025:復活する系モンスターの倒し方


 夕暮れ時。倉庫の周囲は先程と打って変わって静まり返っていた。ギルドの近所だというのに人っ子ひとりいない。

 認識阻害の魔法によって人払いでもされたのだろうか。俺とココン以外の通行人は、倉庫を明らかに無視するように動いていた。


「……助けは来ないと思った方がいいな」


 魔力操作が苦手な一般人は、モロに認識阻害を食らっているように思える。彼らのような人達は、倉庫に近い俺達には気付けないと考えた方が良いだろう。

 俺とココンは顔を見合せ、あまりにも静かな倉庫のドアノブに手をかけた。

 ――何故か開かない。鍵をかけられている。


「ボクが無理矢理開けるからどいて!」


 鋭い言葉と共に、ロングソードを持ったココンが扉を薙ぎ払った。バラバラに崩れ落ちていく扉。倉庫の中には職員が数名倒れている。

 遅かった。職員は気絶しているだけだが、ディーヴァが来たのは確定だな。


「――【炎の息吹エンチャント】」


 自分の剣とココンの剣をエンチャントして、俺達はその炎を頼りに倉庫の中を探索し始めた。

 既に陽は沈みかかっており、倉庫の中は暗闇に覆われている。暗黒に紛れてディーヴァが襲ってくるかもしれない以上、火を灯さない選択は取りにくかった。


「……やっぱりね。檻がぶち壊されてるよ」

「ディーヴァめ、脆い素材の檻を用意してやがったのか」


 倉庫内の探索を進めていると、大きくひしゃげて壊された檻を発見した。強烈な力によって歪んでいたが、標準的な檻はもっと丈夫に作られているはず。

 ……ワイトが拉致された時から、いつか俺がボロを出すと踏んで檻を用意していたのだろう。そうしてワイトの存在が公になった時、ディーヴァが場所や檻を用意して脱走させる……なるほど、良くできた作戦じゃねぇか。


「ココン、そっちはどうだ」

「……いない」

「くそっ、逃げられたか?」


 這いずるように周囲を探して回るが、ディーヴァの姿はおろか、ワイトやスコーピオン君の姿さえ見当たらない。

 もし転送魔法が魔法陣などの制約もなしに使えるんだったら、使い勝手が良すぎてバグのレベルだ。どこかに隠れていると信じたい……。


「お、あった」

「マジか」


 ココンが干し草のような塊をどかしたところ、地下に続く階段を発見する。もしかしたら地下に魔法陣が隠されているのかも。

 そう思って地下に特攻すると、今まさに魔法を唱えている最中のワイト達と目が合った。


『あっ』

「うお、普通にいるのかよ!」

『スコーピオン君、ドッペルゲンガーさん! 私を守ってください!』

『任せてください!』

「お任せを、ワイトさん」


 即興で作られたのか、地下室の床にはチョークで描かれた歪な幾何学模様があった。

 地下室の中央で魔法を念じるワイトと、全ての腕に刀剣を持ったスコーピオン君。それと、「ドッペルゲンガー」と呼ばれた冒険者のディーヴァ。全員がこちらを向いて臨戦態勢となる。


「ドッペルゲンガー……聞いたことがあるぜ。テメー、いつの間にか本物のディーヴァと入れ替わってたんだな……」

「ノクティスさん、どういうこと?」

「アレは人を殺してアンデッドだ。本物のディーヴァは、ソロでクエストを受けてる時に殺されたんだろう……」


 ドッペルゲンガー……ピピンとデュラハン部隊の内部構成について議論していた時に話題に出たBランクモンスターだ。その他にも時々噂に上がることがあるモンスターだが、その性質から目撃情報は非常に少なかった。

