第37話 その日



 その日の朝を、それぞれの人物がどのように迎えたか、簡単に述べておこう。


 グレイス二世とポーラ王妃は、王の寝室で抱き合って。


 衛兵隊長コールマンは、その寝室の前に直立不動で。


 ジェイコブ王太子は、ベッドに横になりながら、新しく妻に迎える美貌の少女のことを悶々と考えて。


 仙女の老婆は、八人家族の農家の家にとどまり、朝まで彼らとクーデター後の世の中について熱く語って。


 レオ第二王子とニコラス・スミス宰相も、同じく未来を語らって。


 残るは四人。

 公爵令嬢コーデリア・ブラウン、女官のエリナ、転生者のラン、料理長であるがーー


「ただいま」


 衛兵隊長を王の寝室の前に瞬間移動させたあと、天使はランとともにコーデリアの部屋に戻ってきた。ちなみに「ただいま」と言ったのは上機嫌のランだ。


「冒険、大成功だよ。コールマンはねーー」


 ランが山麓の農家での出来事を話すと、聞き役の三人は涙を流して喜んだ。


「良かった。その仙女のお婆さんも素晴らしい方ね。ぜひお会いしたいわ」


 コーデリアが鼻をかんで言った。よく泣くお嬢様ではある。


「衛兵隊長の心が変わったのは奇跡です。さあ、私もこうしちゃいられない。重要な明日の任務のために、仕込みを始めなければ」


 料理長はそう言うと、まだ夜明け前にもかかわらず、厨房に降りていった。朝食の準備に火を熾(おこ)す必要もあり、料理長は王宮内で誰よりも早く仕事を始めるのが常であった。


「それではみなさん、私はこれで。もうこちらのことには干渉しませんので、どうぞご無事で」


 天使がそう言って帰ろうとしたので、コーデリアとエリナとランは、どうかあと一日だけ、と必死に引き留めた。


「いえいえ、大丈夫です。これまでどおり天から見ていますから。とにかく今日の行動は例外中の例外なのです。天使の役割としては、ずいぶん出過ぎてしまいました」


 そう言い残して天使は消えた。


「私も帰ります」


 とエリナが頭を下げた。


「ひょっとすると、雑用を言いつけるために、先輩が早く起こしにくるかもしれませんから。もし部屋を抜け出したことがバレて、王妃様に告げ口でもされたら大変」


 そう言ってエリナが後宮に戻ると、部屋にはコーデリアとランが残された。


「コーデリア様」


 ランが優しくコーデリアの手を握った。


「明日は絶対大丈夫。何もかも、うまくいきますから」


 ありがとう。と言ったあと、コーデリアは、しばらくランを見つめた。


「……私の顔に、何かついてます?」

「ううん」


 コーデリアは首を振って、笑った。


「あなたの顔が、あんまりきれいだから、つい」

「コーデリア様こそ」


 ランも笑った。

 やがて、ランも自分の部屋に帰ることになり、二人は手を振って別れた。

 その直後、コーデリアはベッドに突っ伏した。


(ランのことは大好き。でも複雑……)


 まぶたの裏には、ランの部屋の布団に隠れていた、レオ第二王子の顔がある。

 何だかあのとき、バツが悪そうだった。


(私が部屋に入るまで、あの二人は、いったい何をしてたんだろう?)


 苦しい想像だった。

 コーデリアがこのクーデター計画に加わったのは、ほんの数時間前。

 それまで、計画についての話し合いを、レオ殿下とランは、どれほど多く重ねたのだろう。

 どれほど長い時間、二人は親密に、秘密の計画について語り合ってきたのであろうか……


 ベッドのシーツにしわが寄る。無意識のうちに、シーツを固く握り締めていたのだ。


(首尾よくクーデターが成功したら、あの二人は結婚するかもしれない。たぶんそうだ。だってものすごく、お似合いだもの)


 シーツが涙に濡れる。本当に、よく涙の出る大きな目だ。


(それを見る前に、私は実家に帰ろう。そしてもう二度と、王室に関わろうなどとは思うまい)


 もしレオ第二王子が、コーデリアの切ない胸の内を知ったならば、


「僕が好きなのはあなたです!」


 と大声で叫んだだろう。しかし人間は、天使ほど巧みに人の心を読むことはできない。だから、これまでコーデリアに無愛想にしてきたことが災いして、自分は嫌われているだろうと勝手に思い込んでいた。


 それはコーデリアも同じこと。

 もしレオ第二王子の心を知れば、今流している涙の意味は、苦しみから喜びへと百八十度変わるであろう。


 鳥の啼き声に、ふとコーデリアは顔を上げた。

 気がつくと、カーテンの隙間に光。

 夜明けだった。


 こうして、この出来事に関わるどの人物にも眠りを許さなかった一夜が明け、その日の朝を迎えたのであった。

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