第6話

 冤罪で独房に入れられたアナスタシアは監視が去ると体を起こし、ガーターベルトに挟んだ護身用のナイフを取り出した。

指先をナイフで傷つけ、衛兵に貰った毛布の上に円を描く。更に丸を3つ。三角形1つ。


(今日は満月だから、部屋の中が月明かりで見えやすくて良かったわ)


アナスタシアは円の中に立ち、ただ一言、呟いた。


『バアルよ、来たれ』


すると独房を覆うほどの闇が出現し、渦巻き、やがて1人の青年の形を取っていく。

闇を纏ったかのような黒い髪、黒い目、黒いトーガ、そして頭に生える黒い角…。


「よぉ姫さん! 久しぶりだな。何回目ぶりだ?」

「3回目ぶりだかしらね。やっぱりギルフォード殿下の性格的に修正が難しいようなの」


アナスタシアは何度もこの生を経験し、その度に殺されたり、お家断絶になったりしていた。

多くの起因はギルフォードの短慮さなので改善を試みたが、身分的にも言うことを聞かない。

そしていつもギルフォードは廃嫡されて野垂れ死んだり、父に殺されたりしてしまうのだ。

その生の中で時々悪魔・バアルと関わることがあった。契約者に全ての知識と全ての邪悪な欲望を叶える東方の王と呼ばれる悪魔だ。

バアルは死なないのでアナスタシアを覚えており、またアナスタシアは死んでも過去世を覚えていた。そうして気安い仲となっているのだが…。


「あの王子サマは見えてる世界が狭くてダメだなぁ。過去の記憶が無いから同じ過ち繰り返すし…」

「だから、ギルフォード殿下を王家から出した方がいいと思うのよね」

「ん? 出奔するよう力を使えって?」

「いえ…ギルフォード殿下と入れ替わろうと思って。もう彼には期待しないわ。私が王にればいいと思うし…彼は私の苦労を少しは知るべきだわ」


バアルは少しだけ考えた。

ギルフォードがアナスタシアと入れ替わったら、もう会えなくなるかもしれないな…と。


「…なぁ、姫さん。俺が王太子になってもいいか? なんだかんだ、アンタ優しいところあるから最後の最後で手心加えそうなんだよね~。俺がしっかり落とし前つけさせるよ!」

「え…でも数十年、人間として暮らさなきゃならないわよ? 出来るの?」

「アナスタシアが近侍になって俺に教えてよ! アナスタシア用の器を用意するからさ。2人の方が不測の事態に強いと思うよ。2人で嵐を起こそうぜ?」

「確かに…思い切ったことをするから知っている流れにならないことも多いでしょうね…。それにローラナにベタベタされるのは抵抗あったのよね…」


アナスタシアはすぐ了承した。

バアルは頷き…少し躊躇いながら言った。


「流れを変える代償は大きい。通常のような髪や爪ではなく、最終的に君の魂を捧げてもらう」

「―いいわ。もう何度も同じことを繰り返すのは辟易してたの。貴方に食べられて終わるのもいいかもしれない」

「食べないよ。…そうだな、君の魂を人形に閉じ込め、生涯お喋りに付き合ってもらうかも」

「フフッ。魂を捧げるってそんな感じでいいの?」

「俺とのお喋りが嫌になっても、ずうっと話し相手にならなきゃいけないから大変だぞ?」


胸の高さまで上げた右手が黒く、硬質化していく。そして人には成せぬ速さでアナスタシアの首を裂いた。

アナスタシアの体から浮き出る光の玉を掴み取る。


「そうと決まればここでの君の物語は終いだ。君の魂は持ったし、器を作って定着させたら次の物語へ行こうか」


実際のところ、器の作成や定着には1年近く要した。

バアルが器に凝りすぎ、その偏った性能の器を使えるようになるのに時間がかかったからだ。

その間に王太子の廃嫡や公爵により報復などがかつての物語では起こっていた。

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