第30話 波紋(8)
「肩書きはそうなっているが御子は王子ではない。言われる前に先手を打つが王女でもないぞ?」
ピンときたのは迦樓羅王の方だった。
自身がそうなのである。
見抜くのは早い。
「阿修羅族にも両性具有体が生まれるのか? そのような話は聞いたこともないが」
「阿修羅王から聞いた話によれば、ごく稀に両性具有体が生まれるらしい。両性具有として生まれるだけでもかなりの特例で、特出した力が必要だという話だったが」
「阿修羅の御子はどこまでも異端なのだな。さすがに驚いた」
これほどの条件が揃うなど、中々あり得ないことだろう。
天空の星が阿修羅の御子を新たな天帝として選んでも、全く不自然だとは感じない。
さすがに最強と褒め讃えられた阿修羅王の遺児だ。
「乾闥娑王の言い分はわかったが、わたしひとりというのも不自由だな。かといって一族の者は動かせぬか。天族に動向を悟られては意味がない。さて。人手不足をどうしたものか」
「確かに御子が半封印状態だとするなら、まだ覚醒すらしていないはずです。力も発現していないでしょう。今の御子を護るために人手は必要ですね」
「なにを悩んでいる。わたしが同行すれば済む話だろうに」
「「迦樓羅王」」
驚いたと視線を向けてくるふたりに迦樓羅王が微笑んだ。
「迦樓羅は阿修羅に忠誠を誓う一族。阿修羅王のためなら喜んで手を貸そう。幸いわたしの一族は団結力が強い。暫くの間ならわたしが下界に降臨しても問題にはならない。それにわたしにも下界でやりたいことがある」
「なにを?」
「事情を知らない夜叉の王子を説得したい」
この言葉にはふたりとも黙り込んでしまった。
「今ラーヤ・ラーシャは詳しいことはなにも知らされず天の行方を追っている。例え夜叉王の討伐を成し遂げても、天が見付かるまでは下界にいるはずだ。
夜叉と阿修羅の天敵だが、忠誠を誓った一族でもある。わたしはどうしてもこの秘められた事情を夜叉の君に伝えてやりたい。
その上で天を選ぶというなら袂を別つしかないが、事情をなにも知らされず、その気もないのに敵対することになったという事態だけは避けたいのだ。
どちらが正しいかそれは歴史の真の姿を知れば歴然としている。わたしは夜叉の王子なら真実を認め受け入れてくれると信じているんだ。なんとかして連絡を取りたい」
「……確かにわたしもあの子とは敵対したくないな。阿修羅と夜叉、か。案外もう出会っているかもしれぬな。天敵とはそういうものだ」
薄く笑った竜帝に残りのふたりは肩を竦めてみせた。
「では準備が整い次第、降臨するとして乾闥娑王には他にも頼みたいことがあるのだが?」
「なんなりとお申し付けください、竜帝陛下」
「すべての一族にそれとなく打診してくれないか? 阿修羅の御子を選ぶか、それとも天を選ぶか。
勿論天を竜帝八部衆についてもそうだが、毘沙門天をはじめとせる以前の天帝の将軍たちにも確認を取ってほしい。
世代交代は既に起きている。天の出方にもよるが、もし天帝として君臨するつもりなら、我々はそれを認めないと。
真の天帝に仕えないなら天帝を守護する将軍の資格はない。それを伝えてほしい」
「打って出ますか」
「後手に回るわけにはいくまい? 二度も失うなどわたしはごめんだ」
「竜帝陛下」
「天命を見失えば天は滅びる。それは以前の聖戦が示している。この混乱が動乱がその証拠だ。ただひとつ引っ掛かるのは」
遠くを見る竜帝を乾闥娑王と迦樓羅王が見ている。
なにか問いたげな眼差しで。
「乾闥娑王の指摘で気付いたのだが、さっきも言ったように阿修羅の御子は両性具有体だ。男でも女でも伴侶に迎えることができる。男でもあり女でもあり、またそのどちらでもない宿命故に御子が天帝の座に君臨するとき、婚姻の必要性が出てくるだろう。天帝の伴侶はそう簡単にはなれないが」
「なにを気に病んでいるんだ? 天帝に婚姻を無理強いする者など」
「確かに常識的に考えればいない。だが、迦樓羅王。もしも天がこのことを知ったなら?」
ハッとするふたりに竜帝は苦い口調で言葉を続けた。
「覇権は既に交代している。それでも天が覇権に固執するなら、御子の性別は諸刃の刃。覇権が移ろうと御子を手を入れれば、天は再び天帝として君臨できる。それが……無理強いの結果であれ、な」
神族にとって婚姻とはそのまま初めての相手を意味する。
初めて閨を共にした相手と婚姻を結んだことになるのだ。
つまり第一子を得る場合、その相手は間違いなく初めて情を交わした相手なのである。
これは神族であるかぎり絶対に避けられない宿命で、それは肉体的な意味さえ克服すれば心が伴っていなくても可能となる。
竜帝はそれを気に病んでいるのだ。
第一子が揺るぎない世継ぎである以上、その伴侶を選ぶ際に何故慎重になる必要があるのか。
その理由がこれである。
初めて結ばれる。
それがすべてを決定してしまうから、伴侶を選ぶのは慎重でなければならないのだ。
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