第36話~マカモアおじさんとキャンディボール~

 はい。有馬記念の時に感じた俺の故障の予兆は外れることなくきちんと当たりました。やったね。いや、やったねじゃねぇよ!


 という訳で俺はこの怪我を治すため、競走馬リハビリテーションセンターに来ていた。実は1年前ぐらいにもここに来ていたことを覚えている。俺ってばもしかして常連さんになっちゃうの?


 なんか変な機械でパシャっと撮られたりしたな。あれは多分レントゲンだと思う。って事から骨が折れた事が分かった。タマモクラウンの奴は無事だろうか……? 生きていると、信じたい、けど……。



『ちくしょう。タマモクラウンの奴、このまま勝ち逃げなんて許さねぇからな……!』



 俺は悔しげに、あとついでにちょっとだけ、ちょーっとだけ寂しげにそう漏らす。有馬記念が終わった次の日、沢村さんがクラウンの奴がもう走れないなんてほざいたせいだ!


 それを信じたくなくて嘘だ! って言った拍子になんか痛いなーと思ってた脚の所をぶつけた結果、ヒビが入ったらしい。


 ……えぇ、完全に自業自得です、はい。お陰で脚を固定する添え木みたいなの付けられてます。体重をそっちに掛けないようにするの大変だな。


 にしてもガチでタマモクラウンの奴は大丈夫なんだろうか? 競走馬にとって怪我は付き物なんだが……アイツが死んだとは、思いたくねぇよ。


 脚をぶつけるちょっと前に聞いた話と、まるでお通夜みたいな雰囲気から察するに怪しいけどさ……。



『よぉボウズ』


『うん?』



 隣の馬房から顔をひょっこり出して俺の事を呼ぶ馬が現れた。ほう、分かる。絶対に強い。有馬記念に出ても上位を取れたんじゃなかろうか?


 いや、強さはともかくホワイトローゼンセって年上の馬は来なかった。いや、来れなかったの方が正しいか。距離適性って奴だと思う。



『そっちはどこやったんだ? 俺は後ろ脚らしい』


『俺は右前脚。おっさんはどれぐらいここにいるんだ?』


『まだ1ヶ月ちょいだな。あと俺はおっさんじゃない。まだ5歳だ』


『じゃおっさんじゃねぇな。シュトルムのおっさんより下だし!』



 その一言で目の前のおじさんの目つきが変わった。うはっ、やっぱり強そう。距離適性はともかく、どの部門でもトップクラスに強いのは間違いなさそうだ。



『へぇ、シュトルムの奴を知ってるのか』


『あぁ。有馬記念で戦って先着はした』


『マジかよ。あの人(馬)が負けたか。世代交代ってやつかねぇ……』


『そういうおじさんはどんな繋がりがあったんだ?』


『お、おじ……別に大したことねぇよ。何回かGIレースで当たったことがあるだけさ』


『GIって、十分すげぇじゃねぇか。どれぐらい勝った!?』


『うーん、3つかな』


『すげぇ! おじさん名前は!?』


『アスクマカヒキモアだ。そっちは?』


『ステイファートム』



 これが俺と1つ上のダービー馬、アスクマカヒキモアとの出会いだった。



***



『うはぁ、気持ちいい~』



 足に負担をかけず運動を促すためのプールみたいなものに浸かったせいか、そんな言葉が口から漏れる。最初は波が無かったけど、最近じゃ前から水が勢いよく出てくるから負荷も徐々に上がっていってるな。


 まぁ、最初のうちは水に浸かって歩いてるだけだし楽しいよ。後半? 疲れるからあんま好きじゃない。でもこれ以外はあんますることないんだよなー。外で走りてー!



「ファー、いるかー?」


『横川さぁぁぁん!!!』


「あばばぶべぼ!?」



 何でもここのリハビリテーション施設はあんま気軽に来れないらしくたまにしか来ない横川さんを見てテンションがつい上がってしまった。


 ぺろぺろ……ベロンベロンの方が正しいな。そんなぐらいに軽く舐め回してたら、いつの間にかヨダレまみれでやつれた様子の横川さんが目の前に立っていたよ。どうしたら横川そんなにやつれて!? 誰にやられた!?



「いやー、お前と会う時は濡れタオル必須だよ本当。何があってもやってけそうな性格してるなファーは」



 失礼だな! ここの人たち果物とか全然渡してくれないんぞ! あんま飼葉ばっかじゃ飽きるの! 詰まらないのぉぉぉぉ!!!!



「はいはい、リンゴ与えても良いって許可取ってきたぞ。僕に感謝して──ってヨダレ凄すぎるだろおい!?」



 よこせ横川! そのリンゴを今すぐ俺の口の中にぶち込め! 皮はもちろん芯まで綺麗に食ってやる!



