草羽少平
15:look back
午前〇時二〇分。
四谷にある
「ね、
「そ、そぉ?やー照れちゃうな!……でもさ、良かったよ。色んな物諦めないで、今こうやってゆりとも会える時間、あるし」
だから俺は大丈夫。この先のことはまだ判らないけれど、それでも、光夜さん、淳、
「うん……」
四谷三丁目には夜中までやってるスーパーがあるから、そこでお酒やおつまみを買いにきた訳だけど、実はこうしてゆりと二人で話したかった。
「えーここはね、最年少の少に、買い出しに行ってきてもらいますです。可愛い彼女も御一緒にどーぞ。ちなみに酒は酒好きの貴と諒に行ってもらいますです」
なんてわざとらしく光夜さんが言ってくれたんだ。貴さんと諒さんはぶーぶー言ってたけれど、その割にすんなりと買い出しに出かけて行ったのには笑っちゃったな。
「今度はレコーディングがあるんだって。そしたらちょっとだけ会えなくなるかもしれないけど、でも時間空いたらすぐ会いに行くからさ」
「うん……。でもさ、一日空かないんだったら会わない」
ゆりから返ってきたのは予想外の言葉だった。一瞬ドキッとして言葉に詰まってしまった。
「え、な、何で……」
「だって、そんなちょっと空いたからって、その都度会ってたら少が大変だもん。だから、一日ゆっくり会える時に、ゆっくり二人で過ごそ」
なるほど。そういう意味でか。プロになることに関して言えば俺は一人で決めてしまった。でも、ゆりはゆりなりに、考えてくれていたんだ。自分に余裕がなくて、そんなことにも中々気付けなかった。
「判った。約束する」
ゆりが折角気遣ってくれてるんだから。
「よっし、じゃあ早く買いに行こ!みんな待ってるよ!」
「そだね!」
「ただいま、です」
「お、けぇってきたぞ、御両人」
あれ、貴さんと諒さん、お酒買いに行ったんじゃなかったけか。早かったんだな。もう帰ってきてる。人数が増えていて、どうやらライブにきてくれていたメンバーの知り合いの人達もいるみたいだった。
礼美さん、美沙希さんはもちろん、The Guardian's Blueのメンバー、ゆり、それに貴さんの婚約者さんの
「わぁ、少平君カワイィ!」
夕香さんが俺にそう言ってぱちん、と手を合わせる。噂通りの超絶美人だ!女優さんでもここまでの美貌の持ち主はなかなかいないのだはないだろうか!や、やるなぁ諒さん!
「あ……ど、ども!」
「なぁに赤くなってんだよ、少ちゃあん」
「貴、からかうのやめなさい。可哀想でしょ、夕香も」
恥ずかしくてどういう反応をしたらいいのか判らなかったせいか、俺を見た涼子さんが本当に申し訳なさそうにそう言ってくれた。な、なんか俺と同じくらいの年に見えるけど、本当に貴さんと同い年なんだろうか。なんというか、なんというか!可憐だ!
「えぇ、だってホントのことじゃん。ごめんね少平君、別にからかった訳じゃないのよ」
「あ、いえいえ!」
俺は慌ててとんでもないです、って夕香さんに返す。
「ごめんね少ちゃん。別にからかった訳じゃないのよん」
夕香さんの口調を真似て貴さんも続ける。こっちは明らかにからかってるな。
「それのどこがからかってないんですか!」
本当に貴さんはつかみどころがないというか、どれが本当の貴さんなんだか良く判らないなぁ。
「ハイハイ少、貴、始めるよ」
美沙希さんがパンパン、と手を叩いて俺と貴さんに言った。しかしそれにしても、俺の周りって美人ばっかりだ。マネージャーもチーフマネージャーも美人だ。もちろん俺にとってはゆりが一番だけど、でもやっぱりなんていいますかね。美人が多い方が嬉しいじゃないですか。ねぇ、みなさん。
「じゃ、あたしからいいかしら。みんなお疲れ様。最高のライブだったと思います。光夜のこと、それにThe Guardian's Blueのこと、信じて良かった。次からレコーディングが待ってるけど、今日は全部忘れてライブ成功を祝いましょう」
「おーっ!」
パチパチとみんなが手を叩いた、礼美さんはにこり柔らかな笑顔で美沙希さんの肩を叩く。バトンタッチ、ね。
「あたしからも一言」
少し前に出て、美沙希さんは一つ咳払いをした。
「みんなお疲れ様。今日はホントに最高だった。The Guardian's Blueっていうバンドは
美沙希さんはぺこっと頭を下げて、一歩下がる。
「皆さんも本当にありがとうございます。美樹も夕香さんも涼子さんもゆりさんも。これからも同様にメンバーを支えてあげて下さい。じゃあ、ビールを注いで下さい。乾杯の音頭は我がThe Guardian's Blueのリーダー、樹崎光夜にやってもらいます」
礼美さんの言葉にみんながグラスにビールを注いだ。
「おー!いいぞ光夜豆腐ぅ~!」
「よっ、光夜さん!」
諒さんと淳が囃し立てる。みんなの準備が整ったのを確認したのか、光夜さんが席を立った。
「じゃ、いいかな。礼美さん、香瀬ちゃん、それからメンバーをプライベート面で支えてくれた皆さん、本当にありがとう。The Guardian's Blueのメンバーを代表して、一部他称バカリーダー、自他称、頭脳明晰、明朗快活、容姿端麗、運動抜群、以下同文の樹崎光夜大明神がお礼を言わせて頂きます。それとこれからも宜しく、という厚かましいお願いもしながら。それじゃThe Guardian's Blueのこれからと、メンバー、スタッフ、関係者のシヤワセと健康、ご健勝を願いまして、かんぱーい!」
「かんぱぁい!」
少し間があって「くはー」だの「たはー」だのと聞こえてくる。もちろん俺も言ったけど。
「諒ちゃんは後で死ぬほど出汁吸わせるから」
いやだからそれ何!
「ねぇ、一人一人感想聞かせて欲しいんだけど。まずは淳から」
礼美さんが実に嬉しそうにそんなことを言った。か、感想かぁ……。
「あ、オレから?……そうだなぁ、自分で創ったソロって凄く緊張したなぁ。自分で創っといてもし間違ったらどーしよーってちょっと素人みたいなこと思っちゃったよ。あと欲を言えばね、今度はもっとデカイ所でやってみたいね。すんげぇ緊張しそうだけど」
ギタリストらしい感想だなあ。でもインプロとかアドリブ得意なくせに、きっちりできてるモノを演奏する方が緊張しやすいのかな、淳は。
「そーね。次は渋公?ドーム?どこでもいいわよ。あんたたちの頑張り次第だけど」
「淳はコマ劇なんていいんじゃない?」
美沙希さん、笑いながら好き勝手に言ってる。
「オレは演歌歌手っすか」
「悲壮感漂った、流しのギター弾き語りなんてどぉ?」
「香瀬ちゃんと共演なんていいんじゃないんですかね、淳也君」
貴さんが淳と美沙希さんに突っ込みを入れる。貴さんも淳が美沙希さんを好きなのは知ってるみたいだ。淳も特に隠し立てしてる訳じゃないから、見てるだけで判っちゃうけどね。
「だめだめ、夫婦漫才んなっちまうよ、それじゃ」
諒さんもニヤニヤしてる。「どーゆー意味よ」て美沙希さんに睨まれてるけど。
「じゃ、次。諒ちゃん」
「へぇい。オレは正直言って最高だった。自分がちゃんとバンドのメンバーなんだって思えて叩けたからなぁ。今までサポートって肩書あったでしょ、オレの場合は。だからこのライブは、このバンドはオレ以外のドラムはあり得ないんだって思ったら、すっげぇ気持ち良く叩けた。最後は真っ白だったけどさ」
