第十七輪 食らいやがれ乳首ビーム

 ヴォードに乗った未来は、不思議な高揚感を覚えていた。

 自分は今、ロボットに乗っている。ロボットアニメは守備範囲外だったが、特撮番組と通じるところがあり少しだけ嗜んでいた。

 今の自分はまるでヒーロー、いや、戦うヒロインそのものではないか。その事実が未来を興奮させた。

「私、今……戦ってる!」


 スケルゴンが鎌首をもたげ、突進してくる。

 それを未来は反射的に察し、ピチピチのスーツを着たまま敵に向かってパンチを繰り出す。

「ええいっ!」

『むぅん!』

 未来の動きとヴォードの呼吸はぴったり合っていた。鋭いパンチをヴォードは敵の鼻先に叩きつける。


 がぁん、と音がしてスケルゴンは大きくのけぞった。


『すごいぞ、未来君。君の反射神経に俺の動作を合わせてみた。これは格闘家並みのスキルだ。一緒に戦おう!』

「ええ。私も滾ってきた! 戦うよ!」

 自分が変身ヒロインになったかのように未来は感じていた。

 

 それにしても乳首が痛い。痛すぎて少し気持ちいいくらいだった。

『君の乳首からエネルギーを供給してもらっているが、これはすごいパワーだ! なんならキリンジの股間より強い!』

「なっ……!」

 未来は急に赤面した。平然と何を言っているのだ、このロボットは。

「あなた、本当は変態だったの?」

『変態ではない。俺は搭乗者のエネルギーで動いているんだ。特にやましいことはない! 別の種族に変態行為など、行うわけがない!』

 そう言うヴォードの声は真摯で、必死さすら感じられた。

「まぁ、いいわ。あのデカブツをやっつけましょう」

『そうだな!』

 スケルゴンは再び起き上がり、こちらを狙っていた。しかし、その動きは以前より若干よろめいているようだった。


 憂は兄の肩を担いで、敵からできるだけ離れようとする。

「重いです……太ったんじゃないですか?」

「うるせぇ! 筋肉だ!」

 毒づく妹にキリンジは言い訳を返す。

 キリンジはヴォードと、それに乗った未来を見て心配した。

「未来ちゃん……俺が不甲斐なくてすまない。頑張ってくれ……!」


 未来が搭乗したヴォードは、周囲に客がいないのをいいことに暴れまわった。

『うおおおおっ!』

 敵が鈍重なのをいいことにレールの上を駆け上がりつつ、斬馬刀で傷をつけていく。


 ヴォードは不覚を取り、スケルゴンの体当たりをもろに食らって跳ね飛ばされた。

「きゃああああああああっ!」

 未来が叫ぶ。ヴォードは背中から建物にぶつかり、機体が大きく揺れた。

『ぐああっ!』

 ヴォードがダメージを負った途端、未来の乳首を電流がつんざく。

 電極を直接刺したような痛みが未来を襲った。

「いやああああああああっ!」

 

 ヴォードは素早く体勢を立て直し、未来に謝罪した。

『すまない、俺へのダメージは搭乗者にもフィードバックされる。女性の場合、乳首に電流が流れるんだ!』

「痛い……でも……」

 未来は痛みにあえぎながら、にやりと笑う。

 彼女は完全にバーサーカーの目をしていた。

「気持ちいいから、いい!」


 未来はこの時、楽しいと感じている自分に気が付いた。

 そう。自分のやりたいことをのびのびとやる。他の人間なんて関係ない。自分の信じた道を突き進むのみ。色々なしがらみにとらわれて、未来は今まで大事なものを見失っていた。戦いを通じて好きなように暴れまわることを思い出したのだった。

 私はこれでいい。世界が私を規定するんじゃない。私が自分の世界を切り拓いていくんだ。


『ならよし!』

 ヴォードは敵に対峙し、ファイティングポーズをとった。

『気合を入れるぞ!』

「うん!」


 がしっとヴォードは自分の胸を掴む。そしてぎりぎりと引きはがした。

 ヴォードの胸部に丸い水晶のようなものが二つ、見えた。

 装甲を完全にはがすと、たわわな二つの球体がヴォードの胸にあらわになった。

『行くぞ! スケルゴン!』

 ヴォードは助走をつけ、スケルゴンに向かう。

 唸り、頭から再度ぶつかってくるスケルゴン。

 衝突する前にヴォードは自分から飛び掛かり、取りついた。


『ニップレス・バスターッ!』

 敵に密着したまま、ヴォードの胸部からピンク色の光が迸る。

 そしてビームの塊が敵に直撃し、スケルゴンの頭部を破壊した。

 連続して爆発が起こり、竜骨のような胴体のレール部分も破壊される。尻尾まですべて破裂した後、ヴォードはゆっくりと降りてきて、敵の残骸を背にポーズを取った。

『成敗っ!』

 夕日が彼の背を照らしていた。


   ・


 戦いが終わり、スケルゴンの破片が瓦礫となって周囲に散乱している。

「キリンジ君……!」

 ヴォードから降りた未来を、キリンジたちが遠くから見ていた。

 憂がキリンジを背負い、未来の元へと向かわせる。兄の重さに憂はひぃひぃと言っていた。

 未来のギャルっぽい服は汗ばみ、ブラが透けていたが、この時点では誰もそのことを気にしていなかった。

「君のヴォードの使い方、イエスだね!」

 キリンジがもう一度サムズアップする。未来は満面の笑みで返した。


「私、夢っていうのを見失ってた……」

 未来はぽつりと言う。キリンジは興味深い顔でそれを見た。

「私、正直キリンジ君のこと、好きじゃなかった。好きって言うのが何なのか、わからなくなってた。でも、今日こうして戦って、自分の好きを少し思い出せた気がする……」

「それはよかった」

 言っている意味がよくわからなかったが、キリンジは未来に頷いた。


「せっかくだから、高いところから遊園地を見ない?」

「でも観覧車、動いてないよ?」

「構わないよ。ヴォード、俺たちを乗せて飛べるかい?」

 キリンジにヴォードは頷いた。

『それくらいの余力はある。大丈夫だ』


 崩壊した遊園地の上空を飛ぶドラゴン。その手にはキリンジと未来が乗っている。

 夕日が照らす壊れた世界を見て、二人は特別な感傷に浸っているようだった。

「キリンジ君」

 未来が言う。

「何? 未来ちゃん」

「私、キリンジ君のこと好きになろうと思う。私を身体を張って助けてくれて、夢を思い出させてくれて。全部君のお陰。君のお陰で私、人生変わったかも」

 未来はこれまでにない笑みをキリンジに向けた。

「これからも、よろしくね!」

「未来ちゃん……!」

 キリンジは感涙にむせび泣いた。


「なーにいい感じになってるんですか」

 ヴォードの操縦席に乗せてもらっている憂は、ぷくりとむくれた。


   ・


『男女の愛……』

 ヴォードは誰にも気づかれないよう呟く。

『正直、俺にはよくわかってない。が、悪いものではなさそうだ……』

 ヴォードの中で確実に何かが芽生えつつあった。

 

 何を思って両親がこの世に自分を生み出したのか。その答えをヴォードは知りたがっていた。

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