第59話 季節限定アンサー(6)

【都心チャーザー区 グレートラウンド・ビル カラサワギ教団本部 21階待ち受けロビー】


 カラサワギ教団は、美人局で寄付金を巻き上げる、悪徳宗教団体である。

 都内でも指折りの優良企業が入る事で知られる『グレートラウンド・ビル』の全80階層の内、21階から30階を貸し切り、成金の悪徳宗教団体として、世間の白い目と警察の内定の目を向けられている。

 遅かれ早かれ、宗教法人としての認可は取り消され、首謀者層は逮捕されるだろうと度々週刊誌にネタにされるオワコンな教団だが、この時点では羽振の良さを満喫していた。

 彼らにとっての死神は、スーツ姿の税務署職員でも、武鎧を装備した警察の騎士大隊でも、復讐しに来た個人の殴り込みでもなく、『頭にシマパンを被ったまま闊歩する、メイド服を着た美少年忍者』の姿で現れた。


 教団本部の訪問客待ち受けロビーは、ユーシアのアホな格好を見て、失笑していた。

 流石にこのふざけた格好で、強引にクラウドデータを丸ごと強奪に来たとは、考えていない。

 ユーシアは、笑いを堪えている受付嬢に、一応は訪問の目的を(半分だけ)伝えてあげる。

「アポなしだ。これから君たちの教団を壊滅させる。命が惜しい者は、逃げなさい」

 受付嬢は、ユーシアの昏い碧眼が鬼火のように揺らめいているのに魅入られて、身動きが取れなくなる。

 この美少年忍者が、敵対者にとって死神である事は知っているので、この職場を速攻で捨てるべきかどうか、懸命に考えている。

 その隙に、エリアス・アークが受付嬢の手元にある教団専用端末を奪い、掌握する。

(サーバーは、28階です。最短ルートを)

(いや、最短ルートを取ると、目的を勘付かれる。別の目的で暴れるから、その隙にエリアスがデータを強奪して、オリジナルを処分しろ)

(了解しました。一時的に離脱します)

