第8話 勧誘

「ギルド員、ですか」

「そうだ。ギルド員なら魔物の資料も閲覧できるし、すぐに目撃情報も得られる。それに何といっても、あちこち立ち入り可能になるぞ!」


 アッドさん曰く、ギルド員の権利は色々と使らしい。膨大で多岐に渡る依頼が日々飛び込んでくるため、冒険者ギルドはこの世界で一番豊富な情報を得られる場所といっても過言ではない。さらに、危険や希少とされているところへも調査の名目で訪れることができるという。


「つまり、上手くいけば気に入った魔物や浄化師の役に立ちそうなものを持ち帰ることもできるわけだ。うっかりこっそり、な」

「それは、コホン、大変ありがたいことですけど……ギルド支部長あなた的にはそれ、大丈夫です……?」

「あっはっは! さすがにまずいものはこちらで預かる。ただアオイ、僕はお前の仕事振りに期待している。ここの皆が今より幸福になるのなら多少羽目を外したって構わない。責任は全て僕が取ろう」


 そのためにはお前がギルド員になってくれるのが一番やりやすい。そう言って、アッドさんは自身の手首につけられたバングルを指差した。それはギルド所属の証、己の身分の証明代わりである。つけていれば他の町での検問もスムーズになる。


「アオ、どうする?」

「……うん。私はやってみたい、けど──」


 迷いはほとんどなかった。アッドさんやトアンくんにも仕事があるのだから、わざわざ探してもらうのは手間だろう。自分で出歩けば迷惑は減らせるし、もし見つけた希少なものを量産できればミネフの特産品になるかもしれない。これらはきっと魔術の上達にも繋がる。大変なことも多いだろうけれど、考えつくだけでもメリットは大きいと感じた。

 ──目下の心配は一つだけ。


「でも、今よりもっとユーンくんに負担かけちゃうと思うから……私よりユーンくんの意見を優先したい」


 妖精は魔力から生まれた存在で、ハーフエルフより数段魔術に長けている。冒険となれば彼の協力が不可欠なのだ。

 しかし、ユーンくんは声の小さくなった私にぽかんとして──。


「君……たまにものすごく阿呆になるなあ」

「急に辛辣! だって、契約してるからどうしても私に引っ張られちゃうところあるし……」

「それが阿呆だっていうんだ。全く君ってやつは……」


 巨大な溜め息を吐いて、ユーンくんは「どっこいしょ」とククサの淵に仁王立ちする。怒らせてしまっただろうか。いつになく真剣な表情に冷や汗が流れる。

 ところが次の瞬間、彼のとんでもないスピーチに面食らうこととなった。


「いいか? 契約は互いの総意だが一種の拘束だ。合意して解かない限り死ぬまでな。つまり俺は君のものだし、君も俺のものだ」

「なんかすごいこと言ってる気がするけど、うん」

「引っ張る引っ張られるとかじゃない、互いが自分なんだ。君は自分にいちいち意見を問うか? 腹が減ったと思ったら食べるし、眠いと思ったら寝るだろう。それと同じだ」

「ちょ、ちょっと待って理解が追いついてないです、ええと……?」

「いや、君は深く考え過ぎるところがあるから理解しようとしなくていい。俺に言うことがあるとすればただ一つ、『一緒に行こう』だ」


 心臓が強くバウンドしたような気がした。同時に彼の言わんとすることをようやく理解する。


「迷惑とか負担とか考えるだけ無駄だ。それなら最初から契約なんかするかって話だ。……というかな、君は色々と遠慮し過ぎなんじゃないのか!? たまには『ユーンくんのかっこいいところ見てみたい!』くらい言えよ! そんなこと言われたら俺は大変なことになるぜ!?」

「た、いへんなこと」

「具体的にいうとたぶん俺の魔術は暴発寸前になる。それくらいすごいことになる。でもって戦闘なんざお手の物だ。君の仕事だって手伝えてるだろう? つまり俺は君から離れたらだめってことだ」


