第四章 仲介人 エドガー

第69話

さっさと朝食をすませ、部屋に戻って手紙を読んでみた。

内容としては、こちらの考え通りで特に条件なども追加されなかった。

俺の状況的には最良と言えるだろうが、それは現状においてであって将来的にも最良かは判断できない。


まあ、そうは言っても今俺ができるのは提案通りの行動である。

まず提案通りに指定された場所に向かう必要がある。

本来はギルドが良かったのだが、キノコ関係で出禁状態だから無理なのだ。

で、提案したのが高級宿だ。

この街ぐらいの規模なら、最低でも一軒はあるはずの貴族向けの高級宿ならば、貴族の出入りに注意を向けられる可能性が少ないからだった。

俺は裏口から宿に入り、そこで話し合いをする予定である。


ここまで面倒な段取りをしたのも、全ては相手が高位貴族だと確信しているからだ。

そして俺が、その相手に配慮すればするほど相手からの評価が上がるはずであり、それが今後の俺のためになるだろうと期待しての行動である。


よしっ!準備はできた。

女将さんに言って、宿を出よう。


女将さんとの話は簡単で、さっきの指名依頼の件で宿を出ると言っただけで終わった。


指定された高級宿の裏口まで行き、木製の扉をノックする。

内側からもノックが帰ってきたので「依頼で来た」と小声で告げる。

そうすれば音も無く扉が開き、中にはいかにもな感じの執事が立っていた。


折角の御忍びがバレる訳にはいかないので、何も話さずに中へと入る。

無言のまま、執事の案内で三階まで案内された所で「無言で失礼しました。私・・・」と始めた自己紹介を止める。


「ここでそれは必要無い。今度正式にお邪魔した時に取って置いてくれ。時間が惜しいのだろ?」

俺の言葉に「確かに。では案内を」とその先の部屋に案内されたのだった。


ドアを開ける前に「中の方々にも挨拶は無用でお願いしたい。俺も今は名乗らないつもりだ。今回の件は極秘に進めたいのだと理解しているからな。治療が必要な対象者の症状と、必要な素材が分かればそれで良い」と執事に告げておく。

これぐらい配慮すれば、相手も恩に感じるだろうという打算もあるが、それ以上に俺が不必要な情報を聞きたくないのだ。

扱い切れない情報など、俺にとっての害悪にしかならないんだ。


コンッ!コンッ!「お客様がいらっしゃいました」

執事は俺が入るのを遮って、先程のおれの言葉を伝えてくれた。

それに対して依頼人であろう男性は「いいのかな。私達にとっては、ありがたい申し出だが」と俺を見て聞いてきた。


「構わない。俺が提案した通り、症状と必要素材、納期さえ分かれば仕事はできる」


俺の言葉に頷き「分かった。では」と言って数枚の紙を差し出してきた。

その紙を執事が受け取り、俺に渡してくる。

俺はその紙の内容に目を通した。


「必要なのは解呪薬だな。素材は・・・月の花以外揃っているようだが。品質は問題無いのか?」

この俺の質問の内容を理解できていない様子が見える。

なので少々説明する事にした。


「解呪薬を誰に調合させるのか知らないが、必要な素材の中に鮮度の管理が必要な物がある。これの鮮度が悪いと解呪薬の効能が落ちるのは知っているか?」

ここまで言って初めて俺の質問の内容を理解できたのだろう。

慌てて「それは本当なのかい?そんな話を聞いていないんだが」と言ってきた。


「本当の事だが、これを知らないなら月の花の事も知らないのだろうな」

そう言って、解呪薬について詳しく説明する事にした。


解呪薬を製薬する上で必要な素材は六つ。

一つ目は悪魔の爪と呼ばれる真っ赤な爪のような植物の実。

二つ目は聖水。

三つ目は黒の瞳と呼ばれる硬く艶々した木の実。

四つ目は浄化石と呼ばれる鉱石。

五つ目は魔物石だが、大きさが拳大の物。

六つ目が月の花で、その中の新月の花である。


この内、鮮度に基準があるのは二つ。

悪魔の爪と新月の花だ。

悪魔の爪は植物の実であるが、植物から採取後六日間で効果が激減してしまう。

これを防ぐには、製薬スキルの特殊な乾燥方法での乾燥が必要で、それがされていなければ使い物にならなくなるのだ。

新月の花はもっと厳しい条件で、新月の夜しか咲かない上に、適切な処置を新月の内に終わらせなければ効果がなくなってしまう。


「そんな・・・では、悪魔の爪は使い物にならないと・・・」


やはり適切な処理はされてないか。

と言う事は、魔物石の使用方法も知らない可能性があるな。


「魔物石の加工はしているのか?」


この質問にも「加工する必要があるのか?」という、何とも言えない答えが返ってきた。


魔物石は、ガラスと混ぜて解呪薬を保存するための容器にする必要がある。

これができてないと、解呪薬を保存できないのだ。

保存していない解呪薬は、三日しか効能が維持できない。

それに保存できたとしても、保存可能な期間は一ヶ月が限界なのだ。


「そんな・・・だから解呪薬が出回らないのか」


誰がそんなに中途半端な情報を教えたのだろうか?

どうにも胡散臭い感じがしてきた。


それで、どうするのか?

このまま素材を集めるのか?


「しかし集めても無駄になるのではないか?」


「ならば、新しい提案だ。使える素材を渡してくれるなら、解呪薬を入手してこよう」

まあ、手配する=俺が製薬するって事なんだが、そこは秘密だ。

素材としての採取でも完璧な状態の物を用意できるが、新月の花だけは非常に面倒でやりたくない。

できればそのまま解呪薬にした方が断然楽なのだ。


「本当に手に入るのか?」


まあ疑心暗鬼になるのも分かるし、その質問は当然だろう。

俺は、冒険者ではあるが仲介人でもある。

守秘義務を守るなら、確実に手に入れよう。

そして初回限定で手持ちの素材を預からせてもらう代わりに、報酬は成功報酬のみ。

失敗すれば無報酬で構わない。


まあ、俺が俺に仲介するのに失敗はないんだけどな。


「分かった、その内容ならお願いしよう」


よっし!

これで恩が売れるぞ!



次の新月は五日後のはずだし、早速出発しなければ。

仲介人エドガーの初仕事だ!

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