第11話 釘崎 真人①
俺の名前は釘崎 真人(くぎさき まさと)。
父は釘崎病院という少し名の知れた病院の院長。
その影響からか……俺は周りの大人達から貴族のように扱われることが多かった。
でもそれは父がすごいからであって、俺の功績じゃない。
みんな悪気がないのはわかってるけど、そういう特別扱いは好きじゃない。
だから対等に接してくれる同年代の子達とはとても仲良くできた。
普通にみんなと泥まみれになって遊び、みんなで知恵を集めて勉学に励んだ。
たくさんの友達の中で、僕が最も大切にしている友達がいる。
名前は佐山 琴美といって、俺の幼馴染み。
彼女は誰からも慕われるみんなの人気者だ。
その演技力と美貌によって、琴美は女優という夢を叶えた。
俺は子供の頃から彼女が大好きだった。
誰にでも優しく、誰にでも温かな微笑みを向けてくれる女神のような琴美。
俺は彼女の不思議な魅力に惹かれていった。
だが、彼女にこの想いを伝える勇気が出ず、何年も片思いが続いた。
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「琴美……ずっと前からお前のことが好きだったんだ。 もしよかったら、俺と結婚を前提に付き合ってくれないか?」
高校卒業を機に、俺は意を決して琴美に長年抑えてきた想いをぶつけた。
正直、断られると思っていた。
琴美は女優という立場から、スキャンダルに敏感になっている……特に男女の交際なんて恰好の獲物だ。
それに琴美自身の気持ちもある。
彼女に告白した男は大勢いる。
中には俺なんかよりもずっと容姿が良い人間もたくさんいた。
それでも琴美は断り続けていた。
彼女の理想が高いんだ……そう思っていた。
「……嬉しい。 私も真人以外の男なんて考えられない! どうかよろしくお願いします!」
「いや……こっちこそ!」
琴美のその一言で俺は理解した。
彼女も俺と同じ気持ちだったんだって……俺達は惹かれ合っていたんだって……。
俺達は引き寄せられえるように互いの体を抱きしめていた。
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互いの気持ちを認識した後の毎日は幸せだった。
今まで幼馴染として接してきた琴美を1人の女性として接することができる。
案の定、マスコミが嗅ぎつけてきたけど、俺達は堂々と結婚を前提とした交際をしていると宣言した。
琴美のファンがどんな反応をするか少し怖かったけど、みんな俺達を祝福してくれていた。
周囲の友達も俺の親も琴美の両親もみんな俺達のことを自分達のことのように喜んでくれた。
俺達は良い人達に巡り合えたんだって、改めて思ったよ。
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そしてプロポーズから2年後、俺達は結婚を発表した。
結婚式も高級ホテルで大々的に執り行われることになった。
参加者には俺達の親や友人はもちろん、有名人も大勢いた。
結婚式というよりは、上流階級の舞踏会っぽくなった。
別に俺は普通の結婚式で大丈夫だったんだけど、人気女優の琴美が相手なんだからそうもいかない。
発表した日は、みんなから”おめでとう”と祝福の声が鳴りやまなかったな。
「琴美……幸せになろうね」
「えぇ……もちろんよ」
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それからの毎日は俺の人生で最も輝いていた日々だと思う。
明日を迎えるのがこんなにわくわくするなんて思わなかった。
そんな時でも琴美は女優として舞台に立ち続け、世間の注目を集めている。
……とはいっても、俺自身は何もしていない訳じゃない、
俺は子供の頃から父のような医者になる夢を抱いていた。
今はその夢に向かって勉学に勤しんでいる。
琴美と会う機会は減ったけど、彼女も応援してくれている。
だから俺は頑張れるんだ!
