが一番でかい。
フェイはマイル。そんで俺は中長距離。……コイツと同じ距離を得意としなかった事を、俺は喜ぶべきか悲しむべきかどっちだろう。まっ、俺マイルまだ走った事ないから確実なことは言えないか。おっ、そろそろだ。
『行くぞファー!』
『死ぬ気で付いてこいフェイ!』
最後の直線を向く。そして一気に加速した。横川さんも、フェイに乗る騎手も分かっていたかのように手網を動かす。めいっぱいに追っての追い切り。
その初速は……フェイに軍配が上がった。やはり短い距離を走る分だけ、絶対スピードは向こうの方が上なんだよな。それを意識させられるよ。
でも俺も加速力は負けちゃいねぇ。すぐに追いつくさ。だってお前、瞬発力は化け物だけど持続力は微妙だし。一瞬のキレはあっても、それを維持できるスタミナが無いんだよ。
ロードクレイアスと同等以上の脚を持っていても、持続力がなきゃそれは最後まで続かないって事だ。まぁ、だからってクレイアスの方が強いとは一概には言えねぇ。
そもそもアイツ、追走力が無さすぎてついて来れないと思う。レースなら最後の直線で凄い脚繰り出すけど前には絶対に届かない……そんな感じか?
いつものように横一線。並ぶ。並ぶ。並ぶ……はは、同じ日にデビューして、ずっと一緒に居て……お前と別れるなんて想像出来ねぇや。
こうして一緒に走る事も、もう何回もないんだろうな。引退ってのはそういう事だ。多分、フェイは種牡馬としての余生を過ごす。
そこはまたレースとは違う領域での戦いとも言える。だから俺と同じ場所で過ごせる保証はもう無い。……コイツはその事分かってるのかね? いや、どうでもいいか。
今はただ、最後まで本気出してお前に勝つ。最後まで俺は強かったと証明する。そんで、レースじゃ1度も戦わなかったけど、ただの親友だと周りには思われているかもだけど……。
1番のライバルはフェイ、お前なんだって後世に語り継がれて欲しい。それぐらい俺はお前が好きだ。ずっと一緒に居るもんだと勘違いするぐらいにはな。
はは、レースでも無いのにレース以上に高揚している。さぁ、まだ終わってねぇぞ、俺のライバル! ……俺の、親友!
『うおおぉぉぉおおぉおお!!!』
『ああぁぁああぁぁぁあああ!!!』
並ぶ、並ぶ、並ぶ。そして……俺達は並んでゴール板前を通過した。……結果は引き分けだった。
『ぐっ……同着。勝てなかった!』
フェイの奴が悔しがる。まぁ、初めての引き分けだから普通なら小躍りでもするんだろうが、今回は条件があったからな。でも……。
『はっ、何言ってやがる?
『え? 何言ってんだ? ……引き分けじゃ、お前に勝ったとは言えねぇだろ』
コイツ、分かってないのか? ……主戦騎手を乗せて引き分けられた時点で、俺の敗北に決まってんだろうが。別に勝ってたらまだ言い訳も出来るけどよ。引き分けは駄目だろ。その事を伝える。
『はぁ!? いや、でも』
『あークソ怪我が無ければなー。でも負けは負けだー。……んだよ? てめぇの勝ちだよフェイ』
『……そっか。勝ったか、俺。……はは、ふへへ、ふへへへへへへ!! あははははは!!!』
すっげぇキモイ笑み浮かべて喜んでるよコイツ。あ、でもコールの事は認めるけど、それは俺が認めるだけだからな! コールが嫌だって言ったら反対だからな!
『分かってるって。お前に認められた事が重要なんだよ! 勝った! はは! 勝った勝った!』
いつまで喜んでんだよ! ムカつくなぁ!? って思っていると血相を変えた荻野調教師が駆け寄ってくる。
「美穂Bコースの調教レコードだと!? 当週追い切りでもねぇのにやりすぎだお前ら!」
「「すみませんでした!」」
『『すみませんでした!』』
荻野さんに俺とフェイ、横川さんにフェイに乗っていた騎手全員が怒られた。
***
『ん? どうしたの、お兄ちゃん』
『姉さんのグルーミングが下手だったんでしょ、僕が変わるよ』
『ぶち殺すぞワレ?』
はいはい喧嘩しなーい。仲良し仲良しー。そうそう、いい子達だねー。
『……なぁコール、セチア』
『『なぁに?』』
『コールはさすがに顔ぐらい知ってると思うが、タガノフェイルドって言う馬がいてな……』
俺はそう言ってフェイとの出会いから別れ、色々な思い出を2人に向けて語り出す。……元気でやってると良いな、フェイの奴。
なお、何故か2人のフェイへの好感度はマイナスまで突入した模様。あと俺にも惚気とか色々言われた。な、何故だ???
***
『……着いたか。ここが、俺の新しい家』
レースでの戦いから一転。タガノフェイルドは社大スタリオンステーションに到着した。
『ファーが言ってたな。ここで、俺には新しい戦いが始まると』
フェイはメラメラと闘志を燃やす。なお、具体的にどんな戦いかはファーの口から聞き出せなかった模様。
『あれ? 今ファーって言った?』
そんなフェイの独り言に反応する馬が1頭居た。フェイの馬房の隣からヒョコっと顔を出す芦毛の牡馬だ。
『ねぇねぇ! 今ファー君の事呟いた? 君! ファー君の事知ってる馬なの!?』
『お、おう。一応な。……って! それより誰だよお前』
『あ、自己紹介が先だよね! ボクの名前はね……』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます