第24話~3歳馬ステイファートム見学会~

 ただいま我が故郷、館山牧場! さぁて、GIを2戦続けて走ったからもうしばらくは走らないらしく、またここに戻ってきました!


 プリモール母さんと妹ちゃんに会えるかなー! でもGI2連続で勝てなかったしまともに相手して貰えないかも? その時は妹ちゃんと一緒に遊ぶか。


 ……騎手の横川さんも、馬主の宮岡さんも、調教師の荻野さんも、厩務員の沢村さんも、誰もがGIでの2着を褒めてくれた。でも、ほんの少しだけ分かるんだ。どうせなら勝って欲しかったって感情が……。



「最後の1冠、菊花賞だけは譲れないな」



 沢村さんがブラッシングしてた時に呟いたのを知っている。三冠って言葉も前に聞いたし、つまり特別なGIレースが3つあって、そのうち2つは2着だったってことだ。


 今は荻野さんも沢村さんもいない。昨日のうちに館山牧場に着いてすぐ帰ってしまったので、まだ散歩もしてない。だから妹ちゃん達にも会えてないんだよな。



『にしても、暑いな……もうそろそろ7月とかかな?』



 ペチャペチャと舌で桶の水を飲みながら考えていると、放牧の時間がやってきた。ん? 向かうに一頭の馬がいるぞ。


 んん? めっちゃ見てくるんだけど……あれ、こっち向かってきてね? ……絶対来てるっ! 勢いやべぇこのままぶつかる死んじゃうっ!?



『お、お兄ちゃーんっ!』


『妹ちゃーんっ!?』



 と思ったら妹ちゃんでした。ぶつかっても目に入れても痛くないね。まぁ普通に手前で止まってくれたけど。



『あ、あの、見てたっ? 私、凄くは、早くなったの……どう、だった?』


『俺なんて足元に及ばないくらい可憐になったね』


『え?』


『間違えた。俺ともいい勝負できそうな脚だね。よく頑張った』


『で、でしょ? えへへ、お母さんにも色々おしえてもらってるんだぁ』



 やばい可愛すぎて死ぬ。享年3歳、死因は尊死でお願いしまーす。



『お兄ちゃんは、最近どうなの? やっぱり、いっぱい勝ってるんでしょ?』



 グゥゥゥッ!?!? 痛い、痛すぎる質問だぜ!



『あ~、えーと……そんな事より、一緒に走ろうぜ!』


『うんっ!』



 という訳で誤魔化して一緒に走り回った。まだまだ俺には追いつけないが、中々の素質の持ち主だと思うぞ。


 そうそう、何故1歳を過ぎた妹ちゃんがここにいるのかと言うと、あとから聞いた話だが俺を癒すための一環として仲の良い妹ちゃんを一時的に育成牧場から館山牧場に戻したらしい。


 くぅぅっ、牧場の皆さん? 調教師の荻野さん? 誰かは知らんが俺の事をよくわかってるじゃないかっ! 後で褒美のリンゴを俺に献上する権利をやろう! はっはっはーっ!



『そう言えばね、この前人がいっぱいいる所で皆に見られたり、グルって回ったりしたの』



 ん? 流れ変わったな。そんな経験俺はしたことないぞ? ……はっ! 聞いたことがある、俺たち競走馬を売るための市場みたいなのがあると。


 って事は、妹ちゃんも売りに出されたのか!? 嫌だぞ離れるなんて! 誰にも買わせん!!!



『それでね、よく分からないけど私を選んでくれた人がいたの』



 なるほどね、ソイツを今から蹴り殺せば良いわけか。



『この前、お兄ちゃんの事を見に来てた人と一緒だったよ。確か……宮岡さん、だっけ?』



 すまねぇオーナー、さっきの言葉は嘘だからな。



『でもお名前がね、まだ決まらないみたいなの。お兄ちゃんのステイファートムみたいに格好いい名前が良いなっ』



 あー、まだ決まらないのか。確か俺の場合は血統の中で有名な馬がいて、それからだったよな? 黄金の血だっけ? あ、テイオーステップって奴のもあったな。


 それよりも聞き捨てならないな。格好良い、だと? 妹ちゃんに格好良い名前は似合わん! でも格好良いって所だけもう一度俺に言ってみてくださいお願いします。



『あはは、ちょっと疲れちゃった』


『おぉ、そうだな』



 へぇ、このぐらいで疲れるってことは、この子はマイラーかな? ちなみに俺は多分中距離? だっけ、あと長距離もこなせるって言われた気がする。



『お兄ちゃん、私……GIを取りたいの。でもお母さんが、あんたは諦めなさいって……どう? さっきのを見て、私勝てると思うかな? この前居た育成牧場の同期の中じゃ一番強いんだけど』