「これ一個だけだから味わって食べろよ」



 美味ァァァァい!!! やっぱこれだよこれぇ! シャリシャリとした食感に甘ーい果汁。馬としてこれ以上の贅沢は無い! はっ! 贅沢だけじゃなくリンゴももう無い!? 横川、次だ! 次をくれ!



「いや、もう無いって」


『お前は鬼かぁ! こんな生殺し状態なんて酷いぞ!』


「大人しくしないと次から0個な」


『俺、大人しい子。賢くて、冷静。だから次、もっと沢山、持ってきてね』


「おう、分かれば宜しい。……お前って本当に賢いよな? 中に人が入ってないか?」



 せ、正解……!? 他にも宮岡オーナー、荻野調教師、沢村さんに遠くから館山牧場長まで、知り合いの皆が来てくれたぞ。俺ってば愛されてるー!


 そして冬が明け、春が来た。と言ってもやることはあんま変わらないな。水に浸かるだけじゃなく動く床でのトレーニングもあるし、外に出ることも出来るぞ!



「本当に大人しいですね。まるで躾された犬みたいです」


「ファートムがいるとマカモアの方も大人しいし楽ですよ」



 俺の担当してくれる人がアスクマカヒキモアのおじさんとそんな会話をしている。マカモアって略されてるのかおじさん。てか暴れるのかよ。



『うるせぇ、あんな狭いところで動く床を歩かされるなんて苦痛だ』


『アレしなきゃ走れないんだし我慢しろよ。年上のくせに情けないぞ』


『うっせ! お前みたいなやつの方が異端だ。どんだけ人間が好きなんだよ』


『パートナーだからな。共存もしてるし、もう俺の一部みたいなもんさ』


『かー! そんな事より女を追いかけ回せ! そっちの方が楽しいぞー?』



 おじさんはそう言って遠くに見える牝馬に視線を奪われる。うーん、確かに美しいし可愛いけど、恋とかそういうのは違うんだよねぇ。



『お、あのメスと見ろよ! 物凄い美人じゃねぇか! それにスタイルも良いし何より後ろ脚のハリが最高だねっ!』



 む、確かに素晴らしい馬体だ。ここの施設にいる中あれだけの馬体を維持するのは難しいだろうに。トモのハリも良いね。あれならGIで見かけてもおかしくはないね。



『お? 見ろファートム、あの子が俺の事を見てるぞ。かー、隠しきれないイケメンオーラがあるのかねぇ!? やっぱぁ!』


『そだね』



 申し訳ないけどマカモアさんはモテるタイプには見てない。いや、ある意味モテるかもな。男にモテるタイプだ。ノリは良いし話やすいからって理由。顔? 顔は……まぁ平均だな。



『ねぇ、貴方お名前は?』


『ふっ、可憐なお嬢さんよぉく聞きたまえ。俺の名前はアスクマカヒキモ──』


『おじさんじゃなくて隣の貴方よ』



 おじさんが燃え尽きたよ、真っ白な灰に。グッバイおじさん、フォーエーバーおじさん。あんたの事は晩御飯まで決して忘れねぇ。



『ステイファートム。そっちは?』


『キャンディボールよ。またレースで逢えるかしら?』


『そっちがGIレースに出るならいつかは』


『あら、そのセリフ私が言いたかったのに』



 へぇ、やっぱこの牝馬も強いのか。カレンニサキホコルの姉さんと比べたらまだ勝てそうな気はするが、まだ彼女は成長途中。この先が楽しみな子だな。



「おぉ、ファートムとキャンディが見つめあってる」


「うちの面食い少女の目を向けさせるなんて、さすがテイオーの血」



 おぉ、人間の目にはそう見えるのな。だが残念だったな、俺とこの牝馬はライバル関係であって、そう言った恋愛関係には発展せんのだよ!



『それにしても……凄くイケメンね。馬体も、きちんと引き締まってて毛並みも良い』


『お褒めに預かり光栄だ。俺もあんたと同じ思いさ』



 ライバルの感嘆の声にお礼を告げ、社交辞令としてこちらもそう返しておく。いや嘘じゃないからね。たださっき思ったことそのまま伝えるのもアレってだけだし。



『同じ気持ち……そう? ふふ、じゃあやることは1つよね?』


『ん?』


「あれ? キャンディボールの馬体と尻尾の動き、まさかこれってフケになってません?」


「え?」


『え?』


『種付けしましょ♡』


『助けてマカモアおじさぁぁぁぁん!!!』


「ファートムとキャンディが放馬したァァァァ!?!?!?」



 その日、俺は発情した牝馬に襲われた。おじさんのこと、まだ覚えていて良かった……!



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Hey! そこのYou! 馬名カモン!

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