 ぺたり、鼻の頭に貼りつく小さな手。ああ、いつもの感触だ。人間と違うひんやりした温度の、けれどとても温かい心地。私を元気づけたり安心させようとしてくれる、彼の心遣いの形。


「いいな、アオ。『一緒に行こう』で充分だ。それ以外必要ない。俺が君を断るわけないんだからな」


 あまりに真っ直ぐな言葉の数々。その気持ちがただただ嬉しくて、両手でククサをそっと包む。

 本当は「変わっていない」という慰めを信じた振りをしていたのか。彼のアオイは私ではないのだと、私は彼らが紡いできた絆を横から掠め取っているのではないかと、そうした申し訳なさが表に出ていたのかもしれない。

 それでももう一度、他ならぬユーンくんが「昔から」と言ってくれたから。彼にとっていつもの私がアオイなら、アオイが私でいいなら、もうこれ以上何を不安に思えというのだろう。


「……うん、わかった。じゃあ私ギルド員になるから、ユーンくんも一緒に冒険に行こう」

「ああ、もちろんだ!」

「うん、うん。仲が良いに越したことはない。幸せな話だ」

「あ、へへ……」


 にこにこ頷くアッドさんに我に返る。頭からすっ飛んでいたが、そういえばここはギルドだった。何とも気恥ずかしいところを見られてしまったものだ。


「では入会ということでいいな?」

「はい!」

「こちらも願ったり叶ったりだ、改めてよろしく。では気が変わらないうちにギルドの説明といこう」


 カウンターに引っ込んだアッドさんがバングルを外して卓上に置いた。その横に先程の羊皮紙が広げられ、弾みで飾られたハーブの鉢がふわりと香った。


「まず、冒険者ギルドへ加入するには身体能力試験の合格が必要だ。何せ身体が資本だからな、ある程度健康でないと冒険は難しい。ははは、そう構えるな。ここで落ちる者は少ない」

「は、はい」

「その後、一定期間に五件の依頼をこなさなければならない。内容自体は難しいものじゃないが、きちんと目的を果たせるか、継続的に依頼を受注できるかを確認させてもらう」


 テストともいえるその依頼が、例えばこの羊皮紙に書いてあるものだそうだ。薬草の採取や牧場の手伝い等、どれも比較的日常生活の延長といえるものが多い。


「依頼を五件こなしたら、晴れてギルドの一員だ。クラスは一番下のDから、まあ試用期間みたいなものだな。そこから一定数の依頼を達成し、都度試験に合格すれば級が上がっていく仕組みだ。バングルもそれに応じて色の違うものが支給される」


 アッドさんのバングルには金色の石が嵌まっていた。金や銀はギルド職員用で、彼にはもう一つ、紫の石のものがあるらしい。


「紫っていうと……い、一番上……?」

「少し長生きしているだけだ。お前もドラゴンぐらいすぐに討伐できるようになる」

「いや普通に死にますね」


 私じゃない、不可解といった風に首を傾げるアッドさんが断然おかしい。ドラゴンなんて魔物の最上位レベルだ。

 一番上の紫石──AAA級はそうした伝説級や災害級の魔物を相手にしている、所謂天上人的存在である。例え人間ではないとしても、そこまで強くなるのに一体どれほど鍛錬したのか、想像するのも恐ろしい。

 対して私みたいなぺーぺーのバングルは黒い石から始まる。一目で力量がわかってしまうがまあいいのだ。私はあくまで浄化師見習い、この仕事を完遂できる手助けになれば御の字だ。

 バングルを嵌め直したアッドさんがちらりと上目でこちらを見やる。口の端が面白そうに弧を描いていた。


「説明は以上だ。質問がなければ身体能力試験を行うが……心の準備はいいか?」


 が、頑張るぞぅい!


「いや緊張出てる出てる」

「舌噛んだ……」

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