第13話 内部工作



 その日は時間がなかったので、転生者捜しは老婆にお願いして別れた。

 王宮に帰ったレオ第二王子は、女官のエリナを呼んだ。十四歳のエリナは、まだ少女ながら勘が鋭く、その観察眼を第二王子は信頼していた。


「エリナ、ニコラスだが、父や兄を嫌っていることは間違いないな?」

「絶対そうです。だけど、レオ王子様のことは大好きですよ」


 ニコラス・スミスは宰相だった。宰相とは、王宮において王の国政を補佐する役職であり、側近中の側近であると言えた。

 権力の甘い汁を吸いたい者にとっては、垂涎の的の地位である。が、独裁者に気に入られて側に置かれるというのは、諸刃の剣でもあった。ひとたび王の癇(かん)に障れば、たちまち失脚し、最悪の場合は処刑されることもあるのだ。


 ニコラス・スミスもそれは重々承知していた。だから言動には細心の注意を払い、常に慎重に立ち回っていた。にも関わらず、最近グレイス二世のニコラスに対する態度は冷たかった。なぜか。


 理由などない。人間、ありとあらゆる権力を有すると、気まぐれになるらしい。ニコラスがうまく立ち回れば立ち回るほど、グレイス二世はそのそつのなさが疎ましくなり、理由なく苛立った。


 ただでさえサディストだ。ニコラスなど、元々ゴミに過ぎなかったが、頭が切れるので引き上げてやった。それが調子に乗っている。どれ、処刑宣告してやるか。きっと蒼褪めて、ぶるぶる震え、命乞いするだろう。実に面白い。妻も喜ぶだろう。よし、決めた。近いうちに殺そう。


 王のその感情を、繊細なニコラスは感じ取っていた。王は私を排除しようとなさっておられる。何の落ち度もないのに。嗚呼、なんと理不尽なことだろうーーそう思っても、宰相の地位を自ら降りることもできなければ、王宮から逃げることもできない。もはや黙って死の宣告を待つのみ。そんな絶望感を隠しながら、ニコラスはサディストの王のために、日々の公務を哀れにもそつなくこなしているのであった。


 女官のエリナは、宰相の変化を見逃さなかった。宰相の心は王様から離れている。王太子も信用してない。唯一信頼しているのは第二王子だけ。私とおんなじね。そうだ、このことを、レオ様に教えてあげよう。


 このような経緯(いきさつ)から、レオ第二王子は、宰相のニコラス・スミスを自分の側につかせることができると踏んだのである。


 第二王子は女官のエリナを通じて、宰相に極秘の手紙を渡した。宰相は、深夜ひそかに、第二王子の部屋を訪れた。


「殿下、よくぞ国を救われる決心をなされました」


 ニコラスは泣いていた。レオ第二王子が立ち上がってくれることでしか、自らの死を逃れるすべはなかったのである。まさに奇跡が起こった。これが泣かずにいられようか!


「私だけではありません。実を申すと、王と王太子に、心からの忠誠を捧げている文官はほとんどおりません。皆、恐怖から従っているだけです」

「軍人はどうだ?」


 第二王子が小声で訊いた。


「残念ながら、軍はその性質上、王に絶対の忠誠を誓っております。王が死ねと言えば死ぬ、それが軍人ですから。しかしです」


 ニコラス宰相が身を乗り出す。


「王と王太子がいなくなって、殿下が王になれば、軍は新たな王に従います。ですから、王と王太子さえ斃せば、必ずやクーデターは成功するでしょう」

「そうはいくまい。僕が父と兄を殺せば、それは反逆だ。正統な王位継承ではない。となると、軍は反逆者の僕を殺して、軍事政権を樹立しようとするだろう。僕には軍事力がないのだから、それを防ぐ手段がない。国は大混乱に陥り、今よりもひどいことになる」


 宰相は舌打ちした。


「くそっ! あの二人さえいなくなれば、何もかもうまく行くのに。地方領主の中にも、そう思っている者がたくさんいるはずです」

「ニコラス、ぜひ仲間を増やしてくれ。このクーデターを支持してくれる仲間を」

「え? ですが、軍はどうするのです?」

「父と兄は斃さず、『眠り病』になってもらうのだ」


 第二王子は宰相に説明した。


「転生者ですと!?」


 シーッと第二王子は指を唇に当てた。しかし宰相は興奮し、


「それなら成功間違いなしだ! 何なら【睡眠薬】だけでなく、戦争に役立つチートアイテムも譲ってもらいましょう。そうすれば、軍を力で抑えられるじゃないですか!」

「ニコラス、僕は戦争が嫌いなんだよ。それに殺人も」

「あくまでも、王と王太子は生かしておくつもりなんですね?」

「そうすれば、反逆にならない。僕は王の代理という立場で政治ができる」

「なんとまあ、殿下はお優しいですなあ!」


 ニコラス宰相は、文官や地方領主らと極秘に接触し、「反グレイス二世・親レオ第二王子」のネットワークを構築する役目を負った。

 一方、レオ第二王子の役目は転生者捜しである。それについて宰相は、


「転生者は、毒見の一族に紛れている美少女なのですね? とすると、うまくやれば王宮内に潜入させられるかもしれません。毒見役の候補者選びは、私の仕事ですから」

「なるほど。あまり目立たない候補者の中にその転生者を入れれば、父はきっと選ぶだろう。もちろん、転生者がそこまで協力してくれればの話だが」

「ぜひお願いして下さい。チートアイテムを持つ一人の転生者の力は、一万人、いや、それ以上の軍人の力に匹敵する。我々は力を持つことになるのです」


 ニコラス宰相は拳を固めた。


「王は毒見役を数年で交代させます。そろそろ交代の時期です。そのときこそ、この暴力によらないクーデター、謀略式無血クーデター開始の号砲となるでしょう!」

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