第20話 「……ヒント、頼む」
「いやがらせではないってことだな」
「もちろん」
探偵は胸を張って堂々とたたずむ。よほど自信があるのだろう。
「……ヒント、頼む」
「春。ギラギラ系アクセサリー。使い捨てられたワイヤーハンガーが作業場にたくさん落ちている」
「あ!」
ひらめいた。指を立てて丹野にアピールする。
「カラスだ!」
ぼくのひらめきに店長が「なるほど」と唸った。
「ほう。もっと詳しく」
「カラスは繁殖の時期になると巣を作る。都会は木の枝が少ないからワイヤーハンガーを使って巣を作るんだろ。ニュースで聞いたことがある。エアコンがないことから推測して、温かい季節にはこのバックヤードは全開になってるはずだ。巣材を物色しにきたカラスが、作業場に入り込むことがあるだろう。近くに光るものを見つけたんで持っていったんだ。カラスはキラキラしたものが好きだから。店長のアクセサリーも持っていかれたんだ。そうだろ、丹野」
この推理は我ながらよくできている。自信があった。
丹野はよほど感心したのか、何度もうなづきながら聞いていた。
「カラスの習性をよく知っているな。点と点を結んで線にする。考え方も素晴らしい」
「ぼくにもそれくらいのことは推測できるよ。カラスに盗まれた、で正解だろ」
「ハズレ」
「え、マジで?」
完璧な答えだと思ったのに。店長まで訝し気な表情を浮かべた。
「カラスは光るものを集める。陶器の破片やガラスやコイン、あるいは人間どもの装飾品が巣の中でみつかる例は多い。知能が高く好奇心が強い彼らは、遊び道具にしたり嘴を研ぐのに使ったりしているそうだ。まあ、人間の中にも光るものを身に着けないと落ち着かないという者は少なくない。おれには理解できないが」
「光るものを綺麗だと感じるのはカラスも人間も一緒なんじゃないかな。で、正解はなに?」
「あせるな。カラスは光るものを綺麗だと思って集めているときみは思うのか」
「だってあいつらは黒一色じゃん。綺麗な色や輝きに惹かれるのはわかる気がするな。自分にはない煌めきに憧れるんだよ」
「人間が恋人に光るものをプレゼントするのは、相手の容姿が地味でつまらないから贈るわけか。興味深い」
「んなわけないだろ。愛情表現じゃないか」
「束縛の意思表示ではないのか?」
「いや、なに言ってるかわかんないよ。で、結局犯人がカラスでないんなら、正解を教えてくれよ」
店長も同感らしく、ヘドバン気味に首を振っている。
「しょうがない。教えてやろう」
丹野の表情に憐れみの色が浮かんだ。見下されているのだ。
気づかなくていいことは、よく気づいてしまうものだ。
だが彼は理解しないだろう。ぼくの胸中にも憐憫がわいていることを。
愛情を理解できない哀しい探偵だと、凡人に見切られていることを。
「店長、さっきの店員以外にも従業員は数人いますね。多かれ少なかれ、みんな同じようなアクセサリーをつけている。だが他の誰一人も被害に遭っていない」
「ええ。おれだけです。でもいやがらせではないんですよね」
「犯人はさきほどの店員。オーナーの秘密の恋人でしょう。自分の尻をやたらにさする癖がある」
突飛なセリフに、ぼくは面食らった。
ぼくの隣で、店長は目を見開いて口をぱくぱくさせている。
「あの、店長、丹野が言ってることは本当ですか」
店長が答える前に丹野が口を開いた。
「でなければ、さっきからちらちらと覗きに来ない。きみたちは気づいていなかったかもしれないが、彼はこちらが気になって仕方ないようだ。視線がうっとうしい!」
バックヤードと店舗をつなぐ戸口を丹野はにらんだ。今は無人だ。
「本当に覗いてた? 尻なんてさすってたかな。よく男の尻なんか見てるな」
丹野は眉間に皺を寄せて、ぼくを睨んだ。
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