第27話 波紋(5)
「ですが聖戦が起きる直前になっていきなり、本当にいきなり次のお妃をお迎えになられた』
「……わたしの気のせいかもしれないが、ご自分が亡くなることを予感しての行動か? わたしにはそう思えてならないが」
「おそらくその通りでしょう」
「「……」」
「阿修羅王はおそらくご自分を待つ運命をご存じだった。だからこそ慌てて次のお妃をお迎えになられた。あわよくば御子の助けとなれるご兄弟を得られると期待してのことでしょう」
眉を寄せ訊ねてくる迦樓羅王に乾闥娑王もかぶりを振った。
「そこまではわたしも存じません。あの頃はかなり混乱していましたし。生まれていても不思議はないし、逆に生まれていなくても不思議はない。ですが阿修羅王がご自分が辿る運命をご存じで、そういう選択をなさったなら御子が亡くなるはずがない。天空の星に代理はできませんから。例え第2子を得ても、その第2子が御子の後を継ぐことはできない」
「だから?」
すべての言葉が省かれていたが、迦樓羅王がなにを言いたいのかはわかる。
わかるから乾闥娑王は静かに頷いた。
「すべては天帝として生きる御子のため。それ以外はあり得ない」
「ひとつ目と言ったからには他にも確信する理由があると?」
今度の問いは竜帝からだった。
乾闥娑王は楽師の君という立場柄とても情報に通じているのだ。
「ありますよ、竜帝殿。お忘れですか? 御子が消息を断ってから次の天空の星は生まれましたか?」
微笑んで言われた言葉は完全な盲点だった。
「それがなによりもの証拠です。天空の星が崩御したなら、必然的に次の星が生まれる。それは自然の摂理です。ですが現実は違う。今も頭上に変わらずに天空の星は力強く輝いている」
「……少し待ってくれないか、乾闥娑王。わたしは悔しいが若輩者だ。王としてもまだまだ未熟。それは承知している。だから、敢えて恥と知りつつ問うが、では何故御子は天空の星を宿してお生まれになったのだ。天が崩御してからお生まれになったならそもそも聖戦そのものが起きなかったのではないのか? 自然な覇権の交代であれば」
迦樓羅王の戸惑いも当たり前の話だった。
さっきからの説明をすべて信じれば、そこで矛盾が生じる。
だが、この反論にも乾闥娑王は落ち着いた笑みを返していた。
わかりきったことだとでも言うように。
「天空の星というのは迦樓羅王。そのまま力の証。天帝となるべく格と力を持つ者のみが受け継ぐ絶対的な。
例え天がその当時での天帝であろうと、それを上回る者が生まれれば天空の星は、更に強き力と天帝としての存在感に惹かれて次なる天帝を選ぶ。
きついと知っていても敢えて言わせて頂きますが、天は世界そのものに見限られたのですよ。もう天帝としての資格はないと」
さすがにこの言葉には竜帝も迦樓羅王も、思わず青ざめて慌てて周囲を確認してしまった。
天族の者に聞かれたら決闘ものである。
「おふたりともそんなに警戒なさらなくてもよろしいですよ。わたしは天帝に仇なしたわけではありませんから」
穏やかな口調の裏には真の天帝である阿修羅の御子を侮辱したわけではないから、同じ立場の王なら、別段侮辱したことにはならない、そういう意味が隠されていた。
あまりと言えばあまりな度胸の良さにふたりとも感心してしまった。
「相変わらずよな、そなたは」
思わずといった素振りで呟いた竜帝に乾闥娑王は小さく苦笑する。
「つまり阿修羅の御子は当代の天帝さえ凌ぐほどの力をもって生まれた生まれながらの天帝だと、そういう意味なのだな、乾闥娑王?」
言葉の裏に隠された意味を見抜き、乾闥娑王は小さく首肯した。
「おそらく御子を越えるほどの力を持った天帝は、二度と生まれないでしょう。御子が天帝となられた暁にはおそらく天の星は御子を守護し続けるでしょうから」
「噂によればお父上を凌ぐ美貌の持ち主だったとか。お逢いしたいものだな、阿修羅の御子に。いや」
一度区切って迦樓羅王ははっきりと口にした。
「迦樓羅王にお逢いしたい」
はっきりともう御子ではなく、王だと告げた迦樓羅王に竜帝と乾闥娑王は複雑な顔を向けている。
迦樓羅王は若い故に自分に正直で素直で誤魔化すということを知らない。
それは迦樓羅王の長所であり最高の美点だ。
おそらく本人は自覚していないのだろうが。
「竜帝殿」
不意の友の呼び声に竜帝が振り向いた。
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