第26話~日本最強馬シュトルム登場&GII神戸新聞杯~

 妹ちゃんは今年1歳で来年には2歳。って事は1年後、つまり来年の夏頃にはデビューする訳か。……俺が5歳の冬になれば3歳の妹ちゃんと走れるのね。それまで頑張りますか。



「そう言えば妹ちゃん、暴れたなぁ」



 俺が館山牧場から出ていく時に妹ちゃんも一緒に育成牧場に向かったんだが、別れる時の暴れぐらいったらもう酷かった。


 迎えに来た沢村さんも大変そうだったし、流石に俺も怒ったよ。これが知らん奴とかフェイのような知り合いなら蹴り飛ばしてたけど、妹ちゃんだからちゃんと言い聞かせた。



「ファーありがとう。でも妹を口説くのはさすがに……」



 口説いてねぇよ!? 本当にまじでやめろそのネタ!



「なははは! お前やっぱ言葉分かってんじゃねぇの? じゃなくても人の顔色を見る馬って最近呼ばれてるらしいし」



 え、何それ初情報。確か新聞を読む馬だっけ? そんな馬もいたらしいけど、俺も負けず劣らずの化け物じゃねぇか。ってことはその馬も転生者だった可能性が……。



「あ、やべっ……」



 なんて考えていたら沢村さんが足を止めて反対方向に引っ張る。行き先でも間違えたの? と思ったら向こうに1頭の馬がいた。



「ちょ、ファーだめだ向こう行こう!」



 え、なんでそんな引っ張るの? 初対面だし挨拶ぐらいさせろよ沢村。ん~、向こうの馬の厩務員さんも引っ張ってるな。ってことはあの馬、気性が荒すぎて同じ馬に蹴り加えるとかすんのかな?


 もしそうならやべぇな、止めないと。おい沢村行かせろ! アイツが妹ちゃんと会って怪我させたらどうするっ!


 へっ、そっちも近づいてくるってことは向こうもやる気なんだな。良いぜ、暴力反対の俺の意見が飲めねぇなら拳で……蹄で語り合うしかねぇよなっ!?



『てめぇ、何ガン飛ばしてやがる?』


『あ? 口答えしたら蹴りでも飛んでくんのか?』


『さっさと答えろ』


『まず誰だお前。偉そうにしやがって』


『……シュトルム。この美浦トレセンのボスだ』


『俺はステイファートム。ただの3歳馬だ』



 へぇ、シュトルムって言うのかコイツ。クラシックじゃ見なかったが中々強そうだ……ん? って事は年上で先輩か! 野郎っ、年齢差で一方的に妹ちゃんを虐めるなんて許せんっ!


 ……あれ、そんな話だったっけ? 確か……いや、この馬普通に俺の方見て近づいてきただけじゃん!? ヒートアップしてたけどもうどうでも良くなったわ。だってボスって正体も知れたし。



『威勢が良いなお前。戦績は?』


『5戦2勝で2着が3回。勝ち鞍はGII弥生賞。GI皐月賞と日本ダービーは2着だ』


『中々だ。俺はなんだっけか……去年と今年のGI宝塚記念ってのが1着に、去年のGI有馬記念ってのを1着。……そうだな、お前、今年中に俺に先着、もしくはGIを勝ってみろ』


『言われなくてもこれから全部勝つに決まってる』



 歴代で最高GI勝利数は確か……9勝。ただしそれは牝馬限定も含めた数だったはず。牡馬での最高はロードクレセントのGI8勝。だが…… やべぇ、この馬も充分化け物だ!


 GIを3勝とか現役の中でも最強クラスじゃねぇか! しかも全部、確かえっとなんだっけ? 古馬GI、世代を超えたGIの舞台での勝利数だ。



『かか、面白い。……上で待っているぞ』


『舐めんな、すぐ地に足付けさせてやるよ』



 そう言ってシュトルムの奴は流れるように去っていった。残されたのは俺とポカーンとした厩務員2人だけ……いや、放馬してるっ!?!?!?



