第16話 赤い狂星(4)

「やめろっ。やめてくれ、ラーヤ・ラーシャっ!!」


 その声を聞き止めて助けようと動きかけていた迦陵と祗柳も動きを止める。


「ラーヤ・ラーシャ?」


「夜叉の君? どうして夜叉の君がここに」


 膨れ上がる黄金の気。


 溢れ出す闘気。


 ふたりが圧倒され動けずにいると、それは唐突に破られた。


 ラーシャが振り向いた視線の先には憤怒に瞳をたぎらせた和哉がいた。


「最悪」


 思わず迦陵が愚痴る。


「オレのものに手を出すなよ、この無礼者っ!!」


 にわかに変わった和哉の口調に解放された静羅が両手をつきながら義兄を見ている。


 瞬時に近寄ると和哉は腰を捻って回し蹴りを放った。


 反射的にラーシャが片腕を上げて受け止める。


 しかしその威力は受け止めきれないほどのものだった。


 腕が痺れ後ずさる。


 思わず凝視して彼がさっき妙に気になった人間だと気付いた。


 これは偶然か?


 阿修羅の君かもしれない人間、静羅。


 その静羅を守るように現れた少年。


 そのふたりはラーシャが今までに知った人間の常識を軽く凌駕していた。


「和哉ぁ。その辺にしておいたら?」


「東夜?」


 驚いたように和哉が名を呼ぶ。


 新たに現れたふたりが東天王と南天王だと気付いて、ラーシャは三度ぎょっとした。


 東天王と南天王を従えている?


 何者なんだ、本当に?


「そいつを構うことより静羅を構ってやれよ。かなり疲れてるぞ」


「ほんとにどこにでも現れるな、おまえたちは」


 言い返しながらも毒気を抜かれて、これ以上揉めるつもりにはなれない和哉だった。


 無言で静羅に近付く。


 静羅はまだ肩で息をしていた。


「大丈夫か、静羅?」


「これが大丈夫そうに見えんのかよ、和哉」


 片手を額に当てる。


「熱あるな。待ってろ。部屋に戻ったら手当てするから」


 言って静羅を抱き上げる。


 その間に東夜と忍はラーシャに近づいていた。


「今度も助けてやれるとは限らないんだ。もっと自分の身を大切にするんだな」


「と……」


「そこから先は黙っていてもらおうか。この場を助けたんだ。そのくらいしてもらってもいいだろう?」


「……」


 東の勇将の眼に脅しの光を見て夜叉の王子が黙り込む。


 年齢の開きによる実力の違いは、今はまだ如何ともし難い。


 尤も。


 すんなり負けるつもりもないが。


 竜帝に鍛えられたラーシャの腕は並大抵ではないのだ。


 迦陵がそれに匹敵するほどの実力を身につけているだけで。


「行きましょうか、迦陵。和哉さんも戻るようですよ」


「わかった」


 短く答えて離れた場所で静羅を抱いて立っている和哉に近付いた。


 一瞬だけ和哉の目がラーシャに向けられる。


 それからふっと逸らされた。


 静羅を傷付けた者に払う礼儀などないとばかりに。


 迦陵と祗柳を引き連れて和哉が静羅を連れ去っていくのをラーシャは黙って見送っていた。


「あいつら何者なんだ? 本当に」


 それから天を見上げた。


「問わねばなるまい。天を統べる長老たちに。東天王と南天王の行動の意味を」

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