 エリアス・アークがユーシアの肩から離れ、受付ロビーの手前で見物しているリップの長髪に留まって、蝶型のアクセサリーの形状に戻る。

 製作者であるシーラ・イリアスに案件を通知し、全力で一気に相手のサーバーを強奪して破壊する為の助力を仰ぐ。

 その作業が済むまで、ユーシアは適当に致命的な攻撃を始める。

 受付に備えられた内線電話を使って、教団の警備担当に通報する。

『はい、警備室です』

「カラサワギ教団から、美人局用の美人信者を解放する為に来た。まずは、シマパンを愛好する信者から解放する」

『…は?』

「21階から上へ上へと、攻め落としながら美人信者を解放し、人権擁護団体に保護させる。降伏するか抗戦するかは、自身で判断せよ」

『殴り込みですか?』

「そうだよ」

 辛うじて真面目に応対していた警備担当が、キレる。

『強盗は返り討ちにしても、罪に問われないって、知っているか?』

「知っているよ。それ、倒せたらの場合だけだから」

 ユーシアは本気を示す為に、己の影から黒刀を二本取り出す。

『強盗として扱う。死ねや、美少年忍者』

「うむ、来なさい」

 館内に警報が鳴り響き、カラサワギ教団本部が保持する全ての戦力が、シマパンを被ったままの殴り込み少年に、殺到。

 一般信者たちは、こんなバカな騒動に巻き込まれて怪我したくないので、とっとと避難する。

 第一陣は、警棒や刺股に防刃ベストを着た軽装備の警備兵ばかりだったので、ユーシアは変身せずに応戦を開始する。

 四十人いた警備兵たちは、包囲してもなお、ユーシアに全く攻撃を当てられない。

 ユーシアは、適当な速度で彼らの手足に斬撃を見舞って、戦線を離脱させていく。

 戦闘意欲の全然無い警備兵なので、軽傷を負うと喜んで離脱していく。

 本気でやれば五秒で終わるが、時間稼ぎが目的なので、ユーシアは適当に手傷を負わせて戦う。


「上々の滑り出しだ」

 サラサが嬉々と、中継のカメラを構える。

 サラサが今回求めているのは、こういうアホでヌ

ルいのに無双という、BANされない映像である。

 頭にシマパンを被った美少年メイドの無双など、レア物である。

 サラサは、満足していた。

 リップは敵に囲まれても無双するユーシアを見物しながら、守役のイリヤに質問する。

「これ、どの位で終わるの?」

 戦闘が緩いので、リップは不満足だった。

「長くて五分であります」

「イリヤが加勢したら、何分?」

「二分以下で、済むであります」

「ふーん」

 リップは、ユーシアに手を振って見せる。

 ユーシアが、余裕で手を振り返す。

 敵の目が、リップにも向けられる。

 離脱しようとしていた彼らの脳に、

「敵の恋人を人質に取る」

 という真っ当な悪役アイデアが、宿る。

 リップは軽挙だと気付いたが、横にイリヤがいるので気にしない。

 イリヤが前に出ながら、武鎧『結城』を装着し、大太刀を構える。

 リップを人質に取ろうと接近した三人の警備兵が、白銀の武鎧を装着したイリヤを目の当たりにして、急停止する。

 アホな格好で適当に戦っているユーシアと違い、イリヤの方は大太刀で相手を大根のように斬る雰囲気である。

 警備兵たちはリップを人質に取るという線を諦めて、適当にユーシアに傷を付けてもらって離脱する仕事に専念する。

「お嬢様。お下がりを」

「イリヤが怖くて弱腰だから、もう来ないよ」

「ここは敵地です。全十階層に、敵がぎっしりと。この階での敵などで、敵勢力を判断してはなりませぬぞ?!」

 リップは半分聞き流しながら、ユーシアも欠伸を堪えている様子にシンクロする。

 敵も味方も、ダレている。

 イリヤも察して、興を催す。

「やはり、自分もシマパンを被った方が…」

 リップが抜刀の動作に入りかけたので、イリヤはユーシアとお揃いのスタイルを諦める。


 雑魚が軒並み離脱すると、本命が到着する。

 天井と床面が畝り、建物内の電力を流用して生成した電気クモが、現れる。

 カラサワギ教団の土建系魔法使いが、建物内の電力消費に気を遣いながら、ユーシアを捕縛出来そうなユニットを繰り出して来た。

 全長60センチの大きめな電気クモが、ユーシアの足元に、よちよちと寄って来る。

 ユーシアは、その電気クモも、仕事をしているフリをして逃げるつもりの産物だと思い込んだ。

 電気クモの口から射出される電撃入り蜘蛛糸を避けながら、電気クモの頭を踏み潰す。

(さあ、これで逃げる言い訳が出来たぞ。迷わず退去し…)

 電気クモは頭を潰されても動きを止めず、脚をユーシアの足に絡ませる。

(あ、やば…)

 ユーシアが右足から電気クモの脚を斬り飛ばす作業は間に合わず、脚の先端の爪が、メイド服のソックスを突き破って肉まで突き刺さる。

 熊でも泣き叫んで逃げ出すレベルの激痛が、ユーシアの右足から発せられる。




【都心チャーザー区 グレートラウンド・ビル カラサワギ教団本部 22階警備室】


 ユーシアの片足に深傷を負わせたので、未だ警備室に居残っていた警備兵たちが、喝采を上げる。

「先生、信じていましたよ!」

「あの変態に、勝つ目が出ました!」

「良かった、また就活しなくて済む」

「逃げなくて良かった〜」

 派遣バイトの土建系魔法使いに、感謝の声が集まる。

 濃紺のロングコートと眼鏡を崩さずに、ギレアンヌは迎撃に集中するフリをして、舌打ちを堪える。

(土建系魔法使いを相手に、舐めプのし過ぎだ、ユーシア。片足ぐらいは、授業料と思え)

 ドSのスイッチが入ったのか、まだまだユーシアと戦うつもりの、ギレアンヌだった。



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