第2話 私の幼馴染
智司は多分私の幼馴染だ。『多分』というのはよくわからないから。
智司は幼稚園のとき近所の公園にいた。だいたいブランコの所に。いつからだろう。困ったことがあれば智司に文句を言いに行く。なんで智司に文句を言いにいったのかはよくわからない。関係ないのに。
初めて会った頃の智司は私より小さくて、頼りなかった。けれども私の話を聞いてくれた。だから好き勝手言っちゃったんだ。いつも私の隣でブランコで揺られながら苦情を言うでもなく。
何故だろう。
ウザいよね。
それに私は智司と一緒に遊ぶこともなかった。智司に文句を言うだけ言って、他の友達と遊んだ。嫌なことがあれば智司にぶつける。それだけ。今思うと酷い。
けれども智司はずっと私の話を聞いていてくれた。智司には全然関係ない話を。
何かおかしいと思ったのは小学校4年生くらいの時。智司は私の身長を追い越した。
いつも通り放課後にグラウンドを追いかけて捕まえた時、真正面の低い所にあった太陽が智司を照らしてた。
「あれ?」
「どうしたの?」
「……なんでも無い」
その時は咄嗟にそう言った。けれども何だかとても印象に残った。その、私が捕まえた時、太陽は智司の頭の影に入って私からは見えなくなった。これまでそんなことはなかった。どうしてだろうと思って、私の全身が智司の影に入っていることに気がついた。多分既に、5センチくらい智司は私より大きかった。
あれ? 智司ってこんなに大きかったっけ。智司を見上げて。そう、見上げたんだ。何となく違う人に思えて、少し怖かった。
でも智司はいつもどおり『どうしたの』って聞いた。だから、私は智司の影を抜け出て隣を歩いた。いつもは智司の少し先を歩いてたけど、なんとなく隣を歩いた。でもなんとなく、やっぱり私は智司を見上げていた。少しだけ。
その時に何の文句を言おうとしてたのかは覚えていない。ぎこちなく何か話しかけたと思ったけど、やっぱりよく思い出せない。
智司はいつもと同じように私の話を聞いて、いつもの分かれ道でじゃあね、といって別れた。
その頃、智司は同じクラスだった。
あの夕暮れをきっかけに、私はふとした瞬間に智司を目で追うようになった。私が知ってる智司のままの所と、私が気づかなかった智司のところ。
智司は友達がほとんどいない。全然いないわけじゃないけど、お昼はいつも1人で食べて、放課後はうろうろ一人で帰っていた。私が声を掛ける時以外はいつも一人。本当に誰もいない。
一人でいるのが好き? ひょっとして声をかけるのは迷惑だったかな。今まで何とも思わなかったことに急に気が咎めるようになった。後ろをついて歩くと、本屋の前で雑誌を手に取ろうとしてる智司と目があった。
「帰り?」
「うん、そう、智司は」
「俺も帰り」
「買うの?」
「見てただけ」
智司は雑誌をそっと棚に置いて、肩に鞄をかけ直す。私が智司と目が合った時、その本はまだ開かれてもいなかった。邪魔したみたいでやっぱり気が咎めた。
「どうしたの?」
「なんでもない」
「そう」
話はそれだけ。いつもなら私が何かの文句を言ってるタイミング。けれども何となく、今までみたいに一方的に文句を言う、そんな気分にはなれなかった。だからただ、無言で並んで歩く。特に文句はない。だから無言。
「大丈夫?」
「うん」
智司は声をかけてくれる。もうすぐいつもの分かれ道。今日は何も話さなかった。よく考えると話しているのはいつも私ばかり。そういえば私は智司のことは何も知らない。
「何か好きなものないの?」
「好きなもの?」
智司は遠くの灰色の雲を眺めて歩きながら腕を組む。頭が少し傾いている。こんな癖があったんだ。
「たけのこ党かな」
「私も」
「仲間だね」
「うん」
それだけ話して、その日も別れた。見守っていると、いつしか世界は暗くなって、夜の切れ端が訪れた。
