第5話 メイドの朝練

「おはよう、のぞみ!」

 

 私はかなえの声に目覚めて、身体からだを起こす。

 良くも悪くも、昨夜さくや寝間着に着替えなかったので起きやすい。パジャマだと心地よく起きたくないけど、タイツやブレザーならそうでもない。

 かなえがカーテンを開けると、陽光が部屋の中に差し込んでくる。

 私はその眩しい光に目を細めて、立ち上がった。


「おはようございます」


 言って、私は振り乱れた髪を手で撫でる。


「では、メイドの練習をしようね」


 ーー朝ご飯を食べる時間もないのか?


 私はお茶を飲まなければやる気が出てこないタイプだから、飲まないと練習はできない。


「その前に、お茶を飲んでもいいですか? 飲んだらやる気が大量に出てきますから」

「もちろん、起きたばかりなので喉が渇いたでしょ? わたくしは二つのお茶を淹れるよ」


 と、かなえは言って和室を出た。

 彼女に従って、私は一階に着いた。

 席のない食堂を見るのは初めて。全部一人で片付けたのか? 

 私も手伝いたいけど、おそらく彼女の足を引っ張るだけだろう。私が不器用なわけではないけど、他人の手伝いをするより全部自分でやったほうが効果的だと思うんだ。

 そして、昨日のようにかなえが二つの湯吞みをお盆に載せて、こちらに向かってくる。

 湯吞みにお茶を注ぎ終えると、彼女はこう言った。


「では、メイドの練習を始めようか?」


 私は湯吞みを握りしめて、頷いた。

 お茶を飲み干したあと、私たちは着替えにいった。それぞれのメイド服を持って、更衣室に向かった。

 途中で、私は階段の下に置いた靴を手に取った。つやめいたし、黒いし、メイド服とよく似合いそう。

 そして、私たちは更衣室の中に陣取る。右側が私の縄張りで、右側がかなえの縄張りということになった。

 白いシャツと黒いブレザーを脱いでから、私は初めてメイド服を着てみた。ふりふりひらひらで心地よい。しかも、私の知らない可愛さを引き出す。


 ーー私でもこんなに可愛くなれるとは!


 かなえは着替え終えると、私に視線を向けた。


「では、練習を始めようか?」

「はい!!」


♡  ♥  ♡  ♥  ♡


 カランコロンカラン。


 かなえはお客様のふりをして、店に入った。

 まずは挨拶。私は少し考えてから、こう言った。


「お帰りなさいませ、お嬢様! のぞみと申します。願い事、聞かせてください!」


 その言葉に、かなえはしばらくキャラを崩して感想を聞かせた。


「ちょっと遅いけど、可愛いよ! では、もう一度練習しようか」

「お願いします」


 私が頷いて言うと、かなえは再び店を出た。

 まだ早朝だから街を歩いている人がほとんどいないけど、かなえの行動ははたから見るとやっぱりおかしいのではないか。

 そう考えると、私は失笑してしまった。笑いを隠すように口元を手で押さえる。

 気づいたら、かなえは戻ってきた。

 

 カランコロンカラン。


「お帰りなさいませ、お嬢様! のぞみと申します。願い事、聞かせてください!」

「完璧……。感心するわ!」

 

 言いながら、かなえは手を叩く。


「さて、次は案内の練習なのね。わたくしは手本を見せるから、ちゃんと見てね」

 

 彼女は咳払いをして、声を可愛くする。


「では、ご案内をいたしま~す!」


 言って、彼女は先に歩いていく。

 かなえの意外と可愛い声を聞いて、私は呆気にとられて立ち尽くした。

 彼女が食堂の前に立ち止まると、私はそこに視線を向けた。


「こんな感じだね。些細なことだけど、案内をしっかりしたらお客様の第一印象も良くなると思うよ。でも、今朝あんまり時間がないから……」

「わかりました。……あの、次はなんでしょうか?」

「次はね、注文の取り方」


 言って、彼女は食堂に向かった。

 彼女に従いながら、私は身につけたことを頭に繰り返す。

 一つ目、挨拶の言葉。二つ目、案内のやり方。そして、今度は注文の取り方。

 かなえは食堂を見回してから、最寄りの席についた。


「開店する前に、わたくしは各テーブルにメニューを置いておく」


 言いながら、かなえはメニューを取り出して、テーブルの上に開いた。


「では、まずは注文の訊き方。多分聞いたことがあるけど、『ご注文はお決まりでしょうか?』のことなのよ。メイドだから、できるだけ可愛く言ってね」

 

 私の声は可愛いとは程遠い。わざわざ可愛くしようとしても、お客様から見ればだろう。


「私の声があんまり可愛くないんですが」

「声が可愛くないと言っても、可愛いと思っている人がいるはず。だから頑張ってやってみよう!」


 かなえの言葉に、私は気合いを入れてやってみたくなった。

 彼女はもう一度お客様のふりをしてくれて、私は深呼吸をした。数秒間お客様かなえから背中を向けてから、彼女に目をやった。


「ご注文はお決まりでしょうか?」


 言いながらも下手だとわかった。やっぱり可愛い声が出せないんだ。

 少し恥ずかしくなって、私はかなえの感想を待っていた。


「思ったより上手だよ! かなりの才能があるね」

「いえいえ! そんなーー」

「とになく、もっと自信を持てばいいのよ」


 私の否定の言葉を遮って、彼女はそう言ってくれた。


「では、練習は終わりにしようか。ところで、もしお客様が希茶きちゃを注文したら……。材料が結構高いので、その時は注ぎ方を教えてあげる。わたくしが急須を用意している間、時間を稼ぐために願い事の相談をしてください。お客様を待たせてはいけないからね」

「わかりました」


 頷いて、私は店のドアに視線を向けた。


 ーー今日、お客様が来てくれるかなぁ……。


「さて、わたくしは開店準備をするから」


 言って、かなえは歩いていく。

 私は椅子から立ち上がって、気合いを入れる。


 ーーさあ、これからが本番だ!

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