「はっ!? 放馬! 放馬だぁぁ! シュトルム放馬ぁぁぁぁ!!!」



 いやー、厩務員達の慌ただしい日々は今日も始まったばかりだね。それじゃ俺は今日もトレーニングに励みますか。


 そして夏が明け、季節は秋に移り変わっていく。つまり……俺の久々のレースが始まるということだ!



***



中京競馬場第11R:神戸新聞杯<GII>(芝・重・左・2200m)



《さぁ、3歳の若駒達のクラシックロード最終地点、GI菊花賞トライアル神戸新聞杯です。降りしきる雨の中、全15頭がパドックに姿を見せております


抜けた人気になりましたのは皐月賞、日本ダービー共に2着のステイファートム1.3倍です。似たオッズではエピファネイア、サトノダイヤモンド、コントレイルなど、後に菊花賞を勝った馬も多数存在します


同期の怪物達の背を見ながら、2度の涙を飲んだ第3の怪物が最後の1冠へ向けて今日、秋初戦を走ります


実況は私、明智と解説の細田さん、お願いします》


《よろしくお願いします。ステイファートムがやっぱり抜けてますね。皐月賞馬ディープゼロスは毎日王冠に、ロードクレイアスはニエル賞を勝って凱旋門賞に目を向けてますし最後の1冠は譲れません


その最後の1冠へ向けた重要なトライアル戦ですが、私としてはステイファートムがどこまでちぎってくれるのか非常に楽しみです》



 うはぁ、雨降ってるなぁ。馬場も絶対グチョグチョじゃん。走りたくないんだけど……でも、さすがにそれは無理だよなぁ。


 俺って普通に綺麗好きだから、汚れるのが嫌いなんだよね。真剣勝負してたら普通に土被っても平気だったけど。


 でもこれはさすがに……。気持ち的にはモチベ超ダウン。でも走りやすさで言えば……普通。実は得意とかはない。得意な馬場は無いし、嫌いな馬場も無い。それが俺様!