智司はいつも私の文句をちょっと困ったような優しい感じで微笑んで聞いてくれる。迷惑かな。でも智司とは特別な関係だった。これは『幼馴染』? 一緒に遊んだこともないくせに。
中3の頃から智司は急に身長が伸びた。今は180センチくらいある。足も結構大きい。メガネをかけるようになった。本を読む時カバーをかけてる。鞄は背中に引っ掛けるように持つ。それから、ひょっとしたら結構かっこいいかもしれない。ぼんやり見ているとなんだか奇妙な気持ちになって、目が合うと心臓が鳴る音がいつもより大きく聞こえた。
高校は別々になった。同じ高校を受けたことを受験の当日に知った。でも智司は受かって私は落ちて。でも近くの高校だったから同じように帰り道によく会った。
智司はやっぱりいつも1人で、本屋やカフェを眺めながらふらふら帰っていた。そんな智司とたまに目があって、でも何となく言う文句も既になくて、無言で一緒に歩いた。たまに無理に誘っても文句も言わずに智司はただついてきた。ちょっと困った顔で微笑んで。
私は智司が好きなのかな。で
でもどうみても智司に私を好きな様子はなかった。いつも話しかけるのは私で、道すがら智司の隣を通り過ぎても、智司から話しかけられることはない。
この関係はこれまでと同じように、きっとずっと変わらない。私は智司にとって『幼馴染』だ。だからきっと、智司が私を好きになることもない。そう思えば、まるで夜になったような気分。
ある日、鈴原君に告白された。中学の時、同じクラスだった。
話したことはないけど友達の評判はよくて、試しに付き合ったらといわれた。でも私は鈴原君が好きなわけじゃない。だから付き合わないのに。
だから久しぶりに智司に文句を言った。でも智司はいつも通りちょっと困った顔で微笑んで。『そう』といういつもの返事に一言付け加えた。
「鈴原はいい奴だから、悪くないんじゃないかな」
それで私は気がついた。私はいつも文句ばかり言って、智司の意見を尋ねたことすらなかったことを。『どうしよう』って智司に尋ねたのは多分初めて。私はこれまで本当に一方的に話しかけるだけ。智司の意見を聞いたことなんてなかった。
その返事で、私は私が智司が好きだったことを自覚した。そうして智司が私のことを特別に好きじゃないってこともわかってしまった。
最初、智司が何を言ってるのかわからなかった。私は多分、智司に『好きなの?』と聞かれて違うって返事して、『好きじゃないならやめれば』っていう、そんな普通の流れを期待していた。
その次に、なんでそんなこと言うの、と思った。それで私は智司に止めて欲しかったんだってことに気がついた。気がついた時には遅かった。
智司のその返答は明確な拒絶で、私は智司にとって恋愛対象じゃなくてただの『幼馴染』で。これまで私に優しく微笑んでくれたのは私が単に『幼馴染』だったからで、きっと智司は誰にでも優しくて、私は特別じゃない。
急に私に向けられていたその優しさが全部嘘だったみたいに感じて、なんだか勝手に裏切られたような気がして、急に寂しくなって、それが溢れて、気づいたら声が出ていた。
「なんで」
そこからは何を話したかわからない。智司は何も悪くない。でも私は智司にどんな顔して会っていいのかわからなくて、帰宅ルートを変えた。そうすると智司に会うことはなくなった。一度も。
智司はいつも同じ道を歩いていて、私が一方的に絡んでいただけだった。それがわかった。私が智司を追いかけていた。どうして今更わかったんだろう。どうして智司に相談したんだろう。もう私から告白することもできない。
鈴原君はいい奴、か。私はなんだか投げやりになって、いつの間にか鈴原君と試しに付き合うことになっていた。
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