5,5 Ohne Fleiß kein Preis.
「これから鍛錬ですよね?よかったら俺も一緒にしてみたいです」
翌日、阿朱羅は木刀を持って螺旋階段の踊り場で待っていた。
戸惑いはありつつも了解して、昨日の庭まで行き、向かいあって一礼する。激闘が繰り広げられたこの場所で、今度は木と木のぶつかり合う音が響く。
とはいっても、打ち込むのはあたしだけだった。阿朱羅は微笑を浮かべながら一撃一撃を受け止める。
結構強めに打ってもびくともしない。終始余裕があるその振る舞いは、目の前の相手が国の誇るトップ騎士だという事実を確かに実感させるものであり、あたしの上、この人こそが剣士序列一位だと理解するのに充分なものだった。
続けること数十分。さすがに息が上がってしまったあたしを見て阿朱羅は「ここまでにしましょう」と言い木刀を取り上げた。
「お疲れさまでした。さすがの太刀筋ですね。今日から無理せず頑張りましょう」
「あたし、何すればいいの?」
「千歳さんは春の終わりまで準備期間とします。試験教科や実戦演習など主に勉強をしてもらいます」
「…………勉……強」
あったまっていた体に突如走る悪寒に震えながら、あたしは視線を落とした。この予定を組まれていたことから察するに、あの成績がばれている……それが恐ろしく感じたのか、それとも勉強自体に拒絶反応を示しているのか、冷静に考えている場合じゃない。
「が、頑張りましょう!俺たちがサポートしますから!まずは今日、非番のリントと過ごしてみてください。明後日は紫月。その次の日は左茲です」
「それは、なんで」
近づくことに抵抗がある。だから、できれば一人でいたい。そう思っていたけれど
「彼らの習慣は良いセイヴァーになるためのヒントとなるはずです。真似る必要はありませんが、何か刺激を貰えたらと思いまして」
「そう……わかったわ」
そう言われたら頷くしかないけど、昨日からこの調子で落ち着かない。遠ざけようとしてもなぜか近づいてる気さえする。
「俺は4日間北部地方に主張なので、出かける前にお会いできてよかったです」
「そう……えっと、頑張って」
「ありがとうございます。行ってきますね」
だめだな。柔らかな笑顔を目にした瞬間、そんなことを考えた。胸の奥に溶けるような綺麗な感情に目をつむることができない。
あたしは一人でいい。だから、せめて……いい仕事仲間でいて。
『リントなら二階の書斎にいるはずですよ。自分の部屋にはめったに帰らないんです』
『……昨日夜更かししてたみたい……まだ寝てるかも』
結局、二人が仕事に出るまでリントは一階に降りてこなかった。朝食を小脇に抱えて物静かな二階の奥へと進み、教えられた書斎のドアをたたく。
「おはよう……えっと、千歳だけど起きてr……」
言いかけたその時、慌てた様子のブーツの靴音が聞こえ勢いよくドアが開いた。そこにはモノクルを直しながらもまだナイトキャップを被っているリントの姿。本当に起き抜けみたい……
「おはよおはよ!!……ごめんね~!最初だよって前に言われてたのに寝すぎちゃった!さ、入って入って~西館図書室へようこそ!」
あたしの手から朝食をさらったかと思ったらそのまま宙に置いた。不思議なことに食器もお盆も落ちることなく、ふわふわと浮遊して中央のデスクにそっと滑り込む。
視界の端に緑の光がちらついて周りを見上げた。右も左も目の前も天井まで続く本棚、日の光が入らない部屋を照らす光の球が四方八方を漂っていて、息をのむほど幻想的な部屋だ。
また強い光を感じてその方向に目をやる。すると、さっきまで起き抜けの状態だったのが嘘みたいに、身だしなみを整えた白服の姿のリントが現れた。
鼻歌歌いながら光の線を描いて杖を取り出し、今度は床に積まれていた本を魔法で本棚に戻している。
「その武器の出し方、どうやってるの」
「あ、これ?これはね~僕の腕輪を見てみて」
昨日、西館メンバーが付けていた腕輪。金のリングが三つ重なったような形をしているのは共通しているけど、リントの腕輪は各リングにはめ込まれている宝石の色が違っているように思える。確か、紫月は真ん中が透明で……左茲は淡くピンクがかった白だった気がする。
「真ん中に緑の宝石がはめ込まれてるでしょ?これが僕の杖をしまってるところ」
「それじゃあこの上の宝石は?4種類の宝石がついてるけど」
「これは寝間着で、これは練習着、これは白服で、これは私服。服を変える時はこの腕輪を回すんだよ」
「だからさっき一瞬で姿が変わったの」
「そーそー!これ作るの難しいんだよね。昨日は千歳の腕輪の調整してたんだけどまだ時間が必要だな……腕輪に魔力を通して、腕輪本体を回したり、つけてる方の手で光の線で紋章を描いたりすると、それに応じた魔法を発動してくれる道具なんだけど…………大丈夫?これ、難しくないかな?」
「え、あ………う、うんギリギリ?その聞き方、やっぱり伝えられてるんだ……」
「うん。僕は千歳のお勉強担当さんだから……去年の試験順位も知ってる……」
「特にひどかったでしょ魔法とか魔術とか……」
「う~ん、そうだね。伸びしろがあるよ」
「そういえば、リント……魔術は使わないって聞いてたんだけど、教えるのは大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。原理や実戦においての使用方法とか、魔力量の算出方法とかはわかるんだ。僕が使わないだけで」
