第70話~凱旋門賞出走の危機~
あ、あ、あ、あぶねぇぇぇ! ギリッギリ同着だった! 負けてないからセーフ! セーフだ! タマモクラウン、お前との約束は忘れてないぜ!?
「ねぇファー、おーい」
『…………』
「悪いことしたって認識はあるんだね。……はぁ、これが前哨戦で良かった」
横川さんが上からポンポンしてくる。ただなんか声の雰囲気が怖いから顔は絶対に見なかった。うぐ、マジですみませんでした~……。
「荻野さん、本当に申し訳なかったです」
「いや、ありゃ無理だ。にしてもここまでファーが暴走するなんてな。誰も予想してないよ」
『わ、悪いのは俺だよ? 出遅れたのも俺のせいだしゴール勘違いしたのも俺よ? 横川さん悪くないよ?』
「ファーもやらかしたって認識はあるみたいです。レース自体は……まぁ、化け物ですね。凱旋門賞じゃ絶対マーク付きますし、疲労も心配です」
「だな。だがそれ以前に……調教再審査とかゲート再審査の対象になる可能性が一番まずい」
『え? え? なにそれ再審査? それ受けたら俺ってば凱旋門賞出れないの?』
ど、どうなってしまうんだぁぁぁ!?
***
そしてステイファートムの今後について、
議題はもちろん、ステイファートムの処遇についてだ。彼の処遇候補は主に3つに別れていた。1つ、再審査を入れて1ヶ月の出走禁止。つまり凱旋門賞に出れないパターン。
「競馬は公平さあってこそ。その秩序を乱すなどありえない」
「そうだ。IFHAが日本を優遇、配慮したと世間でバッシングされる可能性がある」
2つ目は1回目であることからお目こぼしをするというもの。こちらは日本の今までの優秀さが理由となる。また人気馬を取り消させて勝たせないようにした、などの批判や陰謀論、出走停止による馬券の売上に対するものが主になっている。
「あんなふざけたレースをして勝ちました。競馬関係者ではなく世界がその走りに注目しています。ここで出走停止は痛いですよ」
「馬券の売上的にもな。もしステイファートムが出ない場合、馬券売上の71%が無くなるってデータが出てきた」
「ステイファートムの今までの戦績を見れば今回の結果は例外のようなもの。1度目は見逃すべきでしょう」
そして3つ目。簡単に言えばこちらは特例を作るというものだ。出走停止にはさせるが間を取り、凱旋門賞出走後に期間を設置すると主張している。
「やらかした事は事実です。しかしこれほどの馬を出さずに終わらせるのは惜しい」
「だからこその特例です。日本でGIを6連勝しスーパーGIIの前哨戦を漫画みたいに勝つほどの馬です。期間をレース後に伸ばすなど特例を作っても良いのでは?」
「日本では外国人ジョッキーに同じ馬で同じ年にGIを2勝以上あげた場合に短期免許期間以外も乗れるようにする特例があったはず」
代表的な例で挙げられた特例は2019年のリスグラシューが勝った有馬記念の事だ。GI馬11頭の豪華メンツの揃ったグランプリで牝馬ながらレーティング126を与えられた、その強さの底を見せずに引退した馬である。
「しかし勝ったのはGI馬4頭の中を勝ち抜いたと言っても所詮はGIIだ」
「それに国際招待レースでもない」
「フォア賞は前哨戦として位置づけられている。そこをどうにか出来ないか?」
「ステイファートムを出さないと言えば、欧州勢は日本馬から逃げたと表現される。確かにそれは我々としても避けたい」
イギリス競馬の関係者である彼がそう言う。ステイファートムの距離ロスは最初の出遅れで7馬身。そして失速した分を含めれば大差となる。
欧州GI馬を相手に大差のロスというハンデを付けながら勝った日本馬にかかる期待は日本を中心に世界から注目されているのだ。
「て言うか……日本が出てくれないと運営が厳しくなるんだが?」
「確かに。毎年の凱旋門賞の売上の半分は日本だぜ? ロードクレイアスの年は例年にも増してだった。それに勝ったステイファートムほどの実力なら大金ぶっこみも多いだろうし何より日本以外の国の競馬ファンも買い目にいれるだろう」
「だが……公平さを欠くぞ」
反対派の勢いは落ちていく。そして賛成派の勢いはさらに高まっている。何故か? 詰まるところ、ありえない競馬をしたステイファートムを彼らも見たいからだ。
もちろん口には出さない。凱旋門賞の舞台で走るその姿を、その強さを、オーソレミオやホームで走るシャルルゲートとどちらが強いかを知りたいなどとは。
「……ステイファートムはその強さを世界に示した。世間の波が来ている。ステイファートムは日本では優等生だ。今回のは事故。そして馬券の売上的にも貢献してくれる……出すべきだろう」
「しかし公平さを欠くと指摘されたりまた同じような展開をされては」
「……特例だ。前哨戦を勝った馬が本番に出る場合、ゲート再審査、そして調教再審査を本番のレース2週間前に行えるようにしよう」
「しかし!」
「強い馬を出しもしないなんて世界の損失さ。それに本当に逸走やゲート出遅れをしないかの確認はちゃんと事前に行う。問題は無いはずさ」
「ですが……」
「いやぶっちゃけ見たいよね?」
「……まぁ」
「はい決まり。他に反論ある人いる? いねぇよなぁ!?」
こうしてステイファートムの凱旋門賞出走の危機は無事難を逃れたのだった。
***
「頼むぞファー、ちゃんと走ってくれ」
『任せろ!』
という訳でよく分からないがこのテストに合格したら俺は凱旋門賞を走れるらしい。本当に軽く流すだけだからタイムも気にしなくて良いらしいし気楽だね。まぁ普通に合格しました。
『ん? ……何これ?』
しかしその翌日、脚が少しむくんでいた。別に痛くもないし怪我をしている訳じゃない。フォア賞の疲労なんて精神的な疲労だけで肉体的には全くもってなかったしただのデキものみたいな感じか?
だが荻野さんやらが大騒ぎしだしてエコー検査やら何やら色々させられた。退屈だったがフォア賞でやらかした俺のせいだから仕方ない。
***
「異常は特にありません。フレグモーネでもないですね。押しても痛がらないですしコズミって程でもないです。様子見、でしょうか……」
「走ることも含めて日常生活の動作に変化はないからまぁ、調教は軽くして栄養あるもんでも食べさせるか。ちゃんと体重管理はするぞもちろん」
急遽JRAの医療スタッフに診察をお願いしたが返ってきたのはそんな返事。荻野さんはそれでも万が一のためにその判断を下したのだった。
「なるほど……出走のギリギリまで粘りましょう。ただ無理そうだと判断したなら例え1倍台の人気だろうと出走は取り消します」
宮岡オーナーはその連絡を受けてそう結論づけた。ステイファートムが起こしたフォア賞の1件は世界が注目したのはもちろん、フランス競馬のルールを変え、そして関係者までも大きな騒動に巻き込まれた。
『はい今日も勝ちー!』
『ぐがぁぁぁぁ!?!?!?』
なお、本人はそこまで自分が注目されている事の自覚はあまり無いようだ。
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実際にやらかしたらどうなるんだろ。分からないのでこの世界ではこうなったことにして下さい。フィクション強め。でもゴルシ・オルフェしつつちゃんとレースに出すにはこうするしか思いつかなかったんや
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