 性能が諜報活動向きなので、確実に魔王軍の諜報部隊に絡んでいるとは思っていたが……これで辻褄が合ったぜ。


「ココン! 気をつけろよ、コイツら強ぇぞ!」

「分かってる!」


 閉所で火炎放射器は使えない。転移魔法の詠唱を止めて戦闘体勢に入ったワイトもまた、広範囲に及ぶ魔法は撃てないだろう。この地下室でワイトは敵じゃねぇ。

 注視すべきはスコーピオン君とドッペルゲンガーだな。スコーピオン君はもちろん、ドッペルゲンガーもAランク冒険者2人を重傷に追い込める能力を有しているのだから。


「――【滅炎ファイア】!」

「――【澎湃ヴィグルス】」


 俺とドッペルゲンガーの魔法攻撃が戦闘開始の合図だった。俺の拳から飛び出した炎がスコーピオン君の剣に弾かれ、ドッペルゲンガーが放った水の壁はココンに切り捨てられ――魔法では決着が付かないと悟った俺達は、自然と肉弾戦へと移っていく。

 ワイトは攻撃の魔法を詠唱して完成させていたが、絡み合って戦う仲間に当ててしまうことが心配で右往左往していた。


『はわわ……スコーピオン君、ドッペルゲンガーさん、頑張って! 私は転移魔法をもう一度唱えておきますから!』


 戦闘に参加できないと悟ったワイトは、手のひらの上の魔法を握り潰して、転移魔法用の魔法陣に向き直る。

 転移魔法の詠唱を阻止しようと身体を乗り出すも、俺はスコーピオン君に、ココンはディーヴァに防がれてしまう。


「ぐっ……」

「ノクティスさん、まずはコイツら倒さないと!」

「あぁ……!」


 スコーピオン君はともかく、ドッペルゲンガーについては知らないこと多すぎる。ワイトに諜報部やアンデッド部隊のメンバーのことをもっと喋ってもらうんだった。

 ……「ヴァンパイア部長」なるモンスターがいると気付いていたことで、内情を知った気になっていたのかもしれない。


「ココン、ドッペルゲンガーは首を刎ねても安心できねぇぞ」

「今ひしひしと感じてる! 腕切り落としてもじゃんじゃん再生してくるもん!」


 スコーピオン君の6刀流を盾で捌きながら、俺はドッペルゲンガーの突破口を探り始める。

 デュラハンが特別強かっただけで、もはやスコーピオン君は俺の敵ではなかった。


『後ろを気にする余裕があるとは、舐められたものだな……!』

「ギャハハ! 愛しのワイトさんに格好いい所を見せたくて堪らないのかなボウヤ?」

『ぬ――ぬかせ!!』


 俺とスコーピオン君の戦闘は完全に俺のペースだ。安い挑発に乗ってくれるバカで助かったぜぇ。

 魔王軍幹部のデュラハンが強すぎただけなのかもしれない。幹部はダテじゃなかったんだな。


 俺は盾を構えて敵の懐に突っ込むと、そのまま薙ぎ払ってスコーピオン君を吹き飛ばした。


『ぬはぁ!?』

「テメーは寝てな」


 スコーピオン君の体躯は俺の2倍以上。だが、フィジカルと6刀流でゴリ押そうとするだけで何の迫力もないぜ。

 ピピンに言わせるなら、そうだな……。


「テメーの行動、俺のデータ通りだったぜ」


 ――ってところだな。

 長年冒険者やってんだ、テメーみたいなフィジカル系のモンスターなんて腐るほど相手にしてるんだよ。


『く……そ……』

『ス……スコーピオン君っ!』


 盾で思いっきり吹き飛ばした結果、スコーピオン君はいとも容易く気絶してしまった。ワイトが叫んでいるのを無視して、俺はディーヴァと戦うココンの隣に立つ。


「スコーピオン君は倒したぞ、こっちの状況は?」

「首を1回切り落としたんだけど、それでもダメ。どういう復活のタイプか分かんないや」


 ディーヴァは既に細やかな肉塊に変えられていた。しかし、すぐに肉塊同士が集結してディーヴァの形を作っていく。

 なるほど、完全な復活系のモンスターだな。


「私は無敵だ! 何度倒そうと復活してやる!」


 ――身体が復活するモンスターには様々なタイプがある。


 まず、肉体の中に核があって、それを壊さないと無限に再生するタイプ。これは全体攻撃で核を壊せば良いので大した問題ではない。


 次に、細胞ひとつひとつから完全に復活するタイプ。

 こういう系への回答は、細胞の一片すら残さないほど焼き尽くすこと。もしくは氷漬けにして粉々に砕くこと。その他諸々。実はこのタイプに対しても、先人の知恵によって対処法が確立されているのだ。


