外伝2話~秋競馬について語る《その2》~

 ステイファートムが凱旋門賞を勝ってから1ヶ月、ドゥラスチェソーレが秋の天皇賞で復活を遂げてから1週間後のその日、アメリカ競馬でも1、2を争う競馬の祭典、ブリーダーズカップが開催されようとしていた。



「ふぅ……凱旋門賞ほどじゃねぇが緊張が凄いな」


「僕もやばいですね。オッズ見ました? 1倍台ですよ? 飛ばしたら嫌だなー」



 ブリーダーズカップの2日目、タガノフェイルドに騎乗する横川勤が呑気にそんな言葉を漏らした。


 ブリーダーズカップ。通称BC。これは最も偉大な2分間とも評されるケンタッキーダービーにも匹敵するお祭り。そんなアメリカGIレースが2日間に渡って、計14レースも開催される。もちろん、全てGIだ。


 そんなお祭りに、日本からも今年はなんと4頭ものGIホースが出走を表明していた。そして彼らが出走するレースは全て、勝てば日本馬にとって初制覇。大偉業となるだろうな。



「まぁ、実力的にはフェイが抜けてる。競馬をしていれば勝てるさ」


「ですよね。それよりファーの容態の方が心配です」


「問題ない。疲労は残るだろうが、完勝する程度には持ち直せるさ。ラストランの香港ヴァーズでGI8勝目だ」


「そんな今から言ってると、変な事態が起きても知りませんよ?」


「ははは! 世界が未知のウイルスでパンデミックでも起きん限り平気だろう!」


「うーん、なんか変なフラグ立てた気がするけど……そろそろ行ってきます」



 横川が準備を済ませて行く。さて、フェイの馬主さんも来ているからまた後で挨拶に行かねぇとな。それよりももうすぐだ……日本勢がこのBCデーを蹂躙するまでな!



***



 ブリーダーズカップ2日目。最初の1日は2歳戦を主に行うので、この2日目が本番となる。最初に出てきたのは去年の桜花賞馬ルージュエルナだった。


 去年はオークス3着と好成績を見せるも秋のトライアルで惨敗。その結果と元々の血統面を考慮して短距離路線に舵を切る。


 初のスプリント戦となった香港スプリントでは7着と惨敗するも、春のGI高松宮記念では4着、その後ヴィクトリアマイルで5着で休養を挟み、秋はGIIセントウルS1着で初のスプリント戦1着を記録。


 満を持してアメリカの芝短距離GI、BCターフスプリントに出走をしていた。芝5.5ハロン。約1100mで施行される本レース、日本勢としても弾みをつけたいが結果は……。



《外から日本のルージュエルナ! ルーシュエルナ伸びてきている! しかし、しかし、勝ったのは、ネオグランベルグだぁああ! ルージュエルナは4着に敗れました!》



「……厳しいねぇ」


「外に出すタイミングが無かった。もう50mあれば、1200m戦なら多分差し切ってた」



 それを荻野調教師と横川勤がその結果を確認しながら呟く。次に自らも走るタガノフェイルドを撫でながら、横川は最終調整を行っていた。



「じゃ、勝ってきます」



 次に行われるのはBCターフマイル。芝1600mで行われるGIレースだ。このレースに挑む日本馬は日本歴代マイラーでも歴代トップクラスの実績を持つタガノフェイルド。


 2歳時から新馬戦を8馬身差の圧勝。次走のGIIIサウジアラビアRCでもレコード勝利。距離延長となったGIホープフルSではロードクレイアスの2着に敗れる。


 しかしGIII毎日杯からGI NHKマイルCでは皐月賞馬ディープゼロスを退けての戴冠となった。そこからGII富士S、GIマイルCS、GI香港マイルを5連勝。年度代表馬となった。


 翌年のGIドバイターフではまさかの3着、そしてGI安田記念では2着と不甲斐ない結果を残しつつも秋のGII毎日王冠で復活Vを遂げる。しかし連覇のかかるマイルCSではディープゼロスの復活の前に敗れる結果となった。


 そして今年、ドバイターフで去年の雪辱を果たしたフェイルドが向かったのはあのタイキシャトルも制したGIジャック・ル・マロワ賞。


 そこでGI4勝の欧州最強マイラー、シュザンゲイルとの叩き合いを制する。その勢いは留まるところを知らず、次走のGIクイーンエリザベスⅡ世ステークスも3馬身差の圧勝。


 通算GIはなんと6勝。そんな実績を推されてか初上陸のここ、アメリカの地でも堂々の1番人気を受けていた。その結果は……。




《さぁ残り400を切った! 既にタガノフェイルド抜け出ている! ラストランをどう飾るのか! もったまま! もったままで先頭に並ぶ! そしてかわして先頭に立つ!


タガノフェイルド先頭だ! タガノフェイルド先頭だ! 既に見えたぞGIの頂き! 外からシュザンゲイル追ってきた! 再び2頭の一騎打ちとなるのか!?


いや突き放す! 鞭が入った突き放すぞ! 後続勢詰め寄ってきますがむしろリードが開いている!? タガノフェイルド抜けた!


さぁ見よ! これが、最強世代の最強マイラー! タガノフェイルドォォォ! ピンと人差し指を立てた横川勤! 勝ったのはタガノフェイルドです! ステイファートムに負けてたまるか! こちらもGI7勝の頂き奪取ッ!