そっか。ただ叩いてたってつまらない。俺も同じだったな、きっと。楽しく音を出せることを確信できたから、光夜さんについて行った。The Guardian's Blueのメンバーで楽しんで音を出せる、って思えたから。
「そっか。その気持ちは自分の責任だと思ってね、これから。The Guardian's Blueには諒ちゃんのドラム以外は考えられないんだから、本当に」
礼美さんは良かったね、っていうように凄く優しい顔してる。
「んじゃ……つーぎ、貴」
「やっぱり緊張したかなぁ。最初だけだと思いたいけど。後はキレっ放しだった気がする。何かおれってプロで演ってるんだなぁって思ったらね、ちょっと自信付いちゃってね。ベースはまだまだだけど。だからもっと練習して上手くなりたい、って本気で思った」
これ以上上手くなりたい?じょ、冗談じゃない。ここまでのほんの数か月で、どれだけ上達したか貴さんは全然判ってない。じゃなきゃ本番であんなカッコイイ弾き、できるもんか。これはウカウカしてられないや、俺も。死ぬ気で頑張んないと貴さんのベースに食われちゃうぞ。
「うんうん、練習好きな子は絶対に伸びるから、がんばれ」
礼美さん、頬杖ついてにこにこしてる。貴さんでさえ子供扱いか……。
「貴の曲、すごぉく良かったよ。これが貴のロックなんだなぁってすんごい良く判った!」
「おぁー!さんきゅ美樹さん!めっちゃ照れる!……あの曲さ、みんなの時間に残ったかな?」
ぽり、と頭を掻いて、所在なさげに貴さんは言う。貴さんは作曲中に美樹さんに色んなアドバイスをもらったらしいから、それを知っているとなんだか二人が先生と生徒みたいにも見えちゃう。
「その答えを言うのはあたしじゃないでしょ?」
美樹さんはそう言って、涼子さんの肩をポン、と叩いた。
「……」
涼子さんは笑顔一つで他には何も言わなかったけれど、でも一度だけ、ゆっくりと頷いた。
貴さんはありがと、なんて言いながら涼子さんの頭をクシャ、って撫でた。そんな二人を見て、ゆりが隣でほわぁ~なんて言ってるけれど、こういうのに憧れるのは俺も判る。流れとか関係なく今ゆりに同じことしたい!
「ほ、ほらほら、次は少ちゃんだろ?」
貴さんが大きい声で言った。照れ隠しなの見え見え。つかみどころはなくったって判りやすい、っていうこともあるのかもしれない。
「そうね。少、よろしく」
き、きた。
「あ、あの俺は、やっぱり最高でした。光夜さんに一緒に演らないかって言われた時、迷ったんです。プロってどんな世界なのか全然判らなかったし、ガキがやる気だけで渡って行ける世界じゃないと思ってますし……。でもやっぱり俺の選んだ道は間違ってなかったって思います。光夜さんと、みんなとやれてホントに良かった。……俺はまだ一人ガキですけど、でもこんな俺の力でも認めてくれたみんなに凄く感謝してます。死ぬまでみんなと一緒にやって行きたいって思います」
こんなことしか言えないけど、これが俺の精一杯の気持ち。嘘偽りなく、胸を張って言える、本当の気持ち。
全部が良い方に進んで行った訳じゃないかもしれないけれど、何も捨てないで、諦めないで、ここにいることができて、良かった。
「ありがと、少。バンドのこと、学校のこと、ゆりさんのこと、一番少が大変だっただろうけど、これからも宜しくね。バンドのこと以上にゆりさん大切にしてあげなさいね、少」
「はい!」
俺のちょこっと斜め後ろにいたゆりが「あの人いー人だね」なんてゲンキンなことをぼそっと言った。ま、良い人なのは本当のことだけどね。
「はい、最後は光夜」
礼美さんの言葉と同時にみんなが光夜さんの方へ向く。
「……僕はね、みんながそういう気持ちでいてくれたんなら本当に嬉しいって思う。僕だって同じなんだ。ずっとみんなと演りたい。もっと上手くなりたい。もっとデカイとこで演りたい。このメンバーの本物のロックをみんなに聞いてもらいたいって。だから、本当に言いたいことってのは、これからもよろしくってことだけ。うん。……さぁ、もっと呑もうよ、みんな、ほら諒もっ」
すっごく照れたみたいだった。誤魔化してみんなのコップにビール注いでる。珍しいというか、こんな光夜さんを見るのは初めてだ。それだけ、光夜さんの心も動いたってことなのかもしれないな。光夜さんが自分の中で想像していた以上に。
俺も光夜さんに注いでもらったビールを一口呑んだ。あんまり味なんて判らないけど、とりあえずの第一目標のシークレットライブは大成功だったんだから、今日くらいは高校生がビール呑んだって、きっとロックの神様は大目にみてくれるよね。
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