016:汚物の消毒は大事
カミナが古塔で暮らしていた頃、唯一犯した罪がある。
それは、村の馬を盗んで結果的に殺してしまったことだ。結局石化した馬は元に戻らず、どうすることもできなかった。
ちなみにどうやって南京錠を解錠したのか聞いたところ、ミミズを鍵穴にぶち込んだ後に石化させ、即席の鍵として使用したらしい。
……まぁそれは置いといて、カミナには罪を償う責任があるというもの。これから普通の暮らしをしたいのなら尚更だ。
直接例の村に謝りに行ったら正体がバレてしまうから、どうやって罪を清算しようか考えたところ――
お金を稼いで馬を買おう、と本人が提案してきたのであった。
一般的に馬1頭を購入するのにかかる値段は、村人の月収数ヶ月分とされる。そのため、馬や牛などは村の共有財産として扱われる貴重な動物なのだ。
荷馬ならまだしも、軍馬となれば更に値段は跳ね上がる。最近は魔法技術によって馬に頼ることは少なくなってきたが、それでも田舎や地方なら馬はまだまだ現役だ。
その馬を買いたいとなったら、カミナのような少女に与えられた道は数少ない。リスク覚悟で手っ取り早く稼ぐか、地道に時間をかけて稼ぐかの二つに一つ。
俺が費用をポンと出すこともできるが、それじゃ禊にはならないからな。文化的な暮らしに順応するためにも、お金を稼ぐ苦労というものを知ってもらわなければ困るのだ。
そして、自らお金を稼いで馬を買うと提案した彼女は――予想通り、冒険者になりたいと言ってきたのである。
俺がカミナの保証人になれば、即座に冒険者になることは難しくない。ただ、半端な気持ちで「副業として冒険者やります!」みたいなのはオススメしないぜ。
何せ、モンスターに負けないため身体作り、武器に応じた鍛錬、魔法技術の習得、書類の書き方の習得、試験や資格のための勉強、カミナに関しては文字の習得までが必要になるんだからな。副業とするには割に合わなさすぎる。
ガバガバだった昔なら、森から採ってきた薬草で小銭稼ぎ……みたいな主婦もいたなぁ。そういうプチブームが起きたせいで、絶滅危機に陥った野草もあったくらいだ。
「何だテメー、冒険者になりてぇのか」
「はい! いつまでもノクトさんの足を引っ張るわけにはいかないので!」
「そいつぁ出来た心構えだな」
冒険者は甘くないと思いつつ、戸籍のないカミナが働くには冒険者になるしかないと薄々感じていた。俺の後ろ盾があれば何とでもなるという身も蓋もない理由がひとつ、もうひとつの理由としてはカミナの蛇の髪がバレるとハチャメチャにまずいからだ。
仮にカミナがメドゥーサだったとバレたら、俺の立場も危うくなるだろう。そういうわけで、コイツの髪のことがバレないよう付きっきりになるのが正しいムーブだと考えたのである。
「善は急げって言うし、早速登録しに行くか」
「そんなに急に!?」
「めんどくせぇ手続きがあんだよ。勢いで終わらせた方が幸せなこともある」
穀潰しになるようだったら、カミナをこの家から追い出していただろう。俺は彼女の髪を縛って帽子を被らせると、いつもの装備をしてギルドへと向かった。
ギルドに到着すると、すっかりエクシアの街に馴染んだ
「お、兄貴とカミナさんじゃないですか!」
「2人揃ってどうしたのぉ? アハ、まさかカミナさんを冒険者にしたいとか?」
「おう、そのまさかだ」
「なにっ」
「クヒヒ。物好きですねぇ兄貴」
「ギャハハ! おいテメーらついてこい! 新人に指導“キメ”るぞォ!」
「ウス!」
俺はカミナに加えて4人を引き連れて受付嬢の前にやってくる。いつも俺の相手をしてくれる受付嬢のクレアさんがいなかったので、そこら辺にいた受付嬢を呼びつけた。
「おい、そこの受付嬢。ちょっといいか」
「はっ、はいぃ!」
見ない顔の受付嬢だな。新米だろうか。
お、よく見たら「研修中」の札つけてるじゃねえか。
ってことはアレか? 魔王軍幹部討伐の朗報を聞いて入ってきた新入社員? そこら辺は知らねぇけど、活きの良さそうな女だな。えぇ? ギルドが活気付いてきて嬉しいなぁ!