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ところが、結婚発表からしばらくして琴美の様子が少しおかしく見え始めた。
俺はよく、互いの近況を言い合おうと琴美に電話を掛けるのだが……
『もっもしもし……真人?』
「琴美? どうしたんだ?元気がないみたいだけど……」
『そんなことないよ……ちょっと疲れているだけ……』
最初、電話口から聞こえる声は琴美とは思えないほど暗く覇気のないもの。
その後すぐいつもの調子に戻って会話を楽しむからそこまで気にはならなかった。
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「琴美、大丈夫? なんだか顔色が悪いよ?」
「ううん……大丈夫だよ?」
結婚式まであと少しとなったある日、俺達はお気に入りのレストランで食事を楽しんでいた。
久しぶり会った琴美の顔は仕事で疲れているのか、とてもやつれているように見えた。
持っていたスプーンを落としたり、料理を食べようとしたらそれを落としてしまったりと、マナーをしっかり守る琴美らしくないミスが、俺の目に何度も映った。
「具合が悪いならもう帰るかい? 俺、車で送るからさ……」
「ううん、だいじょう……」
ピリリリ……、
俺達の会話を遮るように、琴美の携帯が鳴った。
画面を見た瞬間、お化けでも見たように琴美の顔が真っ青になった。
「どうしたの?」
「……ううん、なんでもない。 マネージャーからだからちょっとごめんね?」
琴美はそう言って席を外して行き、しばらくすると俺の携帯に彼女からのメールが届いた。
『ごめんなさい。 急な仕事が入ったから帰ります。 本当にごめんなさい』
「仕事なら仕方ないか……」
そう自分には言い聞かせるが、どこか胸の内に痛いものを感じた。
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食事会からしばらく経った……その日は嵐のような雨が降り、外出もままならかった。
ピンポーン……
そんな日に、鳴るはずがないインターホンが鳴ったのには驚いた。
その来訪者がずぶぬれになった琴美なんだからさらに心臓が飛び出すかと思った。
インターホン越しに見た彼女の風貌はまるでホラー映画に出てくる魂のない幽霊のようだ。
「はい……琴美? どうしたの!?」
『急に訪ねてしまってごめんなさい。 どうしても話したいことがあるの』
「わかった。 とにかく中に入って」
俺はとにかく琴美を部屋の中に入れることにした。
そのまま放置しておけば風邪を引くからな。
「さあ、早く上がって」
俺はずぶぬれになった琴美を部屋に招き入れ、ずぶぬれの彼女のケアに専念した。
「ごっごめんなさい……」
※※※
しばらく俺の部屋で体を温めていると、琴美が顔を手で覆って涙を流した。
泣き止んで気持ちをすっきりさせてから訳を聞くと、琴美の口から信じられない話が飛び出してきた。
なんでも、西岡という男に強姦され、それをネタに何度もゆすられて体を提供してしまっていたらしい。
さらに琴美のお腹にはその男との子供がいるという。
俺は目の前が真っ白になった……琴美が?
琴美が他の男と体を重ねて妊娠した?
脅されたんだから仕方ないとは思うけど、それでもなんで今まで俺に隠してきたんだ?
両親には言いづらいことかもしれない……世間体があるから警察沙汰にもできなかったのかもしれない……。
でも俺達は将来を約束した仲なんだ。
琴美の異変に気付かなかった俺にも悪い所はある。
だけど……もっと早く俺に相談してくれたら、この最悪の状況を回避できたかもしれない。
俺達は愛し合っているのに……そんなに俺が信用できなかったのか?……そんなに俺が頼りなかったのか?
なんでこのタイミングなんだ?
俺の中に渦巻くどうしようもない感情を言葉にはできなかった。
これ以上、琴美を苦しめたくなかったからだ。
……いや、もしかしたらどこかで
「琴美がずっと苦しんでいたのに……俺、何もしてやれなかった……ごめん」
「あっ謝らないで! 真人は何も悪くないから……」
「俺に何ができるかわからないけど……できる限り力になるよ。 だからもう土下座なんてしないでくれ」
「真人……ありがとう」
俺は琴美の心を救うべく、彼女をしっかりと抱きしめた。
こんなことしかできない自分がなさけなく思うけど、今は琴美の心を癒すのが先決だ。
「ほら……ミルクでも飲んで落ち着いて」
俺はホットミルクを琴美に手渡す。
体は外と内から温めないといけないからな。
「あっありがとう……」
ガチャーン!!
その時何が起きたのかわからなかった。
ホットミルクを渡した際に触れた琴美の手がとても汚らわしく思ってしまった。
その気持ちが無意識に琴美を拒絶してしまったんだ……。
「あ……あぁぁぁぁぁぁ!!」
「琴美っ!!」
琴美は発狂して外に飛び出してしまった。
必死に後を追いかけたけど、嵐のような雨と風に視界を奪われ、琴美を見失ってしまった。
俺は急いで警察に電話し、琴美の捜索を依頼した。
俺も警察と一緒に琴美を探し回ったけど、結局見つからなかった。
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数日後、琴美が遺体となって発見された。
死因は溺死らしく、橋から川に落ちたらしい。
俺は急いで警察に駆けつけた。。
信じたくなかった……信じられる訳がない。
琴美が死ぬなんて……ありえない!!
