第十三回 大切への醜い嫉妬
テーマ『ほんの少しのフェイクをそえて』
ライアンはキャベツとレタスの違いがわからない。だから過去にロールキャベツの食材のお使いを母さんが頼んだ時、間違えてレタスを買ってきた経験がある。なのでキャベツかレタスがお使いの品目の中に含まれるときは、決まって俺も同行するようになっていた。それ自体はいいんだけど、普通にキャベツとレタスの違いがわかんねぇのはどうにかしたほうがいい。そう言えばこの前はキュウリとズッキーニとゴーヤとへちまが全部同じ野菜だと思っていたような……。なんか図鑑買ったほうがいい感じか? これ。
「こちらがキャベツだね。今日こそ覚えたよ、ホマレ!」
サニーレタスを持ったライアンがまぶしい笑顔をこちらに向けて言う。お前なんにも覚えてねぇじゃねぇか。俺は無言でライアンからサニーレタスを取り上げ、棚へ戻す。ちなみに今日の夕飯はトンカツで、キャベツの千切りが献立にあるため俺が派遣された。カット済みのキャベツを買ったほうが楽だしラインが間違えないからそっちにするか母親に聞いたけど、玉で買ったほうが安いんだと。それでキャベツを一から千切りにするなんて、母は強し、だな。
「いいか、キャベツは、こっち。値札よく見ろ」
「え、これはキャベツではないのかい? だってレタスではないんだろう?」
そして俺はキャベツやほかのお使いに頼まれたものを買い物かごに入れていく。この世の円形の葉物はキャベツとレタスしかないわけじゃないんだけどなぁ。コイツ、ホウレンソウと小松菜も違いがわからなさそうだな……。
後ろでやんややんやと言っているライアンを無視して買い物を済ませた俺は、宿題が
あるためさっさとスーパーを出て帰路に着く。
「ホマレ、私が荷物を持つよ」
買い物袋重てぇ~!! なんて思ってたら、後ろから追い付いたライアンが当然のように俺の手から買い物袋を取った。
「プリンセスにこんな重たいものを持たせるわけにはいかないからね」
カーーーーッ! 勘弁してくれぇぇ~!
突然のお姫様扱いに俺は喜んだり照れるより頭を抱えた。俺そんな貧弱じゃないし? さすがに重てぇ~! とか言いながらでも持てるわけですよ。それに端から見たら、美人としか表現できない女の子にぼこぼこに膨れた買い物袋を持たせてる男子高校生の図なんですわ。近所の人に見せられねぇだろ、こんな絵面。俺が地獄だ、地獄絵図。
「いいよ、自分で持てるし」
ライアンの手から買い物袋を奪取しようとしたが、ライアンは軽々と買い物袋をもう片方の手に持ち変えて俺を躱した。ドヤ顔をして俺を見るライアンに、コイツ……という若干の腹立たしさを感じる。
「君の前だ、格好つけさせてくれ」
「キャベツとレタスの違いがわかるようになってからカッコつけような~」
カッコつけさせるかよ。俺がライアンを小馬鹿にするようにそう言えば、ドヤ顔だったライアンの表情が固まった。おうおう、何も言えないんか?
「というわけで、俺持つから。ん」
ライアンへ手を伸ばせば、しょんぼりとした様子でライアンは買い物袋を差し出した。それを受け取る際に、ライアンのクソダサジャージの袖から見えた手首に俺はもう一度「ん?」と言った。
「ライアン、腕時計なんてしてたんだ」
そう、ライアンの手首には彼女らしくない男物のデザインの腕時計が巻かれていた。どっちかって言わずとも懐中時計を使ってそうだったので、腕時計とは意外だった。そしてさらに驚くことに、
「それ俺と同じやつじゃん。センスいいな」
そう、俺が今つけている腕時計と同じ物だった。お年玉で買ったやつだから、結構これ気に入ってるんだよなぁ~。ライアンのほうのは随分と年季が入っていて、ベルト部分は俺のより汚れていて、金属部分はメッキが剥げていた。しかもよく見ると、秒針が止まっている。
「これ壊れてるか電池切れてんぞ。直すなら近所の時計屋案内するけど……」
これじゃ腕時計の意味をなさないじゃないか。俺はライアンにそのことを言うと、ライアンが自分の腕時計を見たあと、なぜか嬉しそうに微笑んだ。
「いや、これでいいんだ」
「時計なんだから、ちゃんと動いてないとだめだろ」
「直してしまっては、意味がなくなってしまう」
今の状態のほうが意味ないだろ。そう言いたかったが、ライアンにはライアンなりの考えがあるんだろうと思い、俺はぐっと耐える。
「ライアンがいいならそれでいいけど……。まぁ、直したくなったらいつでも言えよ。てかさ、それどこで買ったんだ?」
別にこの腕時計は特別な品じゃなくて、普通にそこらへんの店で売ってるやつで珍しいもんじゃない。でも、どこからか――少なくとも日本ではないだろう――来たのかわからないライアンが持っているということは、俺にとっては不思議なことだった。使い込んでいるから、最近買ったものじゃない。でも日本にしか売ってないようなものだ。俺だってライアンじゃなければそんなことは聞かなかっただろう。
「これは私が自分で買ったものではなく、貰い物なんだ」
するとライアンがさっきよりも、あからさまに嬉しそうに笑ながら言った。
「……ふーん」
貰い物、その言葉に俺はちょっとだけ気持ちがささくれだった。
「そんな大事なんだ」
「うん。私の宝物だよ」
ライアンの笑顔から、本当にその腕時計は宝物だということがひしひしと伝わる。
「誰から?」
そんなこと聞かなきゃいいのに、気付いたら俺はそんなことを言っていた。なんだろう、すごく、いらいらする。
だけどライアンは俺の気持ちにまったく気が付かないのか、俺をまっすぐみつめて、腹が立つほどの綺麗な笑顔でこう言った。
「大切な人からさ」
なんだよ、それ。ソイツは俺よりも大切なやつなのかよ。
「そっか。なら、大事にしないとな」
俺は必死に笑って、ライアンに言う。
「あぁ、もちろんだとも」
嘘だ。今すぐそんなもの、捨ててくれ。
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