 さてさて、知り合いは……いないな。見知った顔はいるけど、ディープゼロスもロードクレイアスもタマモクラウンもいない。


 あー、ちょくちょく見知った顔もあるけど特に印象は無いし雑魚だな。このレースは俺が貰ったも同然? いや、逆に知らない顔の方が怖い存在かもな。


 でも、さすがにあの2頭みたいな雰囲気を纏った奴はいないと思う。今回は……勝てるんじゃないだろうか? GIIらしいが、さすがにここじゃ負けられんよ。



1番人気ステイファートム1.3倍

2番人気サレグス8.4倍

3番人気バーストインパクト11.4倍

4番人気デビットガイア13.6倍

5番人気クラフトオー18.7倍



***



「状態はまずまず。弥生賞の時と同じ程度だな。あんま激しくして消耗はさせないようにとの事だ。ただし、敗北は許さんとも宮岡さんから言われている」


「もちろんです。荻野さん含めて、見据えてるのは本番の菊花賞ですからね。にしても、7月後半に2勝クラスの阿寒湖特別を5馬身差でちぎったサレグスが2番人気ですか」



 調教師の私の考えをすぐに言い当てた横川の奴が、オッズを見て不思議そうな顔をする。



「そらバーストインパクトも皐月賞の惨敗から1勝クラスあずさ賞と2勝クラス藻岩山特別をどっちも6馬身差で完勝してるが、やっぱある程度格付けが済んでるからな」


「まだ戦ってない方に期待するのは当然……という訳ですね」


「4番人気のデビットガイアも2勝クラス一宮特別をレコードで駆け抜けましたからね。皐月賞5着のクラフトオーより人気してますし……」



 改めて見てもうちのステイファートムが抜けているな。有望な夏の上がり馬と春クラシックで中堅クラスだった馬たちとの優先出走権の奪い合いか。


 まぁ、セントライト記念の方が奪い合いとしてはキツそうだ。メンツとしてはタマモクラウンに青葉賞勝ち馬ゼッフィルド、それにダービー5着のマカマカも居たはずだしな。



「1番の敵はこの雨だな。ファーは重馬場は初めての経験だ。それを踏まえた上で、流して勝ってこい」


「んな無茶な。ナリタブライアンしちゃいますって」



 単勝1.0倍でこのレースを2着に破れたナリタブライアンの事を言っているのだろう。最も、その後に菊花賞を7馬身差で三冠馬に上り詰めた化け物だが。



「コントレイルに例えたら良いさ」


「菊花賞より緊張したって福長騎手が言ってた気が……まぁ良いです。勝ってきますね」



 そして神戸新聞杯のレースが始まる。と言っても、終わってみれば特に語ることは無かったな。



《前頭ゲート内に収まりました。⑪バーストインパクトは大人しい。⑫ステイファートムも集中しています。ゲートが開いて……おおっとバーストインパクトがやっぱり出遅れだぁ!


予定通りの出遅れ! そして行ったのは、おっとクラフトオーだ! 皐月5着のクラフトオーが早め先頭に立とうとしている


2番手に圧倒的1番人気のステイファートムがいて、外からかかりながらバーストインパクトが上がっていく。そしてそして、2番人気のサレグスは中段


デビットガイアも中段。人気5頭はやや前目に固まっているぞ第××回神戸新聞杯!》



 上手くスタートは切れた。周りを見てみるが……やっぱマークされてるよな。外から被せるようにバーストインパクトの奴が……あれ、俺を交わして前に取りつこうとしている。


 そのまま行っちゃった。…………代わりにサレグスって奴が後ろにピッタリマークしてきやがった。コイツとは初対決だな。でも、特に怖い雰囲気はない!



《第3コーナー。先頭はかかったバーストインパクト! そのバーストインパクトを見る形でクラフトオーがいて、外に出したステイファートム3番手!


サレグスはその後ろ! 第4コーナーを通り過ぎて最後の直線に向く! 先頭はバーストインパクトから変わってクラフトオー先頭か!?


しかしバーストインパクト、少し横に寄れながらも譲らないぞ! 2番手ステイファートムとサレグス!


クラフトオーとバーストインパクト! そして外から一気にステイファートムが馬なりで来た! 来た! 来たっ!》



 HAHAHA! 鞭など要らんわ! 俺の闘争本能を舐めるんじゃねぇぞ! クラフトオーとバーストインパクトだっけ? お先に失礼!



《抜けた抜けた抜けた! やっぱり強い! ステイファートムリードを2馬身3馬身広げていく! 2番手はクラフトオー、バーストインパクト、サレグス!


内からデビットガイアも来てるが届きそうにない! 勝ったのはステイファートム!


最後の1冠、菊花賞に向けての秋初戦を圧勝で! 4馬身近いリードを持ったままで駆け抜けました!


2着にはわずかにサレグス! 3着はクラフトオーとバーストインパクトの争い! デビットガイアは半馬身差の5着か!?》



 うわっ、汚れた……。馬場は普通に走れるけど汚れるの嫌い。でもクラフトオーとバーストインパクトの2人しか前にいなかったから、これでもマシな方なんだよなぁ……。


 さて、次は菊花賞ってGI舞台か。待ってろよ、ディープゼロスにロードクレイアス! ……待てよ? 皐月賞より日本ダービーの方が長かったから……あれより長いのか?


 だとしたら皐月賞でギリギリ。日本ダービーには出てこなかったディープゼロスは……いない可能性が高いな!? しゃあない! 打倒、ロードクレイアスだっ!


 一方その頃ロードクレイアスは、フランスの凱旋門賞出走を控えていた。



1着 ステイファートム

2着 サレグス 4 1/2

3着 バーストインパクト 1/4

4着 クラフトオー ハナ差

5着 デビットガイア 1/2

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