パイロットを辞めると言ったら、同僚(達)が病みました

神風型駆逐艦九番艦

プロローグ

基地の休憩スペース、非番の兵士達がたむろしている室内の一角に中肉中背で黒髪黒目の容姿を持つ青年が居た。


テーブルに座る彼の手には個人用の携帯式電子端末が収まっており、その画面には大手銀行グループが管理している顧客用個人サイトが映っている。


彼が画面を指でスクロールすれば、昨日までは無かった幾ばくかの数字の羅列が下から現れた。


その数の一番左端には通貨を示すマークが表示されていることから、この地域に流通している金だと分かる。


「よしっっっっ……!!!」


彼は、カサギ笠置アリサカ有坂はその金額を見るとその場で勢いよくガッツポーズを決めた。


「よしっ……!やった……!やったぁ……!」


カサギが祖国を飛び出して、PMCに入社してから丸6年。


その間ずっと、過酷な環境で働いて働いて働き続けて、娯楽を極限まで抑えつつ雀の涙のような給料を貯蓄し続けた。


心が折れそうになったことや逃げ出したくなった回数は計り知れない。


だがその度に七転八起の精神で立ち上がった。


そして今日、彼の努力は報われることとなった。


貯金額が目標値に、故郷の田舎でスローライフを送るための資金が貯まったという形で。


「ああ……長かった……本っ当に長かった……いや、泣いてる暇はないな。次の作戦に駆り出される前にさっさと除隊しちまおう。」


カサギはつい目元に溜まってしまった涙を拭くと席を離れる。


除隊申請をするためにはまずこの基地にある人事課まで行かなければならないのだ。


「それにしてもここともおさらばかぁ……。」


住めば都と言うように、いくら環境がクソでも住み慣れた居場所を離れるとなれば少し寂しさを感じた。


今までのことを思い返していると、今度は自分の知り合いや上官についてが脳裏に浮かび上がってくる。


特に同年代の少女、幾多もの戦場で背中を預けた相棒達について。


「……まあアイツらなら誰とでも組めるから大丈夫か。」


むしろ自分がお荷物になっていたまである。


これからはもっと強い人と組めば更なる戦果を挙げられるに違いない。


そう考えていると噂をすればといったところだろうか。


件の人間が自動ドアの向こう側から現れた。


「おうアキ、おはよう。」


「おはよ、カサギ。今日は早いんだね。」


「まあな、少しやることがあって。」


「あ、もしかしてカサギも朝ごはんの限定メニューが目的?僕もなんだ。」


こちらより少し背が低く、濡羽色の短めの髪を持つ華奢な美少年、いや、美少女?


……と、初見なら一瞬戸惑うような中性的な容姿を持つボクっ子少女。


名前をアキ安芸ナンブ南部という。


ここのPMCに入った時、年上だらけの環境の中で唯一彼女が近い年齢だったという理由から今までずっとつるんでいる。


戦場に行くときも大抵一緒に行動していた。


危険な状態から助けられた回数は数知れず、自分は彼女によって生かされていたと言っても過言ではない。


そんな相棒又は恩人、親友と呼べるような関係の彼女と離れることは素直に寂しいが、こちらにも事情がある。


カサギは気持ちを押し切ると口を開いた。


「あー、ちょっと違うんだ。食堂にはさっき行った。」


「え?じゃあ何?珍しいね、君が食事以外で早起きをするなんて。」


「うるせーやい。まあ、なんというかな、人事課に行くところだ。辞表を作るためにな。」


そう言い切ると正面に相対したアキの目が見開かれ、次に悲しみの表情へと変わる。


狼狽える彼女を珍しく思いながらも同時に心がズキリと痛んだ。


「じ、辞表……?やめるの……?」


「ああ、金が十分に貯まったんでな。いつ死ぬか分からない戦場より、田舎で畑仕事やってた方がいいと思って。」


「う、嘘じゃない?」


「ああ、嘘じゃない。」


「じょ、冗談だよね?いくら何でも笑えないよ?」


「いや、本気だ。まあそんな世界の終わりみたいな顔をするなって。住所は後で教えるからさ、暇な時にでも遊びに来てくれよ。」


アキの予想外の反応に対してカサギは軽くおどけながら彼女の肩を叩く。


しかし相棒の様子は変わらず、むしろどんどん悪化しているような気がした。


「あ、アキ?」


流石におかしいと感じたのかカサギは顔を下を向けたままのアキを揺さぶる。


すると彼女が突然がばりと顔を上げ、超至近からお互いの目があった。


そしてその顔を見て少し狼狽える。


すぐそこにある2つの赤みがかった大きな瞳には一欠片の光も残っていなかったのだ。


「あっ!分かった!この前僕が寝ている君の鼻にワサビを入れた時の仕返しドッキリだよね!?ごめんって!あれは僕もやり過ぎたと思ってる!だから、ね?言ってよ。断言してよ。嘘だよね?タチの悪い冗談だよね?僕から離れないよね?」


「お、おい、いきなりどうしたんだよ……?」


「じゃあさ!お詫びに僕が奢ってあげるよ!肉でもケーキでも何でもいいよ?なんなら部屋ですき焼きでもする?お金とパスはあるからさ!」


もはやいつもの相棒ではなかった。


光の無い漆黒の双眸がこちらを凝視し、口元は笑っているのに顔全体は恐怖を感じさせるものとなっている。


「あ、アキ、俺はな、もうやめるんだ。戦場から離れたいんだよ。」


「あ!外出許可証を貰って会員制高級レストランに行くってのはどう!?もちろん代金は僕持ちでいいから!」


「ばっ、ちょっ……!?」


いきなり手を掴まれると彼女の万力に腕を引っ張られた。


人事課とは反対方向に引きずられていることに気付くと、無理やりその場に踏み留まろうとする。


「どうしたの?早く行こうよ。」


「アキ、聞け。俺はもう軍を辞めるんだ。金が貯まったからな。これからは悠々自適に畑でも耕しながら生活するつもりなんだ。お前との毎日は退屈しなかったが、こっちにもこっちの人生がある。すまんな、じゃあまた連絡するから。」


そう言い切るとさっさと踵を返し、その場を離れようとする。


しかしそれは叶わない。


次の瞬間、背後から伸びてきた白くて細い腕が首元に巻き付けられたからだ。


気管が締め付けられ、息が苦しくなる。


「ぐうっ……!な、何を……!?」


「行かせない……絶対に行かせない。カサギは僕の、僕だけの相棒なんだから。勝手に離れるなんて許さない。絶対離さないんだから……!」


「かふっ……い、いきが……。」


呼吸が出来ないまま視界が暗くなっていく。


後ろからアキが、おかしくなってしまった相棒が何かボソボソ話しているのが聞こえたが、それを理解する前にカサギの意識は途絶えた。


――――――――――――――――――――――


最初の方は同じですが、途中よりストーリーが変更となっております。



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