日本のマイル王は世界のマイル王に、そして最後まで最強の強さを見せつけました》



 最後は2番手を5馬身突き放す圧勝劇。それはタイキシャトルの引退レース直前に走ったマイルCSと同じ着差だった。しかも海外でそれを行ってみせる大偉業。


 歴代最強マイラーの中にこの馬が議論として食い込むことに反論の余地は無いだろう。最強世代の最強マイラー、タガノフェイルドは16戦12勝、2着3回、3着1回と圧倒的な戦績を残してターフに別れを告げた。



「……残すはあと1つ。ファートムとのラストランか」



 こうして盛大なフラグを立てた荻野だったが、彼はまだこの先どうなるかを知らない。次に走るのは、最強世代のダービー馬ロードクレイアス。


 BCターフ、芝2400mのGIレースであり、その年のアメリカ芝中距離の最強馬決定戦でもある。そしてまたしても1番人気に支持されているのはこの馬ロードクレイアスだ。


 新馬戦では後のGI4勝馬ディープゼロスに敗れステイファートムと同着の2着に敗れるも次走で優駿への登竜門と呼ばれるGII東スポ杯2歳Sを5馬身差の圧勝。そのままGIホープフルSでは後にGI7勝を上げる最強マイラータガノフェイルドを降してのGIタイトルを初戴冠。


 直行ローテとなったGI皐月賞ではスタート直後に騎手竹豊が片足を鐙から踏み外すほどのつまづきによって大出遅れをかましてしまう。


 結果は4着。しかしその上がり最速の末脚。東スポ杯でのパフォーマンスに脚質に合った舞台となるGI日本ダービーでは堂々1番人気に推される。


 そしてそこで最大にして生涯のライバルとも呼ばれるステイファートムとの一騎打ちを制して世代の王に君臨した。秋はフランスのGIIニエル賞を楽勝。初制覇を狙う凱旋門賞に出走する。


 しかしそこで当時の世界最強馬グランゼルディン、そして新星シャルルゲートの前の3着に甘んじる。そして年内休養をして半年ぶりの復帰戦となったGIドバイSCで3馬身差の圧勝。


 そのままGI宝塚記念で最強ステイヤーのゼッフィルドとの2強対決を制してGI4勝目を上げる。その後は再び凱旋門賞に向かうもシャルルゲートの2着に敗れる。この時の絶望は想像にかたくない。


 この馬で無理なら今後10年は勝てないだろうという空気が日本競馬を支配していた。なお、そんな空気を斬り裂く化け物が来年挑むのだが、この時の彼らはまだ知らない。そしてその凱旋門賞の3着にくい込んでいたのが後の世界最強馬、オーソレミオだ。


 次走は有馬記念と予想されていたが、トリッキーな中山の舞台でステイファートムと戦うのは厳しいと判断した陣営によってGI香港ヴァーズが選択される。


 そこで7馬身差の圧勝劇。レーティング130を叩きだしその年の世界最高レーティングを獲得する。ちなみにシャルルゲートは129。ステイファートムは有馬記念の126であった。なお、年度代表馬は秋古馬三冠を達成したステイファートムに盗られている。


 そして次走は連覇を狙うドバイSCだが、ここで後に歴代同率3位のレーティング138をたたき出すイタリアの英雄オーソレミオのレコードの前に敗れる。


 陣営は次走にGIサンクルー大賞を予定していたが急遽取りやめ、宝塚記念へと変更することになった。そこで日本最強馬となっていたステイファートムとの最後の戦いを演じることになる。


 結果はステイファートムの勝利。しかしロードクレイアスのファンは今でも2400mならばファートムにも負けないと自負している。


 そして凱旋門賞の日本馬初制覇はステイファートムに託した彼が選んだのは同じく日本馬が未勝利のここ、BCターフ。オッズ2.0倍の彼の走りは果たして……。



《残り400mを切った! 日本のロードクレイアスは中段まで押し上げている。そして初めての対決となるジョイフォーリーフをあっという間にかわした!


ロードクレイアス行った! クレイアス行った! 既に2番手まで来ている! 先頭に変わる! もう先頭に立った! さぁここから……突き放していくぞ!


脚が違う! 次元が違う! 2馬身、3馬身! もう誰も追いつけない! 王の脚! ロードの脚! 突き抜けた! 突き抜けた!


もう後ろからはなんにも来ない! 10馬身近いリード! これが世界の! ロォォォォドクレイアスゥゥゥゥゥ!!!


これほどまでに強いのかァァァ!!! 強すぎる! 強すぎる!!! 日本、ドバイに香港! そしてアメリカの4カ国GI制覇ァァァ!


偉大なる王、日本ダービー馬が、このアメリカの地にて! 6つ目のGIタイトルを手にしました! いやぁ、恐れ入りました


ラストラン、年末のグランプリ有馬記念が今から楽しみです!》



 ロードクレイアス史上最高のパフォーマンスとも呼ばれるこのBCターフは世界に衝撃を与え、世界レーティング134を記録することとなった。


 これはエルコンドルパサーに並び日本において歴代2位の記録となる。なお1位は先月の凱旋門賞でステイファートムの叩き出した135であった。


 そして本日のメインレース、アメリカ競馬のダートGIにおいて最高峰の舞台、BCクラシックの結果は……。



《ドゥームネルト! グルグルバット! ドゥームネルト! グルグルバット! ドゥームネルト! グルグルバット! グルグルバットッ! グルグルバット勝ったぁぁぁ! 


特大ホームラン炸裂!!! 日本の歴史にまたも新たな1ページ! そして大台の! グルグルバットGI10勝目ぇぇぇ!》



 グルグルバットがBCクラシックを制覇する快挙を達成。だがロードクレイアスBCターフ勝利の方が世間的には騒がれた結果、珍名ばかりを付ける某馬主さんは落ち込み炎上する事となった。



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は、半分フェイルドとクレイアスの簡易Wikiみたいになってしまった……

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