俺はカミナの肩に腕を回しながら、大連合の4人で囲むようにして新米受付嬢に事情を話す。
「受付嬢さん。この子カミナって言うんだけどさぁ……この俺が保証人になるってことで、ここはひとつ、新人冒険者の手続きをしてくれねぇかな?」
「は、はひ! 少々お待ちくだしゃい……」
受付嬢はカウンター奥に引っ込むと、ベテランの受付嬢を呼んできて一緒に対応してくれた。
分かる分かる、最初は何でも緊張するよな。でも大丈夫。俺達はそういうのも含めて全部分かってっからよぉ。
俺達5人は微笑みを浮かべながら新米受付嬢の様子を見守る。
……でも、俺達が爽やかスマイルをやり始めると同時に、新米ちゃんの表情に泣きが入ったのは気のせいだろうか。体調でも悪くなったのかな?
「こ、こちらの空欄にご記入ください……」
「ギャハハ! 助かるぜぇ!」
カミナはまだ文字の読み書きができない。俺が彼女の代わりに色々と書いていると、新米受付嬢がおずおずと話しかけてくる。
「あ、あの……大変失礼ではあるのですが……」
「ん?」
「そちらの方はカミナさんでよろしかったですね? 詐欺で騙されてはいませんか?」
コイツ俺のこと知らねぇのかよ!
しょうがねぇ奴だな!
「詐欺の心配はいりませんよ。こちらの方が全て良いようにしてくれるので」
おいカミナ、その言い方は更に怪しいだろ!
ぎょっとしてカウンター奥に引っこもうとする新米受付嬢と、それを止めるベテラン受付嬢。ベテランさんは新米ちゃんに対して、俺がAランク冒険者だってことを慌てて教えてたぜ。新米ちゃんは俺のことを知らなかったから、詐欺だと確信して通報しようとしたんだろうか。
「あんだよネェちゃん。俺のこと知らなかったの?」
「は、はひ! 普通に反社会的勢力かと思いました!」
「こっちこそ名乗らなかったのが悪いから、気にすんなよ! デュラハン倒して舞い上がっちまってたわ! ギャハハ!」
俺のことを普通にならずものだと思っていたらしい新米受付嬢は、速攻で謝罪してくれた。どうやら「デュラハンを討伐したノクティス・タッチストーン」のことをもっとイケメンだと想像していたんだとか。モヒカンで悪かったな。
その後何やかんやあって、カミナを冒険者登録することができた。
それと同時に冒険者ギルドから発行される身分証明書をゲット。色々すっ飛ばしたものの、これでカミナはDランク冒険者だ。ひとまずの目標は馬購入の資金を稼ぐことだけど、将来のために魔法や勉強もしておかないとな。
「申請だけで午前が終わっちまったけど、午後クエストに行く元気はあるか?」
「はい! 何がいいですかね?」
「何でもいいぞ。……いや、初日だから簡単な納品クエストにしようか。簡単なものからこなして慣れていこう」
「兄貴、アレやらないんですか。モンスターの“
「クヒヒ……癖になってんだ。新人の解体作業見守るの。見てみたいなァ」
「初日からモンスターぶっ殺して解体作業はハードすぎるだろ」
というわけで俺達は森に出かけ、山菜やキノコを採って帰路に着いた。
途中で虫系のモンスターを見つけてカミナにやらせるか色々と迷ったが、カミナはそもそも剣すらまともに振ることができない非力な少女。俺達がちゃんと殺して解体しておいた。
「この虫の外骨格、結構良い鎧になるんだぜ」
「いやぁ……キツいです」
「キツいも何も、冒険者になるってのはそういうことだ」
改めて、冒険者ってキツい職業だぜ。基本的に肉体労働でキツいし、臭いし汚いし。稼ぎは良いけど、勉強が必要だし自分磨きもしなくちゃいけないから割と意識高い系の分類だよな。
「ノクトさぁん、足が疲れました〜……」
「これも鍛えるためですよカミナさん。バイクは使いませんからね」
「本当に辛い時のための備えっス」
「アハ! 自分の身体しか頼れなくなった時、貧弱だったら困るでしょ?」
「それはそうですけど……」
「クヒヒ……カミナさんは冒険者になって日が浅いから分からねぇと思いますが、そのうち分かってきますよ。本当に追い詰められた時、頼れるのは仲間と己の身体だけ……ってね」