『育成牧場の中で1番っ!? 凄いなぁ妹ちゃんは。俺は2番目だったよ』



 ちなみにタガノフェイルドって奴が1番ね。俺負けたことないけどアイツがボスだったし嘘はついてないはず。


 そんなこんなで妹ちゃんと過ごしていたら、館山さんが慌てて俺たちを離しにかかる。そりゃ妹ちゃん、自分の放牧地から飛んできたしな。


 近くにして姿を見せたり会話させたりして俺を癒すはずが、妹ちゃんの方が暴走するなんて考えてなかったようだ。



『お兄ちゃん!? もう邪魔しないでってば! お兄ちゃん! お兄ちゃーんっ!』


『今度からちゃんと一緒に連れられてこいよー』



 不満げな妹ちゃんだったが、さすがに俺も館山さんには逆らわんよ。という訳で次回に会ったら妹ちゃんのご機嫌取りもしないとね。


 それから数日後、すっかり仲直りした妹ちゃんと一緒にいたら館山さんがやってきた。大勢の人たちを連れて……。



「この子がステイファートムです。とても大人しいので安心して下さい。向こうにいる牝馬がプリモールの20××年。ファーの全妹になりますね」



 館山さんが大勢の人達に俺たちを紹介していく。なんだなんだ? お、子供もいるな。スマホ向けられるのは人の感覚もあるからあんま好きじゃないんだよ。


 まぁ、GI舞台出る前にカメラとか向けられたから慣れたけどさ。女の人もいる。これってばもしかして……皆、俺を見に来たって事!?



『お兄ちゃんど、どうしたの?』


『うはははは! 妹ちゃん、皆俺のファンなんだって!』


『えっ、お、お兄ちゃんすご~いっ!』



 おー、なんか妹ちゃんと仲良く話してると色々な言葉聞こえてくるわ。好意的な雰囲気だ。兄弟仲良くしてるのが人間からしたら良いのかね?



「そうです、なんなら誰か乗ってみますか?」



 ちょっ!? 館山さん何言っちゃってんの!? ほら、周りの人達もザワついてるよ? やっぱ競走馬って億単位で稼ぐじゃん。しかも気性が荒いから乗馬用の馬がいるんだよ?


 うわ、どんどん話が広がっていく。競馬ファンなだけあって危険性も分かりつつ、専門の人がここまで太鼓判を推すなら……って雰囲気になってるじゃん!


 いや乗せることぐらい簡単だよ? だって俺元人間だしさ。でもそれとこれとは違うでしょ? 常識的にさ。



「ファー、いけるだろ?」



 いけるけどさぁっっ!!! …………という訳で、一番最初に手を挙げた青年に俺の方から近づいていって乗るように促した。


 驚きながらも館山さんが補助しつつ俺の背に青年が跨る。周りからおぉー!!! と歓声が上がった。そんなに驚かれても照れるぞ。上の青年、ゆっくり行くからちゃんと捕まってね。



「おー、ファー、種牡馬無理だったり引退しても乗馬でいけるな」



 館山さん!? 青年をそんな実験台にしたみたいな発言止めようかな!?



『お、お兄ちゃんすご~い』


『ふっ、これぐらい何時間でも余裕だよ』


『ふふ、また照れ隠しに変な顔してる。お兄ちゃん変なの~』



 なんで俺のキメ顔が変顔扱いされるの!? 心外だァァァ!!! お、さらっと周りのファンが写真撮ってる。皆、俺のイケ顔をネットにばらまいて世界一のイケメンと周知させてくれよなっ?



「そろそろ降りましょうか。ゆっくりで構いませんからね」



 3分ほど周りをトコトコと歩いたら館山さんが青年に降りるように指示を出した。ふぅ、一般人を乗せるのは初めてだし神経使うなぁ。いや、宮岡さんも馬主ってだけで一般人にはなるのか? だとしたら初めてでは無いのか。



「さ、最高でした! もう帰りに死んでも悔いは無いくらいですっ!」


「あはは、ありがとうございます。ですがファーはこれからも活躍するので死なないでくださいね」



 青年、すげぇ喜んでくれて良かった良かった。うわ、泣いちゃってるよ。俺ってばそんなに好かれてるんだ。じゃあもっとサービスしてやるか。



「えっ、わっ……んん~」


「あ、こらファー、汚れるから止めなさいっ」



 顔を擦り付けてちょっとぺろぺろしてただけなのに館山さんはうるさいなぁ。あ、ほんの拍子で俺が噛んじゃう可能性も人間からしたらあるからそう言うのも当然か。じゃあ止める。



「あはははは、こりゃ一生自慢できる思い出ができましたよ」


「そ、そうですか? これタオルです、どうぞ」



 そして来て下さったファンの皆さんや子供達とも触れ合いつつ、たまに妹ちゃんが混じりつつも俺の見学ツアーは終了したようだ。


 帰りにグッズを作っていたらしく、それがまたバカ売れしていた。おのれ資本主義めっ! え、牧場で食う俺の餌代や色々に費やされるの? じゃあ良いや、最後までありがとうね~!

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