第32話 西宮 豪⑥
俺は……一体どうなったんだ?
たしか、車に轢かれたんだよな?
それから……!!
「……!!!」
「目が覚めたようだな……」
目が覚めた俺の視界に入ってきたのは、真人の薄汚ねぇ顔だった。
「おまへ……なんへ……ここはろこば!?(お前……なんで……ここはどこだ!?)」
なっなんだ?
呂律が回らねぇ……。
「お前は車に引かれたんだ……どうにか一命は取り留めることはできたけど、頭を強く打ったことで脳に後遺症が残ったんだ」
パニくった俺に淡々と真人が俺の体の詳細を語る。
なんでも車に轢かれた俺はほぼ死にかけていたらしいが、真人が手当てを施したことでギリ助かったらしい。
だけどその後遺症で全身麻痺を患った。
要するに……俺はもう2度とこの病院のベッドから起き上がることも、食事や会話もまともにできなくなったってことになる。
……冗談だろ?
じゃあ何か?
俺はもう一生何もできないってことなのか?
ふざけんなっ!!
俺は体中に力を入れて起き上がろうとするが……俺の体は指1本も動かない。
痛覚どころか触覚も感じず、夢の中にいるみたいな感覚だ。
呼吸もチューブや機械でどうにかできているレベル。
瞼はわずかに動くが完全に閉じることができないから瞳が空気に触れて涙が止まらなくなっている。
嫌だ嫌だ嫌だ!!
一生天井を眺めているだけの人生なんてほとんど死んでるようなもんじゃねぇか!!
それなら死んだ方がずっとマシだ!
「ころひ……ころひへ……(殺し……殺して……)」
自然と口から出てきた言葉……それは俺の心からの望みだ。
もう命なんていらねぇ!!
さっさと死んで楽になりたい!!
「悪いが医者として命を奪うことはできない。 せっかく拾った命だ……苦しんででも大切にしてもらうぞ?」
ふざけんなっ!!
頼んでもいねぇのに勝手に俺を助けた分際で……何が命を大切にだよ!?
こうなるならあのまま死んだ方が100倍マシだった!!
これはあれか?
俺に栄子を奪い返された腹いせか?
マジで器の小さい野郎だ!!
「安心しろ……お前だけ地獄を味わえなんて言わない。
俺もこれから警察に行って出頭する……一緒に地獄に堕ちよう」
真人はそういうと病室を出て行きやがった。
俺や栄子を陥れた件のけじめをつけるらしい。
何が一緒にだよ……まともに生きられるテメェと一緒にするな!!
俺の人生を返せ!!
-----------------------------------------
それから何日過ぎたのかはわからない。
1日中天井を眺め、たまに看護婦たちを俺の世話をする。
その繰り返し……親父は行方知れずでお袋は死んだ。
俺の生死をどうするか判断できる親戚はいない。
だから病院側は俺の命を繋ぎ続けるしかない。
金は国から最低限出しているらしいが、俺にとってはいい迷惑でしかない。
何度か舌を噛んで死のうとしたが無駄だった。
真人や智樹がその後どうなったのかは知らないし、どうでもいい。
愛する栄子は病院にすら来ない。
栄子にとって俺はその程度の男だってことなのかよ……こうなった俺には顔を見せる価値すらねぇってことかよ……あのクソ女!!
あれだけ愛していた栄子に対して、俺は初めて殺意を覚えた。
こんな体じゃなかったら、即ぶっ殺しに行くところだ。
-----------------------------------------
「豪……」
ある日……俺の病室を香帆が訪ねてきた。
こいつと会うのはあの事件以来だ。
「かっかほ……」
「久しぶり……」
これは神が俺に与えてくれた慈悲だと思った。
香帆は俺を愛している……俺が苦しんでいると知れば、俺を殺して楽にしてくれるはずだ!
「はっはほふ、かほ。 おへをおろひてくれ(たっ頼む、香帆。 俺を殺してくれ)」
俺は渾身の力を舌に込め、香帆に懇願した。
香帆なら喜んで殺してくれると信じていたからだ。
「……ねぇ、豪。 1つだけ教えてくれない?
正直に答えてくれるなら、豪の願いを叶えるから」
クソッ!