今のカミナの貧弱っぷりは、ナイフを振るだけで手にマメが出来てしまうくらいだ。しばらくは納品クエスト兼体力作りに勤しむべきだろう。
メドゥーサだったってことで戦闘には長けていそうなものだが、そういえば手刀一発で気絶したことを忘れてたぜ。カミナはカミナだもんな、うん。
結局、今日稼いだ金額は馬1頭を購入するのに全く足りない金額――細かく言うなら100分の1程度にも満たない金額であった。
しかしカミナはクエスト報酬金を握り締めながら、「これからも頑張ります」と頼もしい宣言をしてくれた。道のりがまだまだ長いことは明らかなのに、むしろ燃えているようにも見える。これで諦めるようなヤツだったら軽く見損なってただろうが、どうやらカミナは気持ちのいい性格をしてるようだ。
「そういや兄貴。技術屋に依頼したデュラハン素材の“例のアレ”、もう完成したんスか?」
「おう。今日ついでに取りに行くつもりだぜ」
「マジすか! 超楽しみっス!」
「ノクトさん、例のアレって何ですか? 武器か防具ですか?」
「おう、オーダーメイドの武器だ。折角貴重な素材を使うんだから奮発しちまったぜ」
ギルドに返って報告精算を終えた後、俺達はその足でとある施設に向かった。
武器防具の鍛冶だけでは稼げなくなった職人が、己の生活を賭けて一念発起した結果生まれた魔法技術研究開発施設である。主な業務は冒険者の依頼に合わせた装備を作ることで、俺のバイクや装備もここで製造してもらった。
値段は割高でも、非常に満足度の高い武器防具または道具を作ってくれるということで、顧客満足度はこの街でもナンバーワンと言っていいだろう。このレビューは参考になりましたか?
「お〜いジジイ、ノクティス様が来たぞ! 例のアレ、完成したんだろ? 見せてくれよ!」
「よく来たなモヒカン野郎。今までにねぇ素材が来たもんだから、テンション上がって色々とアレンジ加えちまったぜ」
「俺の指示が反映されてりゃ構わねぇよ」
「ガハハ! 流石は我が社イチバンの太客だ。こっちに完成品がある、案内するぜ」
今回依頼したのは、「デュラハンの素材を使った魔法武器」の製造。闇属性魔法は使えないんで、どうにか火属性魔法を内包した逸品に仕上げて欲しくてここに頼んだ。
ジジイに案内された部屋に向かうと、そこには大型の銃砲が沈黙していた。
「こ……これが……敵を殲滅することだけを目的として開発された究極の武器」
「すげぇ……何だこれ、データに無ぇ形してますよ」
「アハ! 凄いオモチャ!」
「……クヒヒ。どんな音を出すのかなぁ」
「ノクトさん、何ですかコレ」
「カミナ……これはデュラハンの特性を利用した火属性魔法噴射機――つまり火炎放射器だ」
「ふぇ?」
Sランク冒険者ってのは、本気のデュラハンと真正面からやり合えるくらいのバケモンじゃないと務まらねぇ。いずれは俺もそういう冒険者になりたいと思っているが、デュラハンの素材をそのとっかかりにさせてもらうことにしたのだ。
――火炎放射器。何故だろう。細かいことは置いといて、俺達モヒカンはこれが無いとダメな気がしていた。それと同時に、これさえあれば俺はSランク冒険者になれるかもしれない――そんなトキメキを感じていた。
デュラハンの闇属性魔法を利用して俺から魔力を吸い上げ、トリガーを引くことによって爆炎を噴射する特別性の火炎放射器。これを手にすることにより、バイクに乗りながら炎を撒き散らす俺の姿が脳裏に浮かんでくる。
これまでの火属性魔法よりも遥かに効率よく、広く、強烈な効果をもたらす火炎放射器。ワクワクしないわけがねぇよ。
「ジジイ……最高だぜ。試し打ちしていいか?」
「もちろんさ! そいつぁお前しか使えない特別製だ、最高の試し撃ちを見せてくれぃ」
「ギャハハ! テンション上がるなぁ」
俺は両腕で火炎放射器を構え、トリガーに指をかける。
そのまま遠くに置かれた藁人形に向かって照準を合わせ――
「ギャハハハッ! 汚物は消毒だ――っ!」
口をついて出た言葉のままに、俺は汚物を消毒した。
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