 もう1つのタイプは、魔力依存で動く自動型の人形のような――本体が別の場所にいるタイプ。これは本体を叩かないと稼働し続けるため厄介極まりない。

 ただ、ドッペルゲンガーはこのタイプでは無いように見える。


 ――ならば答えはひとつ。

 最後の1タイプでないならば、俺の火炎放射器で焼き尽くして解決ではないか。

 でも死にたくないからそれは無理だな。アレは縦横無尽に広がるから、この地下室じゃ自滅行為に等しい。


 俺の火属性魔法は面の制圧力に欠けるし、どうしたものか。

 ディーヴァの攻撃を盾でいなしながら、俺は敵の身体を削ぎ続けるココンに話しかけてみる。


「おいココン! オメー何属性魔法の使い手だっけ!?」

「今この場面で質問!? 土属性だけど……!」

「ギャハハ! 使えねぇな! じゃあドッペルゲンガー倒せねぇじゃねえか!」

「酷い!?」


 ドッペルゲンガーをサイコロステーキのように変えても、2秒もすれば元通り。コアがあるにしても滅茶苦茶小さそうだし、面の攻撃をしたいんだがな……。


「クハハハハ! どうだ! 私はむてッちょッ――」


 ココンの剣技で喋る間もなく細切れにされるディーヴァ。

 ワイトはアワアワしたまま何もしてこねぇし、スコーピオン君は完全に伸びちまってるし……こっちが圧倒的に有利なのに、ドッペルゲンガーがしつこすぎて勝ち切れないと言った状況である。


 ココンは何分剣を振るい続けたのだろう。

 ココンがディーヴァを細かい肉塊にしたかと思えば、数秒後に「私は無敵だ」と言いながらディーヴァが復活する――というループが長いこと続いていた。


 その間俺はず〜〜っと暇だ。

 ココンが強すぎて、復活してくるディーヴァが攻撃する隙が一切存在しないのである。そのため盾を構えているだけの俺は、最前線でココン様の絶技もとい剣技を鑑賞するだけの見物人と化している。


 時々ワイトを視線で牽制して、頭の中でディーヴァの攻略法を考え続けてみるものの……一向に良いアイデアが浮かんでこない。

 こうなったらヤケクソだ。ディーヴァだったものを踏み潰して憂さ晴らしをした俺は、ココンに向かってとある提案を持ちかけてみることにした。


「……良いこと思いついた」

「やっとか……ボクもう腕疲れちゃってるけど、行けそうなアイデアなの?」

「おう。この作戦なら絶対ェ勝てるぜ」

「おおっ」

「簡単なことさ」


 俺は復活し始めたディーヴァに向かってロングソードを振るい、再び肉塊へと変えてみせる。

 そのままゆっくりと振り向いて、俺はニチャァとモヒカンスマイルを見せつけた。


「――ディーヴァの心が折れるまで殺し続けりゃいいんだよ」


 ――そう。復活し続けるなら、殺せば良い。

 死を避けるための進化を逆手に取り、擬似的な死を与え続けてやるのだ。ドッペルゲンガーに知能があるからこそできる芸当。いくら生き返るとはいえ、死に続けるのはさぞ辛いことだろうよ。


「ノクティスさんって天才?」

「ギャハハ! よく言われるよ。どうだ、『復活する』んじゃなくて『何回殺しても良い』って考えたら気が楽じゃねぇか?」

「賢すぎるよノクティスさん! そう考えたらドッペルゲンガーって結構じゃない?」

「ああ、ホントだぜ。なんせ……どんな殺し方をしても復活するんだからな」

「ふふっ、いいねそれ天才」


 この作戦に同調してくれたココンだったが、気のせいか顔色が良くなっているように見えた。


「おい、復活し始めたぞ」

「これもう1回殺していいの?」

「おかわりもいいぞ!」

「えへ、えへ」


 そして――この会話を死にながら聞いていたであろうディーヴァは、絶望的な表情をしながら復活し始めるのだった。


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