中編1
オレは『願いの叶う店』を出てから、何とも言えない不思議な感覚が纏わり付いていた。
「何なんだ、あのカクテルは……」
それは、甘酸っぱい青春時代を思い出す味だった。まるで学生時代に初恋の彼女と交わした初めてのキスと同じ感覚だった。
「あの時の彼女は……」
中学に入学して一目惚れをしたB美。
真面目で優しくて、可愛かったB美。
オレの告白を驚いていたが、受け入れてくれたB美。
誰も居ない教室で初めてのキスをして、泣いて喜んでくれたB美。
オレがグレて不良化すると、真剣に諫めてくれたB美。
同級生を喝上げした時に、相手との間に割り込んでオレに平手打ちをしたB美。
無表情のまま、オレの前から去って行ったB美……
オレが思い出を辿った瞬間に、またA雄に対する怒りが噴き上がってきた。
そうだ! B美はA雄の女になっていたんだ!
オレがグレて不良化して離れていったB美を、A雄が強引に自分の彼女にしたんだ!
オレが気がつくと、B美はA雄の女になっていた。同じ不良なのにB美はオレで無くA雄を選んだのだ!
強盗事件の時にA雄のアリバイ工作を手伝ったのもB美だった!
「オレから何もかも奪ったA雄はやっぱり許せねぇ!」
「この『不幸のカード』で復讐してやる!」
オレは心に誓った……
次の日、『不幸のカード』を手渡す為にオレはA雄と連絡を取った。
「これからの事で相談したい」
「出来れば一週間以内に、直接会って話しをしたい…」
A雄からは、
「事業が忙しいので、六日後の夜になら会える」
「何処か、人目の付かない所で会いたい」
と返事が来た。
やっぱり前科者のオレとは、大っぴらに会いたくは無いらしい。
オレは会見場所に例のショットバーを指定した。
あそこなら、他人の目は気にならないからな。
あのマスターなら、余計な事は言わないだろう。
それに、『あのカクテル』をまた飲みたくなったから……
六日後、オレとA雄はショットバーへ入る階段の前で待ち合わせをした。
「良く来てくれたなA雄! すまないな、こんな所で待ち合わせをして」
「いやD助、中々良さそうな所じゃないか」
「A雄、オマエのお陰で携帯電話を持つ事が出来た、これは新しい携帯番号だ」
オレは表に出鱈目な数字を書いた『不幸のカード』A雄に手渡した。
「おっ、ありがとな」
A雄はカードを掴んだ、その時、
「A山A雄! D谷D助!」
急に後ろからオレとA雄の呼ぶ声がした!
オレが振り向くと、男が立っていた。何となく見覚えのある顔だった。
「何処かで会った様な……」
オレが思い出そうと考える間も無く、オレの顔面は火の付いた様に熱くなった!
強烈な熱さで目が眩んでオレは倒れた……
「アイツは確か……」
気が付くと、オレは病院のベッドの上に居た。
医者は暴漢がオレの顔に強酸性の液体をかけたと言った。
その液体のせいで、両目が失明したと言った。
医者は犯人やA雄について、何も話してはくれなかった……
それ以来、オレは暗闇の中に居る。
確かに、あれからオレがA雄の姿を見ることは無かった。
あれだけ沢山流れていたラジオやTVの音声から、A雄の声は聞こえなくなっていた。
オレの周りでは、完全にA雄の存在が無くなった!
「ちょうどA雄がカードに触れた瞬間に、持っていたオレとA雄の両方にに不幸が発動したのだろう…」
「『人を呪わば穴二つ』とは良く言った物だな」
「『A雄の存在』と引き換えに『オレの視力』を奪っていった」
「まぁいいさ、もうA雄の事を考えなくて良いのだ!」
オレは、ある善意の人の寄付のお陰で施設に入所した。
この先オレは暗闇の中で生きて行く。
しかしA雄の存在が無い世界なら、心安らかに生活できるだろう……
しかし、何もない暗闇の世界のはずなのに、一つの顔が浮かんでいる。
あの時の男の顔だ!
オレは懸命に思い出そうとしているが、誰だか判らない。
オレはずっと、暗闇の中で悩み続けている……
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