5,5 Est-ce que vous danserez avec moi?
今日は左茲と過ごす日なんだけど、紫月が出かける前にスカーフをくれた理由がわかった。買い出しをしに王都の町へ行くらしい。
任務外なので、町の人にはあたしたちがセイヴァーだということがバレないように、私服を着ることになった。傷を隠すためにつけていたセイヴァーの証のスカーフは今日だけ紫月のかしてくれたダマスク柄の紺と白のスカーフに。休日でも制服を着てるタイプだったから、私服は濃紺のロングスカートと白のブラウスしか持ってない。
これも全部真竹様からのおさがりだから、正直あたしが着るには女性らしすぎる気がするけど……
玄関扉を開けると、すでに準備を終えて待っていた左茲と目が合った。白いシャツと黒いズボンにいつも白服と一緒に着ている深緑のサシェを合わせたシンプルな組み合わせがスタイルの良さを際立たせる。やっぱり綺麗な人なんだな。
「千歳……これ」
「あ、ありがとう」
手渡されたのは『魔封じの首輪』。左茲の首元にはすでにつけられていた。銀の光が太陽を反射して白く輝く。
あたしたちセイヴァーは任務外で街に出る時、その旨を申請して、本部から支給されるこれをつけて、内に流れる魔力の流れをせき止め、魔法を使えない状態にしなければならないと法律で定められている。
傷が見えないように背を向けて、輪をはめる。心なしか少し体が重くなった感じに戸惑いつつも、これで準備ができた。
「……じゃあ、行こ」
あたしの様子をいち早く察し、左茲はそう言って歩き出した。少しの間、隣を歩いて感じたんだけど、今日はいつもみたいに程よく力が抜けている雰囲気がしない。むしろ……緊張してるような気がする。
「どうかしたの?」
「……何が?」
「いや、なんか力が入ってる気がして……気の所為だったらいいんだけど」
「……あ、ごめん。それ、正解……昨日の夜に、今日どうすればいいかって……二人に相談して……計画通りにエスコートできるか……ちょっと不安」
夜に3人集まって作戦を立てている様子を思い浮かべるとなんだか微笑ましい。
「街に出るの……初めてだから今すごく新鮮な気持ちなの」
「……そうなんだ」
王都のセイヴァー本部に来てから、ずっと広くて狭いあの場所で鍛錬ばかりしていたから、今目に映る白の壁にオレンジ屋根のレンガ造りの家々も、忙しそうに道行く人々も、目で追いかけてしまうくらい心動かされるものばかりで……町にいる感覚みたいなものが久しぶりに自分に帰ってきたような気がしていた。
「王都はさすがに都会ね。左茲は歩きなれてるの?」
「……買い出し、いつも行ってるから。他のセイヴァーよりここのことは詳しい……かも」
言い終えてすぐの事だった。市場のエリアに足を踏み入れた瞬間、左茲に集まる視線を体中で感じる。
「いらっしゃいいつものあんちゃん!今日は南の港セントクランマランでとれた新鮮な魚があるぜ!」
「いつものお兄ちゃん!うちの野菜も買っておくれ」
他にも肉屋さんや他の八百屋さんからも声がかかる。これもいつものことなのだろう。左茲はマイペースに品物を見定めて「後で買いに来る……置いといて」と言って手を振り市場を去っていった。
「後ででいいの?」
「うん。帰りに、買って帰ろう……」
「荷物とかあるし、買い物大変よね」
「うん……大変。だけど、食事の時間は大事にしたいんだ……阿朱羅と仲良くなれたきっかけだから」
「きっかけ?」
「……俺と仁樹達は、第二部隊にいたんだけど……手柄を横取りされたりして、正当な評価が貰えなかった。そういう時には決まって、みんなで愚痴を言いながら夕飯を食べてたんだ……」
当時を懐かしむように少し遠くを見つめていた透き通る黒の瞳はふいにあたしを正面からとらえる。静かな光を奥底に秘めた真剣な眼差しが心の奥まで届くようで、顔をそらすことができなかった。
「千歳の話を初めて聞いた時、おんなじなのかなって思った……周りの環境が良くなくて、日の目を見ることができなかったんだって……それが阿朱羅のおかげで解決したのもおんなじ」
初めて会った時から左茲はあたしに心を近づけてた。その理由がわかって嬉しく思いつつも、少し罪悪感みたいなものも感じていた。
