第26話 釘崎 真人⑦
栄子に連絡を入れてから2時間ほど経った……待ち合わせの場所に指定したのは小さな整備工場が所有していた倉庫。
工場自体はこの不景気でつぶれたらしく、数週間後には倉庫自体も取り壊されるらしい。
不動産屋の子供だけあって、長谷川はこう言ったリサーチが得意なようだ。
まあそんなことはどうだっていい。
「真人……」
倉庫の前で案山子のように待っていた俺の視界に栄子の姿が入ってきた。
少し前まであんなに愛おしく思っていた妻を目の前にして……俺は何も感じなかった。
「栄子……」
「どうしたの? こんな所に呼び出したりして……それで話って?」
「あぁ……その前に、飲み物でも飲まないか? 今日は熱いしさ……その辺の自販機で買ってくるから」
「そっそう? じゃあお願い」
俺は一旦その場から離れ、倉庫の中に隠していたクーラーボックスから2本のジュースを取り出した。
栄子はこのジュースが好きで、毎日のように飲んでいる。
片方はただのジュースだが……もう片方にはジュース以外にあるものが含まれている。
それは俺が病院からくすねた不眠症用の睡眠薬……しかも原液だ。
同じ睡眠薬でも……原液である分、錠剤よりも効果は強力だ。
危険を共わないように量を調整しているが、それでも半日はまともに動くことすらできないだろう……。
※※※
「お待たせ!」
少し時間を置いて、俺は栄子の元へと戻った。
「冷えている内に飲んでくれ」
「ありがとう……」
俺からジュースを受け取った栄子はすぐさま蓋を開けて一気にグビグビと中身を飲んでいった……。
もちろんそれは睡眠薬入りだ。
入っていない方の容器には区別を付けるために油性ペンで印を付けているから間違えることはなかった。
「あ……れ……」
ドサッ!!
案の定、栄子は深い眠りについた。
その場で倒れた際に頭を軽く打ったが、それでも目が覚めなかった。
混入させておいてなんだが、恐ろしい薬だな……。
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眠った栄子を倉庫に運び、そこで待っていた長谷川に合流した。
そこには長谷川が集ったと言うガラの悪そうな男達が何人もいた。
こいつらもあの托卵ゲームに参加していたらしく、そのことが世間に露見したことで不幸のどん底に沈んでいるらしい。
露見の原因となった西岡に復讐すると息巻いているが、俺には逆恨みにしか聞こえない。
西岡のせいで不幸に堕ちたと嘆いているが、自業自得としか思えない。
ゲーム感覚で他人の家庭を崩壊させておいて……罪悪感すら感じていないこいつらが人間とは思えなかった。
なんて……自分の妻を男達に強姦させようとしている俺にこいつらを批判する資格なんてないな。
そもそも露見したのは俺が友人に暴露記事を出してもらったのがきっかけだ。
単にそのことを知らないのか……俺には復讐するほどの価値がないと思われたのか……俺に対して憎しみを抱いている人間はいなかった。
まあ……逆恨みされたところで、今の俺は何も思わないけどな……。
※※※
「……!!!」
俺が裸にして床に放置していた栄子が目を覚ました。
手足を拘束して、猿ぐつわを噛ませているから逃げることもしゃべることもできないがな。
「!!!」
栄子はキョロキョロと周囲を見渡すも当然状況は飲み込めず、すがるような目で俺を見つめてきた。
もちろん助ける気はないし、今更会話をする気もない。
とはいえ、説明もなしに長谷川達のおもちゃにされるというのも少し気が引ける。
俺は栄子の夫として…彼女に最後の情けを掛けることにした。
「やあ栄子、よく眠れたか?」
「!!!」
「お前はこれからこの人達の慰み者になるんだ……嬉しいだろ?
