第143話
既にメングロンのことは、どうでも良かった俺は工房から歩き出した。
背後で騒いでいたが、そんなことより気になっていることがあった。
工房に歩いて来る途中、建物と建物の間の通路部分で難しい顔をしていた青年。
俺は彼が、メングロンに弟子入りを願ってた人物ではないかと思ったのだ。
これは完全に勘なので外れる可能性もあると分かっているが、どうにも彼のアノ顔が頭の隅にチラついてしまう。
特にメングロンと話をした後だと、その感じが強くなった気がする。
嫌な予感では無いが、後で聞けば多少なり後悔しそうな感じって言えば少しは分かるだろうか?
足早に来た道を戻っていると、彼はまだ同じ場所に立っていた。
「すまないが、聞きたいことがある。メングロンの所へ弟子入りを願ってるのは君か?」
「・・・そうだ。ただ、弟子入りは認めてもらえそうにないが・・・」
当たったか!
上手く引き止められるか?
しかし、アレに弟子入りさせるのは無しだ。
「彼に弟子入りするのは止めた方が良い。今、仕事を頼みに行ったが、彼は人間的に問題がある。彼では弟子をまともに育てることはできないだろう。君が弟子になれたとしても、時間を無駄にするだけだ」
「そんなに問題があるのかい?弟子を育てられないほど?」
見ず知らずの人間がいきなり、そんなことを言っても信用できないか。
もうちょい説得を頑張るか!
「ああ、俺は冒険者だから色んな街に行ったことがあるが、他の街のドワーフはもっとまともだった。少なくとも、スキルが無いからって弟子入りを断るようなドワーフはいなかったと思う」
「えっ!そうなのか?ってことは、他の街なら弟子入りできるのか?」
その質問か!可能性は考えたけど、最初からか。
「そこは俺が勝手に保障はできない、相手のドワーフが決めることだからな」
「そうだよな。・・・やっぱり、金を貯めてスキルを・・・」
・・・凄い不穏な単語が聞こえたぞ。
俺の感じた嫌な予感っぽいのは、これだったか!
「ひょっとしてだが、神殿の噂を知っているのか?」
「あんたも知ってるのか?スキルを変更できるってやつ」
やっぱりか!
結構、この情報って漏れまくってるよな。
神殿って、そこら中で狙われてるんじゃないか?
っと、そっちじゃない!
彼をどうするか?だな・・・無謀なことは止めさせたいな。
上手くいく可能性より、ダメな可能性の方が高い。
運が関係する所を強調してみよう!
「知ってる、が、あれは運に左右されるらしい。今のスキルを捨てて、何になるか分からないスキルを得ることになる。例えば、農業が出る可能性もあれば、魔法が出ることもありえる」
「そんな!噂だと、真剣に祈れば望みのスキルが手に入るって・・・」
完全に嘘だろ、その噂!
ってか、金を集めるために自分達で噂をバラ撒いてるのか?
その可能性もあるな。
「最初のスキルでも望んだ通りにならないのに、何で次は望んだ通りになると思うんだ?それはおかしいと思わないか?」
「・・・でも・・・スキルが・・・どうすれば良いんだっ!」
何やら事情がありそうだが、これ以上・・・『導く者の対象がいます。導きますか?』・・・こんな感じで発動する称号だったのか・・・
ってか、何で今までは発動しなかったのか?謎だな。
取り敢えず『はい』だな。
『導くためには、対象の承諾が必要です』
そう言うことね、はいはい。
さて、どうやって誘導すれば良いかな?