みんながこれ以上近づいてきたら、あたしは距離を取らないといけない。
スカーフを握りしめて、静かに静かに言い聞かせる。優しい光を打ち消すように……
「千歳、待って……」
急に腕を引かれて我に返る。左茲はお店の前で止まってたみたい。
「ごめん……え、これ」
硬貨と引き換えにもらった品物にあたしは驚いた。とても懐かしいものだった。ラム酒とオランジュの香りを纏うクレープ生地の焼き菓子……
「ガトー・ア・ラ・ブロッシュ……千歳って東側の出でしょ?俺もそうだから、なんとなくわかる……」
「なんで……?」
「昨日のご飯の鹿肉……食べなれてた気がしたからそうかなって……好物が魚料理っていうのも、すごいわかる……こっちに出てきてから食べるようになって……好きになったのかなって」
一から十を読み取る確かな観察力は昨日の紫月に匹敵する。いや、少し違うのかもしれない。やり取りの中で察するんじゃなくて、左茲は五感から得られる情報への反応速度が早いんだ。
「料理から出身地がわかるなんて……すごいね」
「いや、全員のことがわかるわけじゃない……阿朱羅は特に好みが無さそうだからわからない。仁樹と紫月は甘めの西風が好みっぽくて、リントは北寄りのしょっぱいのが好き……」
他にも誰が掃除下手で誰が夜更かしするかとか話をしながらお菓子を食べて、あたしたちは町の中央に位置する広場にやってきた。
「そういえば、もうすぐ春祭りなんだっけ」
噴水の周りを囲むようにして男女のペアが楽団の音楽に合わせて踊っている。
打楽器がビートを刻むそのうえでマンドリンとバイオリンが自由な旋律を響かせて、格式張らない、春の陽気に似合ったダンスホールを造ってるみたい。
若い人もいればご年配の方もいる。ほとんどのペアがご夫婦なんだとしばらく見ていればわかった。
今は私服を着ているからか、この日常のワンシーンがとても身近に思える。あたしも、魔力が無ければこの景色の中で、誰かと笑いあって踊っていたのかな。普段は商売でもしながら、剣の事なんて知らずに……
「……俺達も行こうよ」
「え!?」
お菓子を食べ終わって、丁度一曲見届けた時だった。左茲が立ち上がってあたしの前に跪き、手を差し出す。
「紫月から聞いた……剣舞できるんでしょ」
それとこれとは話が違う……!のだけれど、最初に聞いたみんなで練った計画の一つなんだろうなと考えると手を取らないわけにはいかなかった。
微かにほほ笑んでいる左茲とは対照的なんだろうあたしの顔は朗らかなダンスホールで目立っているらしく、心配する声がちらほら聞こえる。
「自由にやってみて……俺が合わせる」
音楽が始まった。アップテンポの陽気な旋律だ。剣はないので、噴水の脇に飾られていたロイデンの国旗をなびかせているスティックを拝借し、リズムに合わせてステップを踏む。
驚いたことに最初の一歩を踏み出した瞬間から左茲はあたしに合わせてついてきた。左足を外に払ったら、同じように右足を払い、立ち位置を入れ替えるのも上手くいく。ずっと一人で踊ってきた剣舞のはずだったのになんだかこうして二人で踊るのが当たり前のことのように思われて不思議な感覚……
スティックを腕に乗せて回す一番の見せ場では、あたしを目立たせるための振りを披露し、不安や疑いはとうに消えていた。
逆にどこまで踊ってくれるのか楽しみになってきて、あたしはスティックを宙に放り投げた。回転しつつ放物線を描きながら吸い込まれるように左茲の手に収まる
肩まで伸びた銀の髪と深緑のサシェが同じ向きに柔らかく揺れて、息をのむほど美しいコントラスト。ステップは羽が触れるように柔らかく、全身で描く螺旋は鋭く、ブレがない。模擬戦で見せた槍さばきと同じだ。
音楽が終わりに近づいてきたことを察して、左茲はスティックを持ったままあたしの手を取り、踊りだした。フォーマルな社交ダンスのようでもありながら、自由さも感じられる素敵な踊り……
共有する音、交わす視線、どれもが心を躍らせるそんな夢の時間はバイオリンの一音で幕を下ろした。
「……俺のこと知ってもらえた気がする」
呼吸一つ乱さず、いつものように発した静かな声は大歓声の中でも確かに聞こえるものだった。
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