「その、本当に申し訳ないんだけど……魔法と魔術の違いってそもそも」
「すごく簡単に言うと魔術は魔法使いにしか扱えない。自身の魔力に加えて
「
「そう、なんだけどね……僕は絶対に魔術を使わないって決めてるんだ」
一瞬見せたその表情があまりにも真剣であたしはハッとした。だけど、次の瞬間に浮かべていたのはさっきと同じ明るい笑顔。
「それに、魔法の方が実生活で役に立つし!用途も様々!この魔法道具ってさ魔力を持たない人にも扱えるんだよ」
「……魔力に触れてるのに大丈夫なの?」
「それがなんと大丈夫なんだよね~!フィルターみたいなものをかけて無害にしてるんだ。トリガーは簡単なものだし。
今日はそんな便利!安心安全!魔法道具お試し会にご案内!早速行こう!まずはここ二階でお試しだ!」
皿の中のパンを一つ頬張り、また勢いよくドアを開けると
「≪シュトラール≫」
ふしぎな響きをまとった声だったから呪文だということにはすぐ気がついた。また部屋の中が光に満ちる。クリーム色の光の中、デスクの上から何かが浮かび上がり、部屋を出ていった。
リントがやっているようにドアから顔を出して二階廊下をのぞき込むと、すべての部屋のドアが次々に開けられ光を放っては消えていく。
一分もしないうちに部屋の中から何かが出てきた。ふよふよと浮いた真っ白な箱たち……何をしたのかよくよく観察するとわかったような気がする。
「これって、掃除する道具?」
「そう!千歳が4階をお掃除するために作ったんだ。お風呂場も廊下もこれに任せておけば安心だよ!出来栄えどうかな?」
「あたしの意見よりリントの見立ての方がいいと思う」
「いやいや!先入観のない千歳にこそ僕は意見を聞かせてほしいわけなの!率直なご意見をどうぞ!」
「えーっと……じゃあ、もうちょっと目に優しい光がいいかも。最中に出くわしたらびっくりするかなって」
「確かに。これを男子部屋にも導入しようとしたらその可能性は否めない」
話の途中で物音が聞こえ、あたしたちは顔を見合わせる。急にリントが何かを思い出したようにハッとした表情を浮かべてデスクの上のノートを引っ張り出し階段を駆け下りていく。
「あぁ!ちょっと失敗しちゃった?……えーっと、小型化がうまくいってないのか?これをあれしてこれでよし」
待つことほんの数分。トラブルは完全に解決したのか、戻ってきたリントの表情は満面の笑みだった。
「さてさて勢いに乗って次行ってみようか!」
手に持つノートにさらさらと何かを書き込みながらそう言って、今度は階段を上っていく。
「これも夜更かしの理由?」
「いや、これを作ったのは1週間前くらい。昨日はね~千歳の腕輪の調整に加えて、白服と剣の調整もしてたんだ。まだちょっとかかりそうで」
「あたしの?」
「そう、特に甲冑部分が難しいんだ。真竹様が言ってたのはこのことだったのかな……?」
「言ってたことってどんなこと?」
「部分的にとはいえ女の子に甲冑は向いてないって……今ね甲冑に魔術がヒットしたときの魔力カットのパーセンテージがなかなか上がらなくて、悩んでるところだったんだけど」
視線を落とし、鍛えた故の平らな自分の体を確認する。そりゃ真竹様なら……というか普通の女子だったら、甲冑は苦しいかもしれないけど、あたしは……全く。そこのところに関しては悲しいけど何も問題なんてない。
「……真竹様の言ってたことは気にしないで」
「え?でも」
「いいのよ。気にしないで」
「……そうだね。もう少し頑張ってみるよ!待っててね!」
計算式なのか何かの定理なのか、とにかく難しそうなことを呟きながらリントはまたノートに書きこんでいる。おそるおそる目を向けると、表紙には実践ノート102とあって、何度も捲っては書いてを繰り返しているのが一目でわかる。
非番の日でも、努力している。そんな姿はやっぱり見てて眩しいし、気持ちが明るくなる。
他にも夏に向けて部屋を冷やす道具、阿朱羅の睡眠不足を解消するための熟睡枕、癒しの光る球体なんかを成功だとかここが失敗だとか話し合っていたら、あっという間に夕方になっていた。
「これで終わり!今日はありがとう。すっごい楽しかった!」
浮かべている表情はやっぱり満面の笑み。今日一日隣にいてみて、最初はすごく努力家なんだという印象を受けたけど、それはちょっと違うっていうことがわかった。
リントは魔法を心の底から楽しんでいる。ただ純粋に。澄んだ瞳で。それが、どこか懐かしい感じがする。
「最後にすっごいの見せちゃうね!」
オレンジ色に染まる裏庭に立ち、リントは光の中から杖を出し構えた。まず初めにチカチカと光る黄色の光を振りまくように広げ、次に深い青の光を抱くようにゆっくりと胸の前で広げ空に放つ。手招きに誘われ降り立った裏庭は真冬のような温度で、白い息が空気に溶ける。
笑顔で指さす空を仰ぐと、そこには緑色の光の帯が掛かっていた。
「なにこれすごい………」
「でしょでしょ~!僕の住んでた地域では真夜中によく見えたんだ。それを再現してみたんだけど……やっぱりいつか本物を見せたいな」
「これよりもっと奇麗なの?」
「うん。これよりもーっと美しくて!もーっとおっきいんだよね!視界の端から端まで、この光が悠々と泳いでる。死者の世界に繋がってるっていう言い伝えがあってね、頑張りたい気持ちの時は見たくなるんだ」
その言葉で真竹様の部屋にあった
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