まあ、ここは詐欺師スキルの出番だろうな。
「どうして、そこまで鍛冶師にこだわる?職業は他にもあるだろう?今持ってるスキルを活かせる仕事があるはずだ」
「親父が鍛冶師だった。親父は事故で仕事が続けられなくなった、だから、俺がその工房を守りたい」
鑑定で見たところでは錬金術師を持ってるみたいなんだけど、明確な目的がある訳か。
「一つだけ方法があるかもしれない。ただ、成功する確率は非常に低いが、金は掛からん。試す気はあるか?」
「どっ!どんな方法だ!」
随分前のめりだな。
「話す前に、一つ約束してくれ。俺は契約魔法が使える。今から話す内容を人に喋ってはいけないと言う契約をして欲しい。どうだ?」
「契約魔法・・・最悪、死ぬ契約もできるって言うやつか?」
「そうだな」
「それだけ重要な秘密ってことか?」
「最悪、新神教から狙われて殺されることになる可能性がある。だから契約で縛るんだ」
「どういうことだ?」
「これ以上は、契約してからだ」
「・・・分かった・・・契約する」
決断したか、なら彼の決断に応える必要があるな。
「ところで、一応聞きたいんだが?今は何のスキルを持ってるんだ?」
これは聞いといた方が、それらしいだろう。
「錬金術師だ。でも薬関係じゃないらしい。全く薬のレシピとかが頭に浮かばないんだ」
くっ!薬以外のやつだって!
それは俺が欲しい。
もうちょっと詐欺師スキルに働いてもらおう。
「まずは契約だが、先に言って置く。今持ってるスキルを譲渡しないと新しいスキルは得られない。最初に得られるスキルは一つだって知ってるよな?」
事実は違うが、これが俺への報酬ってことで勘弁してくれよ!
「ああ。そう言うことか」
「契約で、そこも縛るぞ。前に馬鹿なことを考えたやつがいて、スキルが消失したことがあるんでね」
これは完全な嘘っパチだな。
「分かった」
「では、これから俺が話す内容を他者に伝えることを禁ずる。今持つスキルを導く者に譲渡することに同意すること。もし契約を破った場合、全てのスキルを消失する物とする。以上の内容に同意するか?」
「全てのスキルを消失か・・・同意する」
「コントラクト!」
俺の言葉と同時にお互いの左手首に光の輪が現れて消えた。
それと同時に『対象の承諾が得られました。契約によって錬金術師(金属)スキルが譲渡されました』と言う内容が聞こえて来た。
何てこった!そのまま持ってても、金属系の錬金術が使えたんじゃないか!
俺は嬉しいけど、君は勿体無いことをしたな。
「今のは?」
「契約の印だ。契約を破ると、さっきの様に光って君のスキルを消失させる」
「あれが契約の印・・・」
驚いているようだが、それは置いておいてもらおう。
「まず、これが重要なのだが、新神教は信用してはいけない。やつらは孤児院の孤児を人身売買している。何で俺が知っているか?俺も孤児だったからだ」
あら、驚き過ぎて声も出ないようだ。
「そして、スキルを新しく得る方法は旧神教の神殿に行く必要がある。そこで君に旧神教に改宗してもらう。そして望むスキルが得られるよう祈ってもらう。内容はこうだ「導く者よ、我に鍛冶のスキルを導き給え」」
目を見開き過ぎだぞ。
落ちそうだ。
「そのまま、スキルが得られるまで祈り続けてもらう。短い時間で終わることもあれば、丸一日掛かることもある。君の祈り具合によるだろう。この祈りは、スキルの熟練度が選べない。鍛冶スキルしか得られないか、鍛冶師スキルが得られるか、それは俺達ではどうにもならないんだ。ただ、真剣に祈りさえすれば、必ず鍛冶に関係したスキルは得られるはずだ」
「・・・やる、改宗もする。絶対にスキルを、鍛冶のスキルを手に入れるんだ!」
「あっ!改宗したことを言わない方が良いぞ。新神教にバレると五月蝿いからな」
「確かに!分かったよ」
となれば、神殿に行かないとな。
「じゃあ、この街の旧神教の神殿を知ってるか?」
「ああ、この工業区に一つある」
そうか、近いのか、都合が良いと思えば良いのかな?
工業区の中でも、比較的静かな場所。
細工師達の工房が並ぶ通りの裏手に、旧神教の神殿はあった。
魔国では、神殿が二つとも残っている。
新神教は、デカイ建物、派手、目立つ場所にあり。
旧神教は、小さな建物、質素、目立たない場所にある。
たいていの人族は新神教に入っている。
勿論、目の前の彼も新神教の教徒だ。
それを今から旧神教に乗り換えさせる訳だな。
さて、俺にこんな称号があること自体が分不相応なんだが・・・導こうか!
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