大好きな男達に囲まれてたっぷりと楽しめるんだからさ」
「!!!」
「安心しろ……俺は参加する気はない。
お前のような汚い女を今更抱く気はないし、お前も俺が相手じゃ満足できないだろ?」
「!!!」
「喜べ……お前の愛しい西岡も、もうすぐここに来るってさ」
西岡と香帆もここに来る予定になっている。
まあ……あの2人は栄子と違って、逆恨み男達が拉致と言う形で連れてくるらしい。
俺が渡した睡眠薬を所持しているから、力づくで連れ出すよりは成功率は高いとは思う。
「!!!」
”助けて真人!” 栄子の潤う目がそう訴えかけていた。
少し前の俺なら……光輝の検査結果を知る前の俺だったら……自分の命に代えても栄子を守ろうとしていただろうな……でも今の俺には栄子にもう愛情はないし、助けたい気持ちもない。
そもそも栄子に情が残っているのなら……こんなところに呼び出したりしないし、長谷川のくだらない復讐に協力なんてしない。
「お前が助けを求める相手は俺じゃないだろ? お前の王子様は西岡なんだからさ……あいつに助けてもらえよ」
「!!!」
栄子の目から涙があふれ出ていたが、俺は無視して彼女に背中を見せた。
背後からフゴフゴと栄子が何か喚いていたけど……どうでもいい。
※※※
30分後……西岡と香帆が複数の男達に担がれてきた。
長谷川達の手によって西岡は下半身を露出された上、サンドバックのように吊るされ……香帆は全裸にされた後、彼女の色香に耐えきれなくなった男達の慰み者となっていた。
乱暴に扱われているにも関わらず、2人は起きる気配がない。
俺が渡した睡眠薬の効果だろうな……。
※※※
「……うっ!!」
「目が覚めたか?」
それからさらに10分後……西岡が目を覚ましたようだ。
俺は栄子を台車に乗せて長谷川の合図を待っていた。
長谷川が西岡にサプライズゲストとして紹介したいとか言っていたけど、よくわからない。
「俺は何もかも失った……地位も金もメイも……それも全て、お前が托卵ゲームなんてくだらねぇことを言い出したせいだ!
お前があんなゲームをやろうなんて言い出したせいで……お前のせいで俺の人生はめちゃくちゃだ!!」
「はぁ!? 寝言ほざいてんじゃねぇよ!! きっかけになったのはお前の托卵だろうが!!
ゲームだってノリノリで楽しんでたくせに責任転嫁してんじゃねぇよ!! カス!!」
口汚く罵っているが、西岡の言っていることはまあ正しい。
長谷川達の復讐は逆恨み……というよりも八つ当たりだ。
ほかにもごちゃごちゃと恨み節を吐き出す連中が出てくるが、正直言って聞くに堪えない妄言だ。
※※※
「さて……そろそろゲストを紹介するか。 連れてきてくれ」
長谷川の合図が来た。
俺は長谷川達の元へ、台車に乗せた栄子を届けに行く。
これから男達に妻を差し出そうとしているのに、なんだか発注品を運んでいるような冷淡な感覚だな。
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「なっなんでテメェが……つーか、栄子に何してんだ!」
「さあ……何をしてるんだろうな」
「はぁ!? 俺の栄子にふざけたことしやがって……ブチ殺されてぇのかテメェ!?」
西岡が殺気立っているが、俺は適当に聞き流して長谷川達に栄子を献上する。
待ちに待った瞬間に、男達は下半身を露出したまま栄子を取り囲んでいく……。
「……さっそくゲームを始めさせてもらう」
「やっやめろ!! このクズ共!! 汚ねぇ手で栄子に触るんじゃ……フゴフゴ!!」
「少し黙ってろ」
西岡は猿ぐつわを付けられ、発言権すら奪われた。
逆に栄子は猿ぐつわや拘束具を全て外されるが、欲情する男達に囲まれた彼女に逃げ場はない。
「いや……やめて……」
必死に抵抗する栄子だったが……細身の女1人で屈強な男達に力でかなうはずもなく……男達の為すがまま……男を受け入れる体勢を強要させられている。
こんな光景……そういう作品の中での話だと思っていたから、あまり実感が湧かないな。
「いやっ! 助けて真人!!」
「……」
俺に向かって助けを求めてくる栄子の必死な姿が視界に映ったが……俺の心は微塵も動かなかった。
助けたいとも思わなかった……可哀そうだとも思わなかった……ざまあみろとすら思わなかった……ただただ栄子が男達に汚されそうになっているのを無心で傍観しているだけ……。
あれだけ栄子に対して怒りや憎しみを抱いていたのに……この光景を望んでいたって言うのに……。
「おい香帆! どこにいる!?」
西岡は焦って香帆を探し始めた……俺はスマホで後ろで男達の慰み者になっている香帆を見せてやった。
「香帆ならお前の後ろで男達を慰めているよ」
長い時間男達に汚されていた香帆はさすがに目を覚ましたみたいだが、状況は栄子と同じだ。
そんな彼女に栄子を助けることなんかできる訳がない。
「いや……お願いやめて……やめてぇぇぇ!!」
栄子の叫び声が倉庫内に響き渡り……復讐という名の狂った宴が始まった。
※※※
栄子は次々と男達に汚され続けた……が、途中から栄子の体に不満を抱き始め、長谷川達は香帆で欲望を満たし、不要となった性を栄子の体に吐き出していく。
これじゃあ慰み者と言うより公衆トイレだな……。
「どっどうなってんだよ……」
そんな中……西岡の体に異変が起きた。
丸出しの下半身に熱がこもってきたらしい……その熱は時間が経つにつれ、どんどん高まって行く……。
「おい見ろよ! こいつ自分の女を寝取られて興奮してやがるぜ!?」
長谷川達が西岡の異変に笑いこけ始めた。
俺にはこの手の話がよくわからない……目の前で女性の裸体を見たから興奮しているのか?
この状況下でなんで?とは思うが、女好きな西岡故だからなのかもしれない。
だが下半身に絡まっている拘束具のせいで発散させることができないみたいだ。
男にしかわからない感覚だと思うが……自由に性を発散させられない状況なんて、想像するだけで恐ろしく思う。
※※※
「栄子はもう俺達のものだからな?」
「あぁ!! それでいい!!
だから早くこいつを外してくれ!!」
限界を迎えた西岡は栄子と引き換えに性の自由を欲した。
拘束を外した瞬間……。
「ありゃぼりゃべたとのりもともあただあぁぁぁ!」
訳のわからないこと言葉を叫びながら、西岡は放水機のように性を吐き出した。
出し切った後の西岡の顔はまるでひょっとこ……いやそれ以上に滑稽なものなのかもしれない。
長谷川達は爆笑しながらスマホで西岡の顔を写真に収め、ネットに上げて行った。
「ひぃ!!」
西岡に殴られそうになった長谷川はナイフを取り出した。
西岡はすかさずその場から逃げ出す……が。
キキーン!!
窓から道路に逃げ出そうとした瞬間、西岡は走ってきた車に轢かれてしまった。
「げぇ!? あの野郎轢かれやがったぞ!?」」
「マジか!? 死んだ系?」
長谷川達は血まみれで倒れている西岡の姿に動揺しているみたいだ。
「おい君! 大丈夫か!?」
車の運転手も西岡に駆け寄って呼びかけるが返事はない。
医者として見た所……西岡にはどうにか息はあったが、このまま放置すれば死ぬ可能性が高い。
運転手は救急車を呼ぶが、一番近い病院でも搬送に30分ほど掛かる。
そんなに時間が掛かったら、手遅れになる可能性が高い。
「!!!」
俺は何を思ったのか……自分の車に駆け出し、積んである医療器具を持って西岡の元へと急いだ。
「どいてください! 私は医者です!!」
俺は運転手に救急車を呼ばせ、持ってきた医療器具で西岡に応急処置を施し始めた。
はっきり言って、西岡を助ける義理はない……むしろ死ねとさえ思う。
だけど……目の前で死にかけている人間を見た瞬間、俺の中の何かが俺の体を突き動かした。
それは医師としての本能だったのか……簡単に死のうとしている西岡を許せないという黒い感情だったのか……俺にはわからない。
ただ1つ事実なのは……俺は俺が殺したいほど憎い男の命を救おうとしている……それだけだった……。
長谷川達はパニックになり栄子と香帆をおいて逃げていったみたいだ。
しばらくすると救急車が到着し、俺は西岡と一緒に病院へと向かった。
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結果だけ言うと、西岡はどうにか一命を取り留めることができた。
俺が施した応急処置が命運を分けたみたいだ。
「……!!!」
「目が覚めたようだな……」
治療が終わってから数時間後……西岡は病院のベッドで目を覚ました。
俺はベッドの脇で西岡が目を覚ますのを待っていた。
”ある事実を直接伝えるために”。
「おまへ……なんへ……ここはろこば!?(お前……なんで……ここはどこだ!?)」
「無駄な体力は使わない方がいい……お前はもうまともに話すことはできない」
「!!!」
「お前は車に引かれたんだ……どうにか一命は取り留めることはできたけど、頭を強く打ったことで脳に後遺症が残ったんだ」
「ほういしょう?(後遺症?)」
「全身麻痺……要するに、お前はもうこのベッドから起き上がることもできないし、呂律が麻痺してまともにしゃべることもできない。
これからの一生をこのベッドの上で過ごすことになるんだ」
「ふっふらへんな!!(ふっふざけんな!!)」
西岡は必死にベッドから起き上がろうとするが、指1本も動かない。
何か喚き散らしているが、呂律が上手く回らないせいで何を言っているかわからない。
生きるために必要な最低限の内臓は機能しているが、食事や水分補給は管を通して直接体の中に流すしかない……排泄も他人の手を使って処理する必要がある。
つまりは”生きる”と”考える”以外のことは何1つできない生き地獄をこの男はこれから味わうことになる。
こんなならいっそ死んだ方が楽なのかもしれない。
「ころひ……ころひへ……(殺し……殺して……)」
西岡もそう思い始めたみたいで、俺に殺してほしいと懇願してくる。
「悪いが医者として命を奪うことはできない。 せっかく拾った命だ……苦しんででも大切にしてもらうぞ?」
なんてもっともらしいことを口にしたけど、本音を言えばこいつを救う気がないだけだ。
この男は俺を……いや、俺以外にも多くの人たちを苦しめてきた……それなのに今になって救ってほしいなんて都合が良すぎる!!
俺はこの男を許さない……一生だ!!
これから天命を全うするまで苦しんだらいい。
もしかしたらこれは……神様が西岡に下した天罰だったのかもしれない。
いや……考えすぎか。
「安心しろ……お前だけ地獄を味わえなんて言わない。
俺もこれから警察に行って出頭する……一緒に地獄に堕ちよう」
「!!!」
理由はどうであれ、俺がやったことは犯罪だ。
睡眠薬を許可なく勝手に持ち出し、妻である栄子を長谷川達に強姦させたんだ……なのに償いもせずのうのうと暮らそうなんて思わない。
そんなことをすれば西岡と同類になる……それだけは嫌だ!!
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その後……俺は警察に出頭し、全てを話した。
何を思ったのかは知らないが…‥‥長谷川は西岡の写真だけでなく、倉庫内の出来事を隠しカメラでライブ中継までして、その映像もネットに流していた。
もちろんその場にいた全員の顔がバッチリ映っていたので、長谷川達は全員逮捕された。
当然俺も逮捕された……西岡はあの状態だから刑務所に送られることはないだろうけど……。
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栄子とはもちろん離婚する。
面会室にて離婚理由や光輝の親についても栄子の両親や父さんにも話した。
「娘が本当に申し訳ありませんでした……」
栄子の両親は涙ながらに俺に謝ってくれた……栄子にあんなことをした俺なんかに……。
逮捕された身だから慰謝料を取る気はなかったけど、栄子の両親から”けじめをつけさせてほしい”と父さんに多額の慰謝料を払うと言う。
「お願い……離婚したくないの……いつまでも待ってるから、許してください。 あなたを愛してるの」
面会の最中、栄子がそう俺に訴えてきた。
長谷川達に汚されたことで心がズタボロになっているらしい。
顔からも生気が失われていて幽霊みたいだ。
「無理だ……悪いけど俺はもう君を信用することができない。
二度と俺の前に現れないでほしい……お願いだ」
栄子が何を言おうとやり直す気はなかった。
それでもかなり食い下がってきたが、両親からの叱責もあってどうにか離婚という方針で進めることができた。
光輝については栄子の両親が育てるみたいだ。
後日談だが、光輝の父親は思った通り西岡だったみたいだ。
「大切な夫を裏切るような女に子供を育てる資格はない!!」
「これからの一生は、光輝に全て捧げなさい!!」
栄子はこれから光輝の養育費を支払うため、離婚後すぐに働きに出させるみたいだ。
西岡がああなった以上、栄子が頑張るしかない。
こんな良識もあってしっかりした両親から、どうしてこんな娘が生まれたのか理解に苦しむ。
香帆については良く知らない……あんなことがあったんだから、心を壊してふさぎ込んでいるのかもしれないな。
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そして後日……正式に俺と栄子は離婚することができた。
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それから俺は裁判に掛けられ、長谷川達もろとも有罪判決を受けた。
これから数年の時を刑務所の中で過ごすことになる。
言うまでもないが、医師免許もはく奪された。
犯罪を犯したのだから当然だ。
だからもう刑期を終えたとしても、俺に帰る場所はない……。
いや、帰る気なんてない……俺は復讐するために全てを捨て……自ら地獄に堕ちたんだ……後悔はない。
俺の人生はもう……終わったんだ……。
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