「琴美……」
警察に案内された部屋に行くと、そこにはベッドの上で手を合わせて横たわる琴美の姿があった。
「琴美……目を……目を開けてくれよ……」
俺は何度も琴美をゆさぶって声を掛けるが、琴美は一切反応しない。
死んでいるのだから当たり前だろう……でも俺は認めたくなかった。
こんな残酷な現実なんか……・
「琴美ぃぃぃ!!」
俺はその場で泣き崩れた。
あの時俺が琴美を拒絶しなければ、こんなことにならなかったんだ!!
俺が琴美を殺したんだ……最後に俺を頼ろうとした彼女を……。
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そこから先はよく覚えてない。
琴美の葬式を済ませた後、俺はずっと部屋で引きこもるようになった。
父や友人たちが何度も訪ねて来たけど、俺の心は少しも癒されなかった。
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そんな俺に救いの手を差し伸べてきたのは、琴美の妹である香帆ちゃんだった。
「あたしも、大好きだった姉が死んだなんていまだに信じられません。
でも……後悔しても仕方ありません」
香帆ちゃんは家族との仲が良くないって琴美から聞いていたけどやっぱり姉妹なんだな。
姉の死を悲しまない妹なんているわけないんだ。
香帆ちゃんだって琴美の死を心から悲しんでいるのに、俺なんかを慰めようとしてくれている。
同じ両親から生まれた姉妹である分、香帆ちゃんの方が傷ついているはずなのにさ……。
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香帆ちゃんはそれから何度も俺の元に訪ね、俺のことを慰め続けてくれた。
彼女の温かな言葉に俺は少しずつ心を開き始めた。
「真人さん、待たせてすみません!」
「別に待ってないよ。 それより早く行こう」
俺は香帆ちゃんに誘われて外に出ることが増えた。
最初はあまり乗り気じゃなかったけど、香帆ちゃんがリードしてくれるおかげでその抵抗感もなくなっていった。
そして……リハビリを兼ねた外出はいつのまにかデートへと変貌していった。
琴美に申し訳なく思う気持ちと香帆ちゃんとの触れ合いを喜んでいる気持ちは半々だった。
「真人さん……あたし、真人さんのことが好きなんです!
真人さんさえよかったら、あたしをずっとそばに置いてください!」
「香帆ちゃん……」
あるデートの夜、俺は香帆ちゃんから逆プロポーズを受けた。
琴美のことは今でも想っている。
でも香帆ちゃんのことを大切にしたい気持ちもある。
浮ついた気持ちだと思われるけど、俺が香帆ちゃんともう一度人生を歩みたいと思った。
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琴美の死から数年後……俺は彼女と挙げるはずだった結婚式を香帆と挙げた。
琴美のファンからは”妹に乗り換えた浮気野郎”と罵られたが、それは当然の反応だと受け入れた。
だけど、友人達は俺と香帆のことを祝福してくれた。
父も俺達の結婚を認めてくれた。
香帆の両親は香帆にだけお祝いを言って帰ったと彼女から聞いた。
まあ家族の仲は少しずつ修復していけばいいさ。
「香帆……幸せになろうね?」
「もちろんよ、”真人”!」
琴美……幸せにできなくてごめん。
助けてあげられなくてごめん。
俺は君の分まで香帆を愛し続けるよ!
だから琴美……どうか天国から俺達を見守っていてくれ。
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結婚してから3年後……。
「香帆……よく頑張ったな……ありがとう……」
俺は病室で小さな命をこの胸で抱いていた。
俺と香帆……2人の息子だ。
ベッドには命がけで戦った香帆が眠っている。
俺は夫となり……父親となった。
嬉しくて涙が枯れるまで泣き続けた。
香帆にも感謝してもしきれないよ……。
でも泣いてばかりはいられない。
これから俺は夫として……父として……この命を愛する家族のために捧げなければいけないんだ。
「そうだ……香帆が起きたら教えてあげないとな」
息子の名前は俺につけてほしいと香帆に頼まれていた。
何日も考え続け、俺は息子の名前を決めた。
「お前の名前は優(ゆう)……優だ」
誰にでも優しくなれる人になってほしいと願いを込めて名付けた名だ。
優……これから3人で幸せになろうな。
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