第26話 おっさん達の平穏とエアスラン軍の一幕


今日の仕事と日当の受け取りを終えた俺は、真っ直ぐにキャラバンのいる駐車場に帰る。びりびりに破けたユニク○のポロシャツは、廃棄して、トマト男爵から新品のシャツを貰った。


「お疲れジェイク」と、何か作業をしている追放者・ジェイクに声をかける。


ジェイクは作業の手を止め、「あ、お疲れ様です」と言った。


「ああ、千尋藻さん、お疲れ。悪いね、俺達の代わりに稼いで貰って」と、のそりと出てきた小田原さんが言った。


「いえいえ。役割分担ですから。ところで買い出しは?」と、応じておく。というか、今の仕事はそこまで大変な仕事ではない。日本のサラリーマン時代と比べれば、楽勝だ。きな臭い話がなければ、ペットの世話の長期契約に応じてもいいくらいだ。


「御飯は、今ケイティが買い出しに行っている」と、小田原さん。


「了解。ネムは?」


ネムとは、俺が心の中で窃盗少女と呼んでいる少女だ。少女と言っても15歳くらいらしい。ガリガリに痩せていたから、もっと年少に見える。


「ネムは修行だ。スカウトのな」と、小田原さん。


「そっか。スカウトのスキル、買ってインストールしたんだよな」


そうなのだ。レベル1スカウトのスキルは、スキル屋で30万ストーンで売ってあったらしい。ここは青田買いの投資だということで、購入してネムにインストール。


なので、あの子は今、スキル『窃盗』がスキル『レベル1スカウト』に吸収されて無くなっている。そして、冒険者チーム『三匹のおっさん』のスカウトを務めるべく、窃盗少女ネムはキャラバンや冒険者『炎の宝剣』のスカウト達に弟子入りし、色んな技を教えて貰っているらしい。


スキルを持っていても、使いこなせなければ、あまり意味がないことは分かっている。

なので、旅は道連れ世は情け、とばかりに、ネムをピーカブーさん達に弟子入りさせることにしたのだ。


本人も、窃盗が消えたことを感謝しつつ、今の境遇から脱出するべく、真剣に修行に取り組んでいるらしい。少し出血大サービスな気もするが、彼女には、おっさんの旅に花を添えるという大事な役目がある。おっさん三匹の異世界生活にとって、必要な投資なのだ。


「ああ、出発までには、何でもいいから戦力になりたいんだそうだ」と、小田原さん。


「そっか。頑張る若者を応援するのもおっさんの役目……ところで、何やってんの?」と、何か作業をしているジェイクに言った。


ジェイクは、「え? はい。私は野営用のキットを造っているんです。衝立とベッドとゴザなどを畳んだり直ぐに組み立てたりできるように」と言った。


「ああ、ジェイクは器用だ。ちなみに、私の方は大八車とその車輪だな予備も含めて」と、小田原さんが言った。


「え? 車輪造ったの? それは器用すぎるんじゃ」


小田原さんはニヤっと笑って、「まあな。木魔術のお陰だ。元々こういうことが好きだったという面もあるがな」と言った。


「そっか。その大八車は自分達で曳くわけね」


「男衆が交代で曳くさ。自分達の寝床と食料くらいは、自分達で運びたい」と、小田原さん。


「食料か。今流通が悪くなっているって聞いたけど」


「いや、庶民が自分達が食べる程度を購入する分には、普通に放出していると聞く。渋っているのは貴族のまとめ買いだけだろう。この都市の領主は、民衆の不満には敏感なようだぜ?」と、小田原さん。


その話は、前に少しだけ聞いた気がする。領主は、領民を使って税を増やすことが仕事だ。なので、不満を溜めないようにしていることは、合理的ではある。


俺は、「そうですか。俺達の稼ぎは遠慮無く旅の支度資金に当てて」と言って、ギルドから受け取ったお金を渡す。


小田原さんはそれを受け取り、「ああ。遠慮無く使わせてもらうよ」と言った。


さて、今日の俺のミッションは終わり。後は、仲間達と飯食って寝るだけだ。厨房では、料理番のムカデ娘達が、何かの肉やら野菜を串に刺している。今日は炭火焼きパーティだな。酒に合いそうだ。


俺達は、この、戦争前夜かもしれない街で、一時の平穏を過ごしていく……



◇◇◇

<<エアスラン国、ウルカーン攻略軍>>


今、ネオ・カーンと呼ばれている街がある。


三匹のおっさんが、モンスター娘達と楽しく過ごしている街だ。

ウルカーンという国家に所属する街で、住民の大半は炎の神『ウル』を信仰している。


だが、かつてのネオ・カーンの地は、エア・ゾアと呼ばれる街であった。


そのエア・ゾアという街は、エアスランという国を宗主国とする街であったが、住民の半分は『ウル』を信仰するという特殊な街でもあった。


エアスランは、風の神『エア』を祭る国家で、ウルカーンの南部に位置している。


そしてこの二つの国家は、有史以来仲が悪い。


隣国同士というものは、なかなか仲良くならないものであり、この二つの国家はしょっちゅう小競り合いを行っていた。過去には大規模な戦争もあって、100年前には今でいうところのネオ・カーンの地をエアスラン側が奪い、別の名前、すなわちエア・ゾアと付けて支配したが、つい5年前にはウルカーンに取り返されてしまい、現在は『ウル』を信仰する街ネオ・カーンとなっている。


