掌編第五回 猫の耳(制限800字)

*今回はテーマ選択です。①「映画」 ②「カレー」 ③「猫」から「猫」を選択しました。


 突然、椅子に座った僕の頭の後ろに柔らかい圧力を感じる。


「ねえ、どう? かわいいでしょう」


 そう言って目の前に猫の写真が降ってくる。

 余りに近く焦点が合わず、猫だと言う事しか判らない。僕が言い淀んでいると頭の後ろの暖かくて柔らかい塊がずり上がっていき頭頂にその重量を移す。先輩のメロン二つ分の重量が定位置に落ち着く頃には、写真に焦点を合わせる事ができた。

 その耳は折れ曲がり不機嫌そうな顔でこちらを見ている。


「スコティッシュフォールドっすね。どうしたんすか」

「うふ、うちののスコちゃんだよ。甘えん坊でかわいいいいんだよ」

「それはよかったすね」


 安易な名前だと思っても口には出さない。とんでもなく面倒になる事が判っているので。

 仕事の邪魔をされて不機嫌そうな僕の声を無視して先輩の猫惚気じまんが続く。先輩は仕事はできるし顔もなかなかでスタイルも蠱惑的魅力もあるのだが、空気を読まない、いや無視しているのか。訳もなく僕をいじってくるので、大変迷惑な人なのだ。


「この目つきがいいでしょ、不機嫌そうに見えるけど実はすごい甘えん坊で撫でてあげるとくたっと身体を預けてくるの。それでね、耳を掃除してあげると、もうグルグルと声を上げてね。スコちゃんは耳のメンテが大事なの」


 先輩の猫惚気じまんが終わらない。掌編の選評が貯まっているのだ。焦る。と『猫の耳』という言葉にずっと頭にあった事が口を突いて出る。


「ずっと気になってるすけど、猫獣人の耳ってどうなってるんすかね。頭蓋の形とか」


 先輩の声が止まる。が、直ぐに頭の上の重量がはねる。


「山本君。それは言っちゃあいけない事だよ。みんな、優しく口にしないでいるのに」


 その時、社長室のドアが開く。途端に大きなくしゃみが響いてきて直ぐに閉まった。

 ドアの向こうから涙声が響いてきた。


「だれだ、猫の毛を付けたままの奴は!」

「叩いてきまーす」


 頭の上から重みと暖かさが無くなり、僕は仕事を再開できたのだった。

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