第10話 黒幕の正体



 エリナはコーデリア付きの女官であり、美しい女主人を好きであった。だから王太子から聞いた話には、憤懣やるかたなかった。

 

 二人でランの部屋に戻ると、さっそく怒りをぶち撒けた。


「陛下はひどすぎる! いったい何を考えてるの!」


 ランは「まあ座って」とエリナに床を示し、


「王があんな命令するわけないじゃん。何も得しないんだから」


 少し落ち着きを取り戻したエリナは、


「えっ、じゃあ?」


 あぐらをかいて座る美少女に、尋ねる視線を向ける。すると、


「きっと王太子は、婚約者に飽きたのよ。それで私と交換したくなったんじゃない? ダッサ!」


 あの好色のサディスト王子ならやりそうなことだ、と思いながら、エリナは訊いた。


「ねえ、ランさん。ダサとかダッサってどういう意味? どこの国の言葉?」

「え、知らない? ダサいっていうのは、かっこ悪いってこと。外国語じゃないよ」

「ふーん。初めて聞いた。じゃあダルは?」

「ダルい。めんどくさいって意味」

「難しい言葉を知ってるのね」

「難しい……あー、宮廷や貴族社会では使わないのね。平民とか奴隷は普通に使ってるよ」


 エリナは床に座ってくつろいだ。


「で、どうする? 王太子様と結婚するの?」


 オェーと吐く真似をするラン。


「冗談じゃない。じゃあ逆に訊くけど、あなたはゴキブリと結婚したい?」

「でも命令されたら、逆らえないでしょう?」

「殴って逃げる」

「無理よ」

「いや、勝てる。あいつ動き遅いもん。ボディを蹴って、ガラ空きになった顎を打ち抜く」


 シュシュシュと言って、ランが目にも止まらぬ速さでパンチを繰り出すと、エリナの青い髪がふわっと広がった。


「すごい。拳闘ができるのね?」


 とはいえ、もし王宮内でそんなことをしたら、たちまち衛兵に取り囲まれて銃殺されるだろう。

 エリナは目を細めて、毒見役の美少女を見た。


「……ねえ。あなた本当に、毒見の一族の出身?」


 鋭い質問だった。

 ランはニヤッとするだけで答えない。

 さらに質問を重ねる。


「ランさん。あなた、王宮の毒見役になるのが、王様の女になることだって知ってるわよね?」


 これにもニヤニヤ。エリナは畳み掛ける。


「だとすると、閨房でのことを叩き込まれているはず。王様を悦ばせるために、たとえばどんなことを教わった?」


 ついにランは噴き出した。


「王様を悦ばせる? アハハ。もし触ってきたら、ワンツーからのハイキックでノックアウトよ」


 エリナは確信した。ランは決してセイユの者などではない。


「これでわかったわ。もしあなたが毒見の一族だったら、絶対にそんなことを言うはずがない。だって、雇い主の代わりに死ぬ役を務めるのだから、徹底してその雇い主を尊敬するように教育されているはずよ」


 ランはまだ笑っている。


「ズバリあなたは、反体制派が送り込んだ女スパイ。そうなんでしょう?」

「だったら?」


 もはや認めたも同然。

 エリナは考え込んだ。

 これほど大きな秘密を知ったからには、中途半端な立場ではいられない。

 ランと王室、どっちにつくか?

 あくまでも王室への忠誠を貫くなら、今すぐ部屋を飛び出して、スパイが侵入した事実を伝えるべきだ。

 でもエリナは、そうしたくなかった。

 ランを好きだったし、コーデリアを裏切った王太子を激しく憎んでいたから。


(私は王様も、お妃様も、王太子様も本当は好きじゃない。王室で好感が持てるのは、第二王子のレオ様くらい。この際、スパイに味方して、王室をひっくり返すのに協力しちゃおうかな?)


 しかしそれは、危険すぎる賭けである。

 バレれば死。それも、エリナの一族すべてが反逆者の烙印を押されて、極めて残酷な方法で、不名誉な処刑をされるに違いなかった。

 

「エリナさん、どうしたの? 難しい顔して」


 エリナはムッとした。


「それはそうよ。あなたが、重大なことを隠しもしないから」

「ほんとは毒見の一族じゃなくて、スパイだってこと?」

「そうよ。スパイって、死んでも正体を明かさないものなのに。あなたはスパイの風上にも置けないのね」

「じゃあ私のこと、告げ口する?」

「したらどうする? 私を殺す?」

「んなわけないじゃん。私、エリナさん好きだもん」


 エリナはキュンとした。


「エリナさんはいい人だから好き。好きな人に、嘘はつけないでしょ?」

「ありがとう。私もランさんが好き」

「じゃあお互いに、さん付けをやめようか?」

「うん、ラン」


 エリナはデレッとした。


「エリナ、あなたを巻き込むつもりはないし、絶対に迷惑はかけないから安心して」

「ありがとう。でも、協力できることがあったら遠慮なく言ってね」

「今のところ頼むことはないわ。ところでエリナは、コーデリアさんの世話係なのよね?」

「うん」


 エリナは頷いた。エリナの女主人は、仕事をほとんど言いつけないので、こうして後宮で暇にしていられることが多いのだ。


「そしたら、王太子の裏切りを教えてあげて。きっと近いうちに、『お前を毒見役と交代する』って言われるよって」

「心の準備をさせてあげるのね」

「それで、もしそう言われたら、『では毒見役の心得を教わってきます』と王太子に言って、私を訪ねてくるようにと伝えて。そうしたら、コーデリアさんを救けてあげられるかもしれない」

「本当に? 奥さんを救けてくれる?」

「うまくいけば。でも救けるのは私じゃなくて、私のボスだけど」

「反体制派のリーダーね。どういう人?」

「あなたもよく知っている人よ、エリナ」


 不思議な「毒見役」の少女は、純粋な心から味方になった同い年の女官に、魅力的ないたずらっぽい目を向けて言った。


「その人の名前は、レオ第二王子」

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