ところで、この世界の軍事事情は、軍事スキルを用いた人間兵器ヒューマンウエポンによる対人戦闘で決着される。


すなわち、地球のようにミサイルや戦車があるわけではなく、魔術と魔道具を用いて相手を殺傷するわけである。

少し例外があるとすれば、魔獣と呼ばれる特殊な魔物を使役することで、戦力を上げる場合もある。

魔獣は人語を理解し、ある程度の理性があると言われている。一部の学者によると、魔獣とは人の魂が獣に宿った存在らしく、高位の魔獣は聖獣として崇められている。


さて、ここは、ウルカーンの隣国であるエアスラン側の一幕……


前後左右、石の壁で覆われた部屋。窓の類いは一切無く、魔道具とみられる輝く物体がある他に光源はない。恐らく地下と思われる空間に、ざくざくと人の足音が聞こえる。


そして、その空間に人が現われ、「クメール将軍、戻ってきたぜぇ」と言った。その人物は、若く、上背のある屈強そうな男性である。金色の髪で肩に大剣を担いでおり、相当な膂力りょりょくの持ち主と思われる。


その横には、カウボーイが被るような、ティンガロンハットを被った若い女性がいた。ティンガロンハットから漏れる彼女の髪の毛はオレンジ色で、手には鞭を持ち、大きなおっぱいをゆっさゆっさと揺らしながら、ニコニコとした表情で歩いていた。その真横には、真っ黒い巨大なネコが、すたすたと付き従っている。そのネコは、成人男性よりも大きなネコだ。


さらに、大剣を担いだ男の逆隣には、茶色のローブに水色のシースルーのレースを纏った美しい女性もいて、澄ました顔をして歩いている。彼女の髪は水色のストレートで、清楚な雰囲気を纏っていた。


その三人の前には、これまたずいぶん若く見える男性と、超巨乳の女性が立っていた。男性の方は、この空間の主であるかのような態度をとっており、この人物が周りの人物より高位であることを伺わせる。


その若い男性、クメール将軍と呼ばれた人物は、不適な笑みを見せ、「ご苦労。スタンピードの発生には成功したが、ようだな」と言った。


隣の超巨乳の女性は、無言かつ無表情で佇んでいる。


大剣を担いだ男は、少ししかめっ面をしながら、「まあ、少し数が少なかったからよ。仕方がねぇ。それよかよ。方が意外だったぜ」と言った。


「あそこには、タケノコ島のキャラバンがいた。悪鬼に成りにくいと言われている連中よ? をするのも良いけれど、ちょっと確認不足じゃない?」と、水色髪の清楚な女性が言った。


「そう攻めるな、サイフォンよ。確かに、タケノコ島出身者には、剛の者が多い。だが、今の隠密行動の中、全ての行商人達を監視するというのも、難しいことだ」と、クメール将軍が言った。


「だがよ、悪鬼がいる事がばれちまった。悪鬼討伐隊が送られてくる可能性が高い」と、大剣を担いだ大男が言った。


クメール将軍は、「その時はその時よ。以上、遅かれ早かれ出てくる連中だ。逆に、悪鬼討伐隊を倒してしまえば、その国の悪鬼対処能力は著しく低下する。そう思えば、好都合だ」と言った。


サイフォンと呼ばれた女性は、「悪鬼討伐隊は、どの国も予算の無駄だとして縮小傾向にある。愚かなこと」と言った。


大剣の男は、水色の女性の方を向き、「サイフォンさんよ。アンタの国のララヘイムも同じなのか? 気を付けておいたほうが良いぜ?」と言った。


サイフォンは、「バーン、そんなこと、あなたに言われたくはないわ」と返した。


クメール将軍は邪悪な表情を浮べ、「あの街は、最近、。悪鬼にするには、最適な人材だ」と言った。


バーンと呼ばれた大剣の男は、「じゃあよ、あいつらがのこのこと悪鬼討伐隊を連れてきたら、一緒に壊滅すりゃいいじゃねぇか。その後に悪鬼を放てば、イチコロだ」と言った。


その言葉を聞いたサイフォンは、少しだけ肩をすくめ、「野蛮ね」と言った。


クメール将軍はその様子を眺めながら、「ふっ。パイパン、次のスタンピードの準備はどうなっている?」と言った。


それを受け、パイパンと呼ばれたティンガロンハットの女性は、「はい、準備は順調。あの街の周囲に、地下迷宮の出口を密かに繋げた。後は、魔物を追い立てるだけ」と言った。


