004:クエストクリアおめでとう!モンスターの死体処理編


 「帰ってクエストクリア祝いのパーティだ」……数分前、俺は確かにそう言った。

 だが、ギルドでパーティを開く前にやるべきことが残っていたのだ。ガキ共を引き連れて夜の森にUターンした俺は、彼らの前でに挑もうとしていた。


「あの」

「どうしたミーヤ」

「すみませんノクティスさん、何ですかこれ」

「ゴブリンキングの死体」

「いや知ってますけど、何で死体の前でナイフ舐めてるんですか」

「どうしてって……そりゃオメー、これからゴブリンキングをバラすからだよ」


 とは即ち――討伐モンスターの解体・解剖、つまり死体処理のことである。

 モンスターとの戦闘後死体を速やかに保護し、解体・解剖作業のために備えておくのは、冒険者に課された重要な使命とされている。その理由として3つの事柄が挙げられるので説明しておこう。


 第1の理由としては、対象モンスター討伐の証明のためだ。

 かつてのギルドは、クエストクリアの報告を冒険者の報告のみによって処理していた。

 中には対象モンスターの武器や身体の一部を持ってくる冒険者もいたと言うが、基本的には申告制で処理が行われていたとか。


 そうなれば当然、少数ではあるが虚偽の報告をして小銭を稼ごうとする輩が現れてしまう。

 過去に虚偽の報告をしてギルドから追放されたバカがいたらしく、それからギルドは「クエストクリアの際には対象モンスターの身体の一部または所持品を提出すること」を義務付けたのである。

 モンスターの死体を持っていけば一目瞭然、ギルド側は安心して報酬金を渡すことができるからな。当然の決まりだと思う。


 第2の理由としては、感染症対策のためだ。

 モンスターは当然風呂に入らない。

 また、縄張り争いするために水浴びより泥浴びをして匂い付けをすることの方が多く――死ぬほど不潔なのである。

 死後に腐敗して人類の知らない未知の病原菌が発生してしまう可能性があるので、きちんと処理してやらないとダメなんだとか。


 第3の理由としては、モンスターの研究と素材の武具利用のためだ。

 俺達人間は魔王を討ち滅ぼすことを目標に、日々モンスターの研究を重ねている。ギルド系列の研究機関にモンスターの一部を送ることで、クエスト報酬とはまた別のインセンティブが発生する仕組みになっているのだ。

 武器利用に関してはそのままの意味である。柔らかい皮膚のゴブリンキングを素材化して道具にするのは無理だが、鋭い身体組織を持つモンスターの死骸を加工して武具にする冒険者は多いと聞く。


 ――以上の3つの理由から、モンスターの死体処理は超がつくほど重要な要素なのである。

 華々しいだけが冒険者じゃねぇってこった。


「おう、テメーら死体バラすのを見るのは初めてか?」

「はい、いつかやることにはなると思ってましたけど……こんな森の中でやっちゃうんですね」

「ギャハハ! バラせるならどこでも構わねぇよ」


 周囲を見回しながら俺に問いかけてくるダイアン。

 普通はモンスターを殺した後、その死体を袋に包んで圧縮ポーチに収容し――街にある専用の施設でギルドの職員と一緒にバラすのが一般的である。

 モンスターの解体中に新たなモンスターに襲われる……なんてことも無くはないため、もし現地でやる場合はしっかり周囲の安全を確認しなきゃダメだぞ。


 しかしまぁ、人の目がある場所で解体・解剖する必要があるのは、余程珍しいモンスターか死後も危険なモンスターだけだ。

 死後に毒を残すようなモンスターは多人数で弄り回さないとまずい。毒性のあるモンスターの解体のためには毒物取締試験に合格する必要があるので、ギルド側の「どんな危険なモンスターでも絶対に解体・解剖してやる」という強い意志が感じられるな。


 さて、このゴブリンキングは比較的普通のモンスターだ。

 こいつをありふれたモンスターとまで言うつもりはないけどよぉ、キングの詳細はほとんど解析され尽くしちまったからな……体表を覆う鱗も鋭い牙もないし、武器防具の素材にする価値は薄い。

 となれば、新人冒険者に死体処理作業を見せつけて今後の糧にしてもらう方がよっぽど良いはず。俺はそう考えたわけよ。


 こいつがゴブリンキングじゃなけりゃ焼いて食ってたところだが、ゴブリン系列はマジでクソまずいので勘弁してやることにする。

 余程食料に困った時以外は食っちゃいけねぇ味がしたのをよく覚えている。思い出したくもない。


「ほら、ガキ共はマスクと保護メガネをしろよ。色々飛び散るから」


 ……さて。俺がこれからガキ共に見せつけようとしているのは、ゴブリンキングの解体作業だ。

 Cランク以上の冒険者は定期的にギルドから呼び出しを食らって、モンスターの解体もしくは解剖を手伝わなければならない。俺はそのための予行練習をさせてやろうと言うわけである。

 別にやりたくなかったらやらなくてもいいけどな。


 俺はゴブリンキングのでっぷりとした腹にナイフを押し当て、力任せに柄を引いた。

 ゴリゴリという生理的にゾワゾワするような音がして、背後の新人共がドン引きしているのが分かる。


「モンスターの研究なんて可愛い表現だけどよ、実際はこうしてを覗いて弄り回して知識を得てる。あんまりそういう顔で見ないでくれよ」


 解体や解剖作業に入る時、俺達はギルド職員の指示に従って組織を切っていかなければならない。

 指示された箇所と違う部分を切ったりしては大変だから、俺達は事前に知識を仕入れておく必要があるわけだ。つまり……死体のバラし方は習うより慣れろって感じかな。


「何でゴブリン共の腹が膨れ気味なのか知ってるか? 奴ら、ゲップする機能が無ぇからガスが溜まっちまうんだ。ほらコレ、胃。ここは奴らの弱点だから、剣で腹を突けば割と致命傷になる」


 ギルドに提出するためにゴブリンキングをバラしながら、俺はあちこちを指差してうんちくを語っていく。

 そうして気持ちよく語る俺の肩を、ミーヤが若干食い気味で叩いてきた。聞きたいことがあるのかと思って振り向くと、3人全員が真っ青な顔で首を振っていた。


「あのあの、ノクティスさん。そういう知識を教えてくれるのは本当に嬉しいんですけど……」

「その、臭いがあまりにも……」

「はぁあ! くっっっっっさ……ヴォエエ!」


 ミーヤは涙目になりながら。ダイアンは俺の手元から目を逸らしながら。ティーラは乙女らしからぬエグめのえずき方をしながら、俺の解体をストップさせようとしてきた。

 特にティーラが限界のようで、悪臭と視覚的な刺激によって激しく息を荒らげているではないか。


「はぁ――はぁ――ゥゥゥウォェェ! ェア!」


 ここを攻撃すると早く死んでくれるんだぜ〜みたいな知識を喋りたかったんだがな……新人にはあまりにもグロすぎたか。

 後輩を虐める気はないので、後はひとりでコソコソやっておこう。


 俺は真水を取り出してナイフを洗うと、火属性魔法でゴブリンキングをミイラ化させて圧縮ポーチに押し込んだ。

 アドバイスを兼ねた指導のつもりだったが、迷惑にしかなってなかったみてぇだ。これは大反省である。

 分からないことを聞かれたら答えてあげるとか、そんくらいの心構えでいいのかもな……。


「悪かったなティーラ。肉奢るから許してくれねぇか?」

「この後肉食える奴がどこにいるんですか」

「俺?」

「ふざけないでください」

「ギャハハ、ごめんよ……」


 俺はミンチにしたゴブリン達を魔法で焼き払って焼却処分した後、3人の新人冒険者を乗せてエクシアの街に帰るのだった。

 なお、あれだけ吐きそうになっていたティーラが1番肉を食っていた。あの細い身体のどこにそんな量を入れたのだろう。冗談交じりに「解剖したい」と言おうとしたが、全然笑えなかったので俺は愛想笑いを続けることにした。

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