オムニバス
埴輪
1:砂漠の人形
白い砂漠をごうごうと、サンドバギーが進む。
何もかもが砂に埋もれる中、崩れた遺跡があった。鐘楼を失った教会。
サンドバギーが停止。装備を調えた男が一人、降り立つ。
ゴーグルの他は、全身に布を巻き付けたような姿。
遺跡の中は、アーマード・ギアの残骸で溢れていた。
生存者はいない。何しろ、戦争は十年も前に終わったのだから。
男は淡々と、残骸を見回る。それが、男に課せられた唯一の仕事だった。
その行為に意味がないことは、男が誰よりも理解していた。
ふと、男の手が止まる。ゴーグルを上げ、青い瞳を凝らす。
コックピットのハッチが壊れたギアの中に、人がいた。骨ではなく、人の姿を保っていた。それだけで、男はそれが何かを見て取り、近づいて確認する。裸の人形だ。
頭部は分かれており、男は落ちている顔を拾い上げる。精巧な女性の顔。
人形は女性型が多い。いかなる用途においても。
パイロットスーツと共々、動力源である、目玉を抜き取られたのだろう。兵士か、盗人か。いずれにしても、それは戦後を生き抜く糧となったに違いない。
他にはもう見るべきものもないと判断し、男はサンドバギーまで引き返す。
座席に座り、エンジンをかける。だが、動き出さない。
諦めたようにエンジンを切り、男は遺跡と化した教会に引き返していった。
※※※
男の家は、砂漠の終わりにあった。
何事にも終わりはあるということを示すような、その境界に、その小屋は建っていた。この一帯が砂に埋もれる前は、納屋として使われていたであろう建物。
唯一のベッドに、その人形は寝かされていた。他に置く場所もなかった。
「ちわーっす!」
扉が開き、商人の少女が姿を見せる。こんな辺鄙なとこまでやってくるのは彼女ぐらいで、男の生命は、その少女に支えられていた。
少女は男と人形を見比べると、扉を閉めた。
「お楽しみのところ、失礼しました!」
男は溜息をついて立ち上がり、扉をあける。少女が目を塞いで、立っている。
「何を勘違いしてる?」
「いやいや、旦那も男ですから」
「子供が何を言ってる」
「旦那からしたら子供かもしれませんがね、私はだってもう十六の──」
「子供だ」
「……で、お楽しみはいいんですか?」
「あれは人形だ」
「人形に手を出すなんて……」
男が部屋に戻ると、少女はドンドンと扉を叩く。
「冗談ですってば! 開けてくださいよー!」
「鍵なんてないだろ」
「あ、そうでした」
少女は扉を開けると、背負った荷物を下ろしつつ、ベッドに向かう。
「ありゃ、目がないじゃないですか」
「ああ」
「これ、砂漠にあったんですか?」
「ああ」
「どうして、連れてきたんですか?
罪滅ぼし、という言葉が男の脳裏をよぎる。
「どうするつもりです?」
「さあな。欲しければくれてやる」
「いいんですか! ……って、体だけあってもなぁ」
「目を入れればいいんじゃないのか?」
「簡単に言っちゃってくれますけどね、目は人形の命! バカ高いんですから!」
男は立ち上がって、机の引き出しを開けると、通帳とカードを少女に投げる。
「それで足りるか」
少女は通帳を広げ、目を丸くする。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……旦那、金持ちだったんですね」
「使い道もなかったからな」
「これなら十分ですが、いいんですか?」
「ああ。何なら、持ち逃げしてくれてもいい」
「馬鹿にしないでくださいよ! 商人は、信用第一なんですから!」
「すまない」
「いいですよ。これを預けたってことは、信用してくれてるってことですもんね」
少女は通帳とカードを懐にしまい、ポンポンと叩いた。
※※※
約束の日は一ヶ月後だったが、二ヶ月経っても少女は男の前に現れなかった。
その間、食材の調達は男が自ら町へ行くことになった。
片道数時間の道のりを、たった一人のために駆けつける物好きなど、他にいない。
その間も、男の仕事は続いていた。
人形は男のベッドを占有し、男はソファーで寝ていた。
それ以外、変わったことと言えば──
※※※
「ただいま」
「おかえりなさい」
ベッドの傍らには少女がいた。あの日から、実に半年が経過していた。
「旦那、お待たせしてすいません」
「別に待っちゃいないさ」
「つれないなぁ」
「無事で良かった」
「人形の瞳を二つ、はめこんでおいたので、後は目覚めさせるだけです」
「そうか」
「キスしてください」
男は怪訝そうな眼差しを少女に向ける。少女は首を振る。
「あ、私じゃないですよ! 人形にです!」
「なぜ?」
「眠れる姫を目覚めさせのは、王子様のキスと相場は決まってるんですよ」
「必要なことなのか?」
少女が頷く。男は溜息をつくと、ベッドに近づいた。眠れる姫とやらは、赤い瞳を見開いたまま天井を見上げている。男は少女を見る。にやにやと笑っている。男は腰を屈め、人形にぎこちないキスをする。堅く、冷たい。顔を離しても、変化はない。
「騙したな」
「てへ! まぁ、貴重なものも見れましたし、起動しましょう! 人の形をなすものよ、人の心もて、人の現し身とならん!」
人形の瞳が、次いで全身が光る。その身が、人形から人へと変わっていく。
光が収まると、人形は身を起こし、その赤い瞳で男と少女を見る。人形は少女に向かって拳を突き出す。男はその腕を掴んで止める。
「離れてろ」
少女はベッドから離れる。人形が蹴りを繰り出す。それを男は腕で受け止め、身を離す。人形はベッドの上で屈み、様子を窺う。男は机の上のナイフに手を伸ばすと、それを人形に向かって放り投げる。人形がそれを掴み、鞘から刀身を抜き放つ。男は両手を広げる。人形はベッドの上から飛びかかろうとし、動きを止める。
「……ふぅ、危なかった」
少女は人形に歩み寄り、その手からナイフを取り上げる。
「細工したな」
「ええ。その分、時間はかかっちゃいましたけどね」
少女はナイフを鞘に収め、それを男に差し出した。男はナイフを受け取る。
「なぜわかった?」
「そりゃ、わかりますよ。死相が出てましたもん」
「俺は、死ぬまで生きるしかないのか」
「それが人間ですって。旦那、そんなことも分からなかったんですか?」
男はナイフを机の上に戻すと、人形を振り返った。
「こいつは、どうするんだ?」
「ああ、乙女にこのポーズは頂けませんね。それに、服も着せてあげないと」
「手間がかかるな」
「そうですよ。こっちの言うことは理解できるとはいえ、生まれたばかりの赤ん坊みたいなもんなんですから。旦那も手伝ってくれますよね?」
男は少女の素朴な眼差しに、頷くことしかできなかった。
「じゃあ、まずは出て行ってください! 人形とはいえ、乙女なんですからね!」
男は少女に押されるまま、家を追い出される。
眼前に広がる白い砂漠。いつもの景色が、今の男には眩しく見えるのだった。
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