「しかし、自分達の街の近くに地下迷宮があることに気付かないなんてな。アホじゃないか? あはははは」と、バーンが言った。


「地下迷宮は、本来利権の塊。あいつらは、前回、貴族やインテリを虐殺してしまった反動で、様々なノウハウを失い、住民からは警戒されている。自業自得よ」と、パイパンが言った。


「ふん。あの国の連中が知らない迷宮の出口より、スタンピードを起す。そのタイミングで、我が奇襲部隊も突撃させ、さらには、非正規軍も……」と、クメール将軍。


バーンは、「ああ、エサは撒いている。俺達の進軍に併せ、あの街の地下組織と不良少年グループが街中で大暴れする手はずだ」と言った。


「うまくいけば、内側から城門が開くはずよ」と、サイフォンが言った。


「くかか……スタンピードの準備にはあとどれくらい必要だ?」と、クメール将軍が言った。


「後3日もあれば」と、鞭を持った巨乳女性パイパンが言った。


「おいおい将軍、本体の正規軍を待たずに始めるつもりか?」と、バーンが言った。


クメール将軍は「バーン。別に、我々特務部隊だけで倒してしまってもかまわんだろう?」と言った。


バーンは、「ふっ。好きにしたらいい。第一、火力はあちらの方が高い。大軍同士で正面戦争するより、速さで街を取った方が被害は少ないだろうな」と返す。


「速効でネオ・カーンを落とし、相手が兵を集めている間にウルカーンまで攻める。ウル神の巫女を引きずり出して、丁寧に犯してやる」と、クメール将軍が言った。


「ははは。いいねぇ。今回、スタンピードと暴動で、ネオ・カーンの街も、ぐちゃぐちゃになるぜ? 俺も楽しんでいいか?」と、バーン。


「ふん。一応、庶民区は止めておけ」と、クメール将軍が返す。


「ではよ。貴族区だったらいいわけだな? あいつら、5年前はうちらの同胞を虐殺したんだからな」と、バーン。


「身の代金は取らないの?」と、水色のサイフォンが言った。


「あの街でまともな身の代金が取れそうなのは、領主のヴァレンタイン伯爵家とジュノンソー公爵家の寄子ナナセ子爵くらいだ」と、バーンが言った。


クメール将軍は、「GG《ジージー》。スタンピードに併せ、我らも進軍するぞ」と言った。


GGと呼ばれた女性は、クメール将軍の傍らにいた超巨乳の持ち主で、何も口にしなかったが、少しだけ首肯する。


「あはははは。良いぜ、クメール。俺達だけで、あの街を蹂躙してやろう。貴族女を犯しまくってやる。正規軍が到着する頃には、全員非処女だ」


クメール将軍は否定も肯定もせず、「では、三日後だ」と言って、GGの腰に手を回し、奥の部屋に消えて行く。


将軍の目は、一瞬だけ真っ赤に輝いた。まるで、悪鬼の如く。


ここに、エアスランのクメール将軍率いるネオ・カーン攻略特務部隊は、3日後の奇襲攻撃に向けて最終調整に入る。


クメール将軍が率いる軍は、直営の特殊部隊150人のみ。


だが、今回は、魔物テイマーのパイパンが引き起こすスタンピードによる先制奇襲攻撃を行う予定である。

さらに、将軍の幼なじみで大剣使いのバーンが率いる特殊斥候部隊50人が、すでにネオ・カーンの街中に入り込んでおり、反政府勢力等を扇動し、街を大混乱に陥れる計画である。


また、炎の国ウルカーンと風の国エアスランの二国間戦争に、第三国であるはずの水の国ララヘイムが極秘で軍事支援を行っており、その派遣軍人が水魔術士サイフォンである。今回は、水魔術士20人を率いてネオ・カーン戦線に、エアスラン側の援軍として介入する。


ただし……この兵士数は、あくまでクメール将軍が率いる特務部隊のみである。


エアスランのウルカーン討伐軍の本体は、総勢五万。


復讐に燃える精鋭五万の軍勢が、気付かれぬよう、物資を国境付近に輸送し、進軍のタイミングを虎視眈々と狙う。


エアスランからネオ・カーンまでは、行商人の移動でおよそ一週間。五万規模の、軍隊の全力移動ならば、四から五日で踏破できるだろう。


対するウルカーン軍は、ネオ・カーン駐留軍約千人。


この、多少平和ぼけしつつある軍隊で、人口10万人の都市ネオ・カーンを防衛することになる。


対するエアスラン軍は、正規軍の精鋭五万プラス特務部隊200、さらには、ララヘイムからの魔術士の援軍、反社会勢力達の扇動、さらにスタンピードを操る術まで持っている。


両軍激突の時はおよそ3日後。その時は、静かに、静かに訪れようとしていた。

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