第31話 「奥様あてのお荷物だったので」
下村先輩は『使えないダメ社員』の烙印を押されているらしく、ぼくは監視役なのだと悟った。腐っても先輩だ。いい機会だから、いろいろと話をしてみたいと思う。
「野田くん、今日はよろしくね」
「おはようございます」
下村先輩のほうから声がかかった。なんとなく親戚のおじさんを思い起こさせる親しみのある風貌。惜しみなく振りまく笑顔。人は悪くなさそうにみえた。
「えーと。なにから始めよっか?」
「そうですね、では時間指定なしと午前中指定の荷物を荷台に積んでください。ルートは地図の通りです。番地が若い順に手前に積むと、あとで探しやすいです。ぼくは午後指定の荷物を分けてパレットに移しておきます」
「わかった。いやあ、新人さんと組むのは緊張しちゃうよ」などと言いながら、先輩はきびきびと動いてくれる。
「新人って言いますけど、ぼく、もう3年ですよ。先輩とはルート被らないから見慣れない顔かもしれませんけど」
しばらくして、積込が終了したと聞いたので荷台を覗いた。
「え?」
「なんかおかしいかい?」
「先輩、これって……?」
宅配のダンボールはたいていが角ばっている。ほとんどは立方体だ。だから向きを揃えて積載したり壁に側面をぴたりとつけて積むと隙間がなくなり崩れにくい。
先輩が積んだ荷物は向きがバラバラだった。控えめに言って乱雑、正直に言えばカオス。荷台に放り込んだだけにしか見えない。しかも衣類通販の箱の上に2リットルペットボトルの水6本入りが載っている。
「運転中に土砂崩れになりますよ。ああ! これ、やばいですよ。下の箱が潰れてるじゃないですか」
「大丈夫大丈夫。どうせ中身は洋服だから。さ、出発しようか」
「えええ?」
全く気にしない下村先輩を助手席にのせて、長い一日が始まった。
一軒目は、偶然にも事件の被害者の家だった。
「……やあ、ご苦労様。また会ったね」
「奥様あてのお荷物だったので、お届けするか迷ったのですが……」
野田が手渡したのは故人あての通販の衣類。今までは奥さんが受け取っていたので、ご主人と顔を合わせることはなかった。
「本日はお休みですか」
「やはり、休めと上から言われてね。忌引きを取らされたよ。仕事をしているほうが気が楽なんだけどね」
白いものが目立つ頭髪。目が落ちくぼみ、いっそう憔悴して見えた。
「妻が生前頼んでいたものは、これからも届くかもしれない。必ず届けてください。もう着る者はいないが、代わりに私が受け取ってあげたいと思う」
「はい、わかりました」
「うちへよく配達に来てくれていたのはあなたなんだね。妻がお世話になりました」
「こちらこそ、いつも親切にしていただきました」
去り際に、帽子を取って頭を下げた。ご主人も軽く会釈を返してくれた。
何の変哲もない普通の家庭に、なぜ悲劇が降りかかったのか。ご主人はそう問いたげなまなざしで、玄関の戸を開けたまま、しばらく佇んでいた。
配達車両を停めた場所まで戻り、そっと息を吐き出す。下村先輩が荷台に頭を突っ込んで独り言を繰り返していた。
「あれー、ないなあ。おかしいな、絶対載せたんだけどなあ」
「どうしたんです。荷物が見つからないんですか。順番だと左側じゃないですかね。番地で探してます?」
「うーん」
「あ、そっちの山は不在持ち戻りを置くとこです。未配達分と一緒にしないでくださいね」
ルート通りに積んだのならば多少の荷崩れがあっても見つからないわけがない。うなり声を上げる下村先輩の背中を見やり「なるほど、地獄とはこのことか」とようやく悟る。
「これじゃない、これでもない、うーん」次々と荷物を放ってますますごちゃごちゃになる荷台。やがて先輩の歓喜に満ちた声が上がる。「あ、あった!!」
「よかったですねー。じゃはしってきてくださーい」
ぼくの声は死に始めた。アドバイスのことごとくがスルーされる虚しさで。
二人体制なのに午前中指定の荷物はなかなか減らなかった。
「ぼくが5けんまわっていたあいだ、なんでせんぱいは1けんしかまわってなかったんですかー?」
「それはね、先輩の優しさだと思ってほしいなあ」
「はあ?」
「アタシらの仕事って基本給に歩合加算されるじゃん。たくさん配達したらたくさん歩合がもらえる。懸命に働けばその分手取りが増える」
「そうですけどー?」
「だから荷物をきみに譲ってる。後輩に稼がせてあげてるわけよ。アタシは最低歩合でかまわないからさ、定年までしがみつければ満足なのよ」
「せんぱいはきんぞくねんすうがながいから、きほんきゅうがたかいじゃないですか。ぶあいなんて、どうでもいいでしょー。ずるいですよー」
「わははバレたか。でもよ、能力の差ってものがあるのよ。こっちは老眼だし腰痛持ちだし、スピードは出せないんだよ。比べられても困るんだよ。年寄りを労わるのは美徳だろうが。最近の若い奴はサボることばっか考えやがって、使えないんだよなあ」
「……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます