競走馬転生~ステイファートム《運命旅程》~

どこにでもいる小市民

第1話~もしかして、生まれ変わってる!?~

 どこだよここ! 何も見えないし身体も動かないぞ!? こんにゃろっ! 出せ! 俺をここから出──うおっ!? ってて……お、向こうに光が……!



「────っっっ!!!」



 光の射す側に進むと何かからはい出た感触があった、と同時に耳に刺すような大声が響き渡る。何を言っているのかは聞こえなかった。ずっと暗闇に閉じ込められていたからだろうか?


 耳も上手く使えないし、辺りに光があるってだけで目もまともに見えない。それに体の感覚も変だ。



「───っ!?」



 お、よしよし、手をついて四つん這いでなら上手く立てそうだ。それにしても周りがなんか言ってて頭に響くうるささだな。


 身体もまともに動かない。ずっと閉じ込められていて筋肉が弱っているからだろうか? それに変な袋がまとわりついていて邪魔になってるのもあるかも。


 うぉぉっ!? 急に顔をベタついたザラザラのタオルで拭ってきやがった!? 汚れでもついてたのか? でももう少し優しい素材にしろよな!


 俺は監禁された? 被害者だぞ! 事情聴取とかあるかもしれんが今はそんな余裕ないし、普通に人間として立とうとしている俺の意思を尊重して欲しいものだな!



『よ、よし、もう少しで立てそうだ! うぉぉぉぉ!』



 こうして俺は4本足で綺麗に立ち上がることに成功した。え…………よ、4本足で……? ……え?



***



 5月某日。馬産関係者にとっては深夜と呼べるだろう時間帯である0時を超えて、翌日に日を跨いだ時にその馬は生まれた。


 生産牧場の長である私、館山たてやまは周りからの制止の声も聞かず奇声を上げながら、一頭の子馬に一心不乱に目を向ける。


 この子が生まれたのは奇跡に等しいだろう。父はダービー馬ステイスターダム。母は牝馬ながら牡馬混合の古馬GIの一つである天皇賞・秋を勝った名牝プリモール。


 プリモールは実績と血統の面から様々な有力種牡馬と付けられ、競走馬としての人生を終えて第2の生活を送るはずだった。


 しかし元からあった気性の荒さで種付けは難航。その種付けはなんとかなるものの、一向に受胎しないのである。不受胎が続いた事でプリモールの個人馬主の宮岡さんも金銭的に苦しくなり、種付けをする種牡馬の質もガクンと落ちることとなった。


 そんな中、唯一受胎に成功して生まれたのが目の前で懸命に立とうとしているプリモールの20××なのだ。ここまで苦労したんだ、走らないと承知しないぞ!


 ……なんて思うわけない。ずっと産まれることができなかったプリモールの子供なんだ。血統の面から見ても、牝馬ならばまず間違いなく一勝すれば繁殖に入れるだろう。


 怪我なんてせず、適度に走ってくれれば良い。ちゃんと競走馬としてデビューするだけで良い。そんな思いが口からこぼれ落ち、凄まじい勢いとともに発せられる。



「お、おぉ! もう立とうとしてるぞ! 頑張れ! いけっ!」


「ちょ、館山さん気が早いですよ。普通は1時間程度かかりますし……おぉ!?」


「た、立った! もう立ちやがったぞコイツ!」



 気性の荒いプリモールもお腹を痛めて産んだ我が子のことは可愛いのだろう。ペロペロと顔の辺りを舐めてやっている。これでお腹を痛める原因だったこの子を殺そうとしたら慌てて引き剥がさないといけない所だったからな。



「元気に育つんだぞ~」



 母馬のプリモールによく似た綺麗な栗毛くりげ……いや、栃栗毛とちくりげか? ともあれ、見事に競走馬として大成しそうな子馬に私は気持ちの悪い猫なで声で精一杯の激励を飛ばした。


 ……あ、この子は牡馬だ。股の間を確認した私は大成してうちの筆頭種牡馬として生きるか、または屠殺されるかのハイリスクハイリターンの選択肢が頭に浮かんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る