香帆の分際でふざけたことを言いやがって……だがまあいい。
答えたらいいんだろ?
「豪……私のことを愛してる?」
何を聞くかと思ったら……脳内メルヘン女らしい幼稚な質問だな。
「もっもひろんだ……こころからあいしへるへ? かほ(もっもちろんだ……心から愛してるぜ? 香帆)」
ほら、言ってやったぜ?
お前が俺の口から聞きたい言葉……何度も耳元でささやいたテンプレ構文だ。
チョロい香帆ならこれで言いなりになるはずだ。
「……嘘つき」
「へ?」
「さよなら……」
「おっおひ! かほ!!(おっおい! 香帆!!)」
香帆はいきなり俺に別れを告げて病室を飛び出していきやがった……。
何やってんだよあのバカ女……ちゃんと愛してるって言ってやったろ?
何考えてんだよ!?
ふざけんなっ!!
男と寝ることしか能がない頭空っぽ女を散々可愛がってやった俺への恩を忘れやがって……このクソ女!!
俺は香帆が戻って来ることを祈ったが……香帆が戻って来ることはなかった。
唯一の希望が消えたんだ……。
ちくしょう!!
なんでこうなるんだ?
俺は愛する栄子を想って真っ当に生きてきただけじゃねぇか……真人っていうクズから栄子を奪い返しただけじゃねぇか……そんな何の罪もないこの俺がどうしてこんな目に合わないといけないんだよ。
こんなの絶対間違ってるだろうが!!
-----------------------------------------
「お邪魔しまーす! 突撃なんでも配信団でーす!!」
地獄の底に堕ちた俺にさらなる仕打ちが待っていた。
なんでも、智樹の野郎があの倉庫での出来事を動画としてネットに流していたらしい。
動画内の俺の痴態を面白がった動画配信者共が俺の病室に入ってきては、インタビューと称して俺の無残な姿を面白おかしく動画サイトに流しやがる。
なんでも俺関連の動画が今、ネット上にあふれているらしく、ブームにまでなっているらしい。
しかも俺をモデルにコメディ映画やドラマまで製作されるという話も聞いた。
ふざけんなっ!!
どいつもこいつも俺の不幸を見て馬鹿笑いしやがって!!
いつから世界はこんなに腐りやがったんだ!?
いつから人間はこんなに狂ったんだ!?
あいつらには良心ってものがないのかよ!?
もうこんなクソな世界うんざりだ!!
-----------------------------------------
あれからどれだけ時間が経ったんだろう……。
気が付けば俺の体は歳を重ね……しわだらけのジジィになっていた。
1日中、天井を眺めるか寝るかのどちらかしかやることがない。
俺の記憶や時間はあの日から止まったまま……もう女の抱き方すら思い出せない。
病室に入って来るのは俺の世話をする看護婦だけ……。
見舞い来た人間なんて1人もいない。
この生き地獄に慣れちまったのか……もう恐怖すら感じない。
-----------------------------------------
老衰って奴なのか……なんかのやべぇ病気か……ここ最近、体が不調を訴えてくる。
機械やチューブを付けているのに呼吸がしづらい……頭もぼんやりして何もあまり考えることができない。
どうやら迎えも近いみたいだな。
ようやく終わる……ようやくこの生き地獄が終わるんだ……。
こんなに嬉しいことはない。
でもなんだ?……この表現できない気持ちは……。
俺はもうすぐこの世から旅立つ……でも、その旅立ちを見送ってくれる人はいない。
今まで大勢の人間の中心にいたこの俺が……誰にも何も思われず、孤独に旅立つ……。
俺……何しに生まれてきたんだ?
何がやりたくて生きてきたんだ?
俺は好きなように女を抱き……好きなようにうまいものを食べ……好きなように男から女を奪った……自分の欲望のまま生きてきた……ただそれだけだ。
別に人の道に外れるようなことは一切していないはずだ。
ただただ自由に生きただけ……。
そんな俺の結末がこれなのかよ……。
あぁ……だんだん視界が暗くなっていく……息苦しさも全く感じない。
もう……逝くんだな……。
はぁ……なんてつまんねぇエンディングだ。
旅立つ前にこれだけは言っておく……。
この世はクソだ。
【次は香帆視点です。 できれば今日中